2-3

文字数 1,437文字

 男は手にした武器を胸の前で打ち合わせると、そのまま攻撃態勢に入った。地面を滑るような足さばき。奇妙で意表を突いた武器の扱い方。しかも、異様に素早い。
 鰐十郎は攻撃を受け流し、反撃を試みるが、それらはことごとく空を切った。新しい武器にかなり戸惑ったが、それでもしばらくやり取りをしていると、次第に相手の動きに慣れてくる。鰐十郎の特性である野生の勘がグイグイと蘇ってくる感覚がある。
 ――左、右、左、左足、右、左、左。
 相手の動きと読みのズレが次第に修正されていく。次に左上から大きく武器が振り下ろされるのをかわして、顔面に正拳を叩きこむ。小男は鼻をへし折られ、血しぶきを残して遥か後方に飛ばされる。
 イメージはそうだった。それは鰐十郎にとって既定路線だった。形が見えれば後はボタンを押すようにたやすく未来が構築される。だが、その瞬間足が全く動かなくなった。まるで地面に根が生えたかのように。かろうじて相手の攻撃を左手で受け止めたが、奇妙な武器は深々と鰐十郎の二の腕の肉を抉った。しかし、問題はその後だ、返す刀といった感じで、次いでさらに強烈な右からの攻撃がやって来る。それは間違いなくがら空きになった鰐十郎の右側頭部を狙い撃ちするに違いない。普段なら意識しなくても防御するはずの右の腕が、今度は糸で縫い付けた人形の腕の様に全く動かなかった。
 ――ほらね、思った通りだ。
 鰐十郎はスローモーションのように武器の動きを見ていた。邪悪な形のそれが鰐十郎の頭をスイカのようにかち割るかと思われた瞬間。小男は横からの攻撃を受けて、遠くに飛ばされた。ゆっくりと立ち上がったその口許から血が流れている。
 鰐十郎の横にさっきのホステスらしい女が立っていた。鰐十郎は激しく混乱した。女の手先は妙に赤く光っている。小男の唇が醜く歪んだ。
「そうか。そういうことか……だが、こちらもこのまま引き下がるわけにはいかないんでね。たとえ女性と言えど容赦はしませんよ」
「ふん、そいつぁこっちのセリフだよ」
 鰐十郎の前で奇妙な武器を操る小男とミニスカートの女が戦い始めた。それは見たことのない不思議な戦いだった。鰐十郎は這う様にガード下の壁際に避難した。自分が戦っている時は気付かなかったが、男の体から何か細いひも状のものが出ていた。否、体からではない。奇妙にねじくれた武器の先端からフワフワと流れ出ているのだ。それが出たり消えたりしている。
 一方、女の方がキラキラと光って見えるのは手先がライトセーバーのように赤く光っているせいだ。二人は激しくぶつかり合い、互いに蹴りやパンチを繰り出している。だが、戦いはそれだけではない、二人を取り巻く周囲の空間でも、時折激しく炎が燃え上がっている。
 互いに決定打が出ないまま、二人は再び対峙した。と、男がフッと唇を緩めた。
「まさか、ここまで動き出しているとはな……とりあえず一旦退却だ」
 そのまま後退りすると、背後に黒塗りの車が現れ、静かにガード下に入って来る。中から三人の男が降りてきて、道端で唸っている山高帽子の二人組を回収する。
「鰐十郎、また会おう」
 小男は最後にそう言うと、走り始めた車に素早く乗り込んだ。
 ――こっちはもう二度と会いたくないけどね。
 そう心の中で毒づいてから、鰐十郎は更なる体の異変に気付いた。左足と右手の先以外はほとんど体が動かせないのだ。まるで体中が無機物になったようで、やたらと重みを感じるだけだ。
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