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文字数 1,344文字

 小更儀病院の二回のラウンジに西日が差し込んでいた。今日もいつもの静けさと豊饒な酒の匂いに満たされている。
 テーブルの上にノートパソコンを置き、キーボードに指を走らせているのは、蜘蛛女こと水月遥だ。画面を覗き込むようにサングラスをかけた女と髪の毛が白い少年が立っている。女は鳥島香澄、少年は実は老人だという白玉小僧。
 酒の臭いは白玉小僧が持っているジンの瓶と、サイドボード脇に立っている納涼蓮華が呑んでいるワインの香りだ。蓮華は夕日を眺めながら、ゆっくりとグラスを回している。清楚な格好をしていれば憂いをたたえた麗人といった雰囲気だろうが、髪は鶏のトサカのように立っている。
「この子ですね……」
 遥が一人の少女を画面に出した。目白アリスという名前で、下には行方不明になった日付、警察に届け出た日、イルミナティに案件が回って来た経緯など細かなことが書いてある。
「警察は何て言ってるんですか?」香澄が訊く。
「そりゃあ、調べてみるって言うに決まっとるよ。だが、この子は家出の常習犯で万引きとかクスリで警察に引っ張られたこともあるから、まあ、本気で探す気はなかろうて」白玉小僧はそう言ってから、一つ大きなゲップをした。「して……なんか面白いものを見つけたとか……」
「実はこれなんですよ」
 遥がExcel表を開いた。五名ほどの人間のリストが書いてある。
「少女が行方不明ということで調べたら、こんなに出てきました。過去二年間の明目市の行方不明者です。大雑把に言って、みんな似たようなライフスタイルですね」
「どこで手に入れたのじゃ」
「もちろん公のものじゃありません。実は蓮華の仲間に調べてもらいました。共通点は水商売関係の子、いなくなっても誰も心配しない子。事情はそれぞれだけど……たとえば、この子の場合、実家に帰るってことで、鞄を貸していたことを思い出した友達が実家に連絡をしたら戻ってなかったり……。また、この子は身寄りが誰もいなくて、この界隈の水商売を転々としてたけど、気付いたら見かけなくなっていたとか……」
「成程、警察に届ける者もおらんような子ばかりというわけだな。何か組織的な犯罪の臭いがするな」
「犯罪なんですか?」香澄が訊く。
「おそらくな。たとえば、人身売買とか売春とか……」
「それで調べてみたんですけど、一つのキーワードが出てきました。それはクラブっていう言葉。しかも、調べたらみんなクラブ・エイジアに通っていたらしんです」
「それって、私が襲われたクラブじゃないですか」
「その通り。あのクラブは何か変です。そもそも香澄を睡眠薬で眠らせて連れ出す作戦だったらしいんですが、それって無関係のクラブではやりにくくないですか」
「成程な。クラブ・エイジアか……」
「代表は福畑小四郎。元パチンコ店の店長だったらしいです」
「ふむ、聞いたことのある名前だな。確かクスリがらみでリストにあがったが、証拠不十分で検挙されんかったヤツだ」
「ワルですね。どうしましょうか」
「まあ、そうは言ってもいきなり殴り込むわけにはいかんだろう。どうせ危ない資料はみんな隠しておる。とりあえず張り込みでもして、店への出入りを観察することだな」
「わかりました。段取りを整えます」
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