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文字数 1,292文字

 駅の近くにある喫茶ハナミズキは、隠家的な小さなコーヒー店だ。特別に美味いコーヒーを飲ませるわけではないが、いろんな人間が密会の場所として利用したりする。
 その店の一番奥のボックス席に呪鰐十郎は座っていた。
 やがて、古臭いカウベルの音が鳴って店内に四人の男が連れ立って入ってくる。いずれもガタイはいいがまだ若い。
 輪中が奥の席に皆を案内する。すぐ後ろにいた男が急に立ち止まった。
「えっ、どういうことだよ。学校の話じゃねえのかよ」
 その後ろの男がアッと小さな叫びを漏らす。
「死神……溝板の死神だ……」
「あんだよ、そりゃあ。俺にもちゃんとした名前があるんだぜ。呪鰐十郎……知ってるか」
 最後尾にいた赤虫が前の二人を後ろから押す。二人は押し出されるように鰐十郎の向かいに座った。落ち着かない様子で、座る仕草もひどくぎごちない。
「何だよ。まさか俺らから金を巻き上げようってんじゃねえだろうな」
「全く誰だよ……」鰐十郎は怒鳴った。「俺が強盗まがいのことしてるなんでデマ飛ばしてるのは。こう言っちゃ何だが、生まれてこのかたカツアゲなんてゲスなまねしたことねえぞ」
 男の一人が鰐十郎の隣に座っている輪中に助けを求めるように目を向ける。
「いやいや、そんなんじゃないから。ちょっと訊きたいことがあるだけだ」
「訊きたいこと?」
「おまえら天界黒竜空手に属してるよな……」
 輪中が言うと、鰐十郎がその後を引き継いで、
「ちょっと人を探してるんだけどよ。顔に顎鬚を生やした小太りの男、いねえか? 何とか村っていうような名前の。それと、そいつとつるんでるデブとアロハシャツの男」
 黒竜空手の二人は互いに顔を見合わせた。
「あの、もめてるんですか?」
「そうだな。もめてる。ひっ捕まえて、首をねじ切ってやろうかと思ってる」
 意外にも二人の顔には安堵の表情が浮かんだ。リラックスして椅子に座り直す。
「それ、トラブルメーカーの三人組ですよ。他流派と喧嘩はするし、一般人をカツアゲしたり、女を強姦しようとしたり、全くやり放題……」
 もう一人も会話に加わる。
「よく逮捕されないとか、よく破門にならないとかみんなで噂してますよ」
「名前は?」
「顎鬚が篠村、デブが槍田、アロハシャツが大釜です。ただし、大釜がアロハシャツを着るのは時々です」
「そうかい、そいつらが道場に来る時間は?」
「いや、それが最近はほとんど来てないです。でも、来ない方がいいですけどね。道場でもトラブルメーカーなんで……あいつらにいびられて辞めたのは二人や三人じゃねえですから」
「どこか溜まり場になってる場所とかねえのか?」
「あります――」男が力強く答えた「夢町通りにあるペガサスって店に入り浸ってますよ。なんでもそこのホステスに篠村がベタぼれって話で……。全く相手にされてないそうですけどね」
「そうか、情報ありがとよ……」
 鰐十郎は立ち上がりながら千円札を数枚テーブルの上に置いた。
「俺らは行くけど、良かったら飯でも食っていきな」
 二人は一斉に立ち上がって直角にお辞儀をした。
「あざぁす――」
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