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文字数 1,341文字

 ほろ酔い気分の鰐十郎が店を出たのは十一時をかなり回った頃だった。
 すっかり雨はあがり、雲の向こうに月明かりがうっすらと見えている。泥沼通りから小さな商店の並ぶ小道を辿る。さすがに十一時ともなれば、どの店もシャッターを固く閉ざしている。この界隈はあまり治安がいい方ではない。
 ガード下まで近づいた時、遠くの方から争うような声が聞こえてきた。
「何だい、女だからってバカにすんじゃないよ」
 男が何か野太い声で怒鳴り返しているが、そちらはよく聞き取れない。
 少し歩いていくと、薄暗いガード下の丁度中央あたりで、一人の女が三人の男に囲まれているのが見えた。このガード下は何かとトラブルの絶えない場所で、高校時代はよくノンガード下などと仲間内で揶揄して笑っていたものだ。
 鰐十郎はポケットからクシャクシャの紙を取り出した。
 ――十一時半、ガード下。
 時間と場所と人数は合っているが、三人の男は遠目に見ても先ほどの奴らと同一人物とは思えなかった。とんだ横やりが入ったんで、どこかに行ってしまったのか。あるいは鰐十郎に恐れをなして逃げたのか。
 まあ、本当に逃げ出したとしても特に驚くことは無い。鰐十郎のこれまでの行いを知っている者なら、いろんな意味で関わり合いになるのを避けるのは当然のことだ。
 鰐十郎はゆっくりと女の方に歩み寄った。
女が一瞬振り返り、すぐに前に向き直った。
「やるってんならやってやろうじゃないか。あたしはねえ、こう見えても空手二十段だ……」
 スカートのままグイと足を横に開こうとしたらしいが、少しよろめいた。どうやらかなり酔っぱらっているらしい。白いモフモフの付いた真っ赤なセーターに黒いミニスカートという、いかにもその手の商売といった恰好をしている。頭は夜目にも鮮やかな金髪だ。おそらく鰐十郎と同じで、泥沼通りの店を出てここまで歩いて来たのだろう。
 山高帽を被ったノッポがぐいと前に乗り出し、よろめいている女を物のように横に押しのけた。デブの山高帽がその横に出てきて、射るような視線で鰐十郎を見据える。
 ここに至って、鰐十郎は実は自分が待ち伏せのターゲットだという事実に気付く。
「さっきの奴らはどうした。仲間でも呼びに行ってるのか?」
 後ろにいたサングラスの小男が甲高い声で言う。
「そんな奴は知らんな。それより……あんた、呪流柔術師範代、呪鰐十郎さんだろ。少々話したいことがあるんで、我々と同行願いたい」
「いやいや、いかにも怪しげな登場の仕方だな。これがドラマなら初めから真犯人がわかってるようなもんだぜ。第一、お前ら見かけない顔だが、どこから来た?」
「我々は社会正義のために働いている者だ。わけあって詳細を話すわけにはいかないが、協力してくれる人間を探している」
「社会正義だと……この俺が悪の組織からのスカウトされるならまだわかるが、そんな大層なところからお呼びがかかるはずねえだろうが……社会正義さんよう」
「ふふふ、そうやって相手をおちょくるのがおまえのやり方か……それより、きちんと返答してもらおうか、同行するのか否かを……」
「NOと言ったら?」
 男はまるで待ち望んでいた答えを得たようにニヤリと笑い、後ろにさがった。

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