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文字数 1,367文字

 春先だというのに、夢町通りは妙に冷え込んでいた。
 鰐十郎は飲食店に囲まれた小さな公園のベンチに座っていた。厚手のジャケットを羽織っているのに震えが止まらない。それは寒さだけのせいではないかも知れない。一時間ほど前に、小更儀病院で例の注射を打ってきたばかりなのだ。
 左腕に巣くう根っこの生育状況はよくわかっていない。だが、動きが少しずつ悪くなっていることは確かだし、このまま成長し続けることに対する恐怖感もある。
 その成長を抑制するという注射の事は思い出しても嫌になる。牛乳瓶のように太い注射器を見た時は、笑えない冗談だと思ったほどだ。その中に入った大量の液体が肩から体内に入ってくる気分は、何にもたとえようのないほど嫌な感じだった。その不快感はその後もずっと残り、ここに来るまでにも二回ほど吐いてしまった。
 蓮華に送ってもらうことも考えたが、送ったからには簡単には帰ってくれないだろう。あのチンドン屋のようなポルシェはさすがに目立ち過ぎる。
 二時間ほど過ぎた時、ペガサスの入り口に数人の男女が現れた。奴らがこの店に入ったことは随分前に道場の仲間から報告を受けている。
 双眼鏡で確かめると、果たして例の三人組だった。胸元が大きく開いたドレス姿の女を前に、だらしないニヤニヤ笑いを浮かべている。
 鰐十郎は立ち上がると、通りを横断し建物の陰に隠れた。男らは駅の方に向かうだろうと予想はついていた。程なく数人の足音が近づいてくる。
 すっと闇から通りに出ると、相手が息を呑む気配がした。
「てめえは、わ……鰐十郎……」
 一呼吸おいて、大釜がいきなり後ろを向いて逃げ出そうとした。そのアロハシャツの襟首を篠村ががっちりと捕まえる。
「うろたえんじゃねえ。相手は一人だ……」それから鰐十郎に向き直り、
「まあ、ちょうど良かった。こっちもおまえさんを探してたんでね」
「らしいな。道場の方に結構な挨拶をしてくれたそうじゃねえか」
「いやあ、礼には及ばんよ。俺たちを恐れて雲隠れしたようだから、ちょっくら挨拶に寄っただけだぜ」
「雲隠れだと……逃げたのはそっちだろうが。まあ、そんなことはどうでもいい。ちょっと来てもらおうか」
「俺らは別にかまわねえが……」
 鰐十郎は顎で先ほどまでいた公園を示した。篠村は同意したと言わんばかりにニヤリと笑って見せ、後ろの二人に目配せをする。
 車道を横断し公園入ると同時に、二人が左右に分かれて鰐十郎をはさむ形になる。
「ん? もう一人の奴は?」
「ション便だよ……あんたの蹴りを腹にまともにくらって、膀胱が破裂しても困るだろ」
 篠村はそう言ってから、自分のジョークにゲタゲタと笑った。ほどなく大釜が通りの方から走ってやってくる。
 ――結局今日もアロハシャツじゃねえか。それより見え透いた嘘つきやがって。どう考えたって仲間と連絡を取っていたに決まってるだろうが……。
「おまえらに一つ訊きたいことがあるんだが……。山高帽とチビの三人組を知らねえか」
「知らねえなあ。誰だよそいつら」
「待ち合わせ場所にいたヤツだよ。なら、何で来なかった」
「行ったとも。待ってたが、いつまでも来ねえから逃げたと思ってたぜ。でも、こうしてまた会えたからいいじゃねえか。続きをやろうぜ、《溝板の死神》さんよ」
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