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文字数 953文字

 店内に入るとたちまち光の洪水に包まれた。
 まるで巨大な騒音と光線の渦の中にいるようだ。人の群れが波のようにうねり、そのうねりに身をまかせているだけで酔ってしまいそうになる。
俊介がドリンクを取ってくると言って消えた後、香澄は大勢の人の中に一人で立っていた。踊れなくても適当に動いていればいいという俊介の言葉を信じて、何となく人の動きをまねて、体をくねくねとさせてみる。
「ヤホー。お姉さん初めて? 俺と一緒に踊らない?」
 高校生ぐらいの若い男が肩に手をかけてきた。その途端に心臓が大きく波打ち、目の前が真っ暗になる。
 ――しまった。またあの暗闇の世界だ……。
 あわてて手掛かりを探そうとするが、あたりは闇に包まれているだけで、手掛かりどころかすべてが閉ざされているの。そのうちに何かの気配がやってくる。何かは知らないが、いつもやってくるあの恐ろしいモノだ。大地から湧き上がってくるような荒い呼吸音、異様な臭い、そしてジワジワと伸びてくる幾本ものネバネバした触手……。
「嫌っ――」
 香澄は身体を捻るように、呪縛から逃れた。その途端にあたりは元のフロアになる。
「お姉さん、ダイジョブ?」
「えっ……ええ、ごめんね。今、彼を待ってるの……」
 相手が怒るかと心配したが、香澄の様子が普通でないと思ったのか、相手はあっさりと向こうに行ってしまった。だが、しばらくするとまた別の男が話しかけてくる。今度は注意していたので、暗闇が現れることはなかった。だが、注意しなくてはいけないと改めて思った。子供の頃の様に頻繁にではないが、油断をしていると例の暗闇が現れ、香澄を異世界へと引きずり込んでいくのだ。
 さすがに心配になって遠くに目を凝らすと、俊介が遠くのカウンターの前に立っている姿が見えた。ドリンクが出来るのを待っているのだろう。
 ゆらゆらと体を動かしていると、気持ちがいいというより酔ったような気分になる。次々といろんな色の光が視界に飛び込んできてめまいがしそうだった。俊介が戻ってきたら一休みしようと思った。
 ふと、背後に視線を感じて振り返ると、遠くにいた一人の男がさっと人影に隠れた。ドキンと心臓が大きく波打つ。――あいつだ。すでにその姿はどこにも見えなかったが、見間違えるはずがない。
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