8-2

文字数 1,239文字

 公園の中央に来ると、三人はすっと鰐十郎から離れた。すでに三方から囲まれている状態だ。篠村に向かって一歩前に出ると、相手は一歩引く。他の者に向かうとそいつも一歩引く。曲がりなりにも格闘技をやっているので、間合いはわかっているのだ。
 ――時間稼ぎをしてやがる。
 鰐十郎は敢えて届かないとわかっている蹴りを放った。その瞬間、濡れた草に滑って派手に尻もちをつく。笑いと共に三人が一斉に襲い掛かってきた。
 鰐十郎はばねのように跳ね起きる力で肘を大釜の顔面に叩き込み、反対側にいたデブの槍田の腹に後ろ蹴りをめり込ませる。わずか一秒にも満たない間に、二人の男が地面に転がって悶絶している。
「野郎、わざと転びやがったな……」
 篠村が額に汗を滴らせながら、チラリと道路の方に目を向ける。
「どうした。仲間はまだ来ないようだな。まあ、まさかこんなに早くやられるとは思ってないだろうからな……さあ、どうする? 俺はのんびり待ってるつもりはねえが……」
 鰐十郎がジリジリと歩み寄ると、篠村は構えを解いて手をあげた。
「わかった、降参だ。俺たちの負けでいい……」
 鰐十郎は獣のような素早さで篠村に組み付くと、あっさり右手を捩じりあげる。
「いててて……何すんだよ。無抵抗のヤツを攻撃するのかよ。反則だぞ」
「反則だと? おまえ、これを試合だと思ってたのかよ」鰐十郎は鼻でせせら笑った。
「負けでいい……とはどういう言い草だ。俺のあだ名の意味を教えてやろうか。もっと曲がるぜ。そのうち折れるかも知れんが」
「いててて……やめろ。何が目的だ、目的を言え」
「本当の事を言えばいいんだよ。例のあいつら何者だ?」
「さっき言ってた連中か、俺は知らねえ本当に……っていててて」
 篠村は汗びっしょりになって痛みに耐えている。後ろ手に捩じりあげられた腕はすでに信じられない程曲がっていた。
「わかった……言う、言う……でも、知らねえのは本当の事だ、あるヤツに頼まれたんだよ。おまえをおびき出せってな。それ以外は何も知らねえ。本当だ」
「あるヤツって?」
「それは言えねえ。それを言ったら、俺たちは……」
 ゴリッと嫌な音がして、腕が変な方向に曲がる。ぐはっ――。篠村は腕を抑えて転げまわった。
「この気違いめ……本当に折りやがった」
「で、そいつは誰なんだよ?」
「勘弁してくれ。それだけはまずいって……」
 篠村の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
「そうかい、そういうことならもう一本いってみようか。まだ、足もあるし首もあるぜ」
「やめてくれ、もうたくさんだ。でも、これを言ってしまったら……」
 鰐十郎の手が篠村の左腕をとらえる。
「……桑水流(くわずる)だ……」篠村はブルブルと震えていた。「……あいつに頼まれたんだ……あいつの命令なんだ」
「桑水流だと、そんな馬鹿な……」
 だが、篠村にはもう返事をする力もなかった。地面に倒れ込み、嘘じゃないとうわごとのように繰り返すだけだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み