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文字数 1,859文字

『クラブ・エイジアでボヤ騒ぎ
 昨日の午後九時頃、クラブ・エイジアでボヤ騒ぎがあった。火元は女子トイレで、他に火の気がないことから漏電が原因と見られている。店内には十数名のスタッフと百二十名ほどの客がいたが、スタッフの迅速な誘導により、怪我人は一人も出なかった。店長の話によると、電気関係は半年ほど前に点検し、老朽箇所はすべて取り替えたが、トイレに関してはリストから漏れたとのこと。点検業者や店の対応などにつき、不適切な対応がなかったか、今後の調査が待たれる。なお、店側は最低でも一か月間の閉店を発表している。』
 鰐十郎はベッドに寝ころびながら、スマホで地方版のニュースを読んでいた。昼過ぎに蓮華から聞いていた内容とほぼ同じだ。仲間を救ったという話だったが、何か現実感はなかった。
 現実感がないと言えば、先日行われた白玉小僧の施術というのも妙に現実離れしたものだった。上半身裸になり、何事か妙な呪文を唱えながら鰐十郎の首筋に後ろから手を当てるだけのことだ。頭の中に火が灯ったかのような熱が感じられたが、それも一瞬の間。頭部にある数か所のチャクラを開いたのだという。良く分からないので、催眠術みたいなものかと訊いたら、苦笑いを浮かべながらそうだと答えた。
 まあ、妙な儀式はそれとして受け入れたものの、問題なのはその後何の変化もないことだ。聞けば蓮華の火を操る『力』も、儀式を経て発動したものらしい。初めの話だとすぐにでもその兆候が表れるらしいが、そうした感じも全くない。
 無駄なことだと知りながら、首の後ろをもんでみたり、手や足の動きを確かめたりしたが、特に変化なし。顔に何か変化があるかと鏡を睨んでいる姿を蓮華に見られて、大笑いされたこともあった。
 傷の方は少しずつ良くなっている。だが、左腕が悪化しているのは火を見るよりも明らかだ。悪化すると大変なことになると脅されている割には、一向に薬が出来る気配はない。
 基本的に考えるのは苦手なのに、いろいろと考えていると、自分を取り巻くすべてが偽物なのではないかと思えてくる。――チャッチャラー、ドッキリでした。誰かがそんなことを言いながら、壁を壊して出て来そうな気さえする。
 鰐十郎はイライラして、パイプベットの金具を思い切り殴りつけた。ガコッと嫌な音がして、太いパイプが少し曲がる。拳には血がにじんでいる。特別な力ではない。むしろ怪我が完治していない分、威力はいつもより落ちているのだ。
 仕方なくスマホをいじりまわしているうちに、道場の青木から留守電が十本あまり入っているのに気付いた。いずれも至急電話をくださいというものだ。
 師範代とは言え、道場はすっかり一歳下の青木に任せっぱなしだ。鰐十郎が一週間ばかり顔を見せないからといって、心配するような男ではないはずだ。
「鰐さん、大変なことが起こりました」
 電話口から青木の深刻そうな声が飛び込んでくる。
「どうした。痔でも悪化したか……」
「こんな時に冗談はやめてくださいよ。黒竜の奴らが来たんですよ」
「黒竜が?」仲が良いわけではないが、市内にある格闘技の流派は棲み分けをしており、直接ぶつかることはまずない。呪流柔術も天界黒竜空手もその例外ではない。ましてや相手の道場に殴り込みをかけるなんてことは未だかつて聞いたことがない暴挙である。
「まさか、俺が原因か?」
「おそらくは……とにかく《溝板の死神》を出せの一点張りで」
「相手の中に顎鬚を生やしたガタイのいい奴がいなかったか?」
「ええと……いました。そいつですよ。鰐さんをかくまってるんだろうっていいがかりをつけてきたのは。どこにいるか知らないって言ったら、正直に言わないなら道場毎ぶっ壊してやるって……。俺らも看板の威信にかけて頑張ったんスが、何しろ向こうは二十人ぐらいいまして……」
 鰐十郎はグッと唇を噛んだ。血がタラタラと流れ出る。鰐十郎がどこにいるのは青木には話していない。最も知ってたとしても青木はそれを口にするような男ではなかったが。
 呪流柔術も総勢で言えば三十名ぐらいいるが、まだ子供も多い。単純に数えれば戦力になるのは十名にも満たないのだ。まだ若い彼らが道場を守るために身を呈して、血みどろになって戦う姿が見える様だった。
「そうか、おまえ今どこにいる?」
「自分は今家で休んでます」
「道場に来れるか」
「もちろんです。鰐さんが来てくれるんなら電気点けときますよ」
「わかった。こっちも今出るから先に行っといてくれ」
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