13-2

文字数 1,875文字

 蓮華は反対側からビルを一周して、元のガラス扉の前に戻った。中からは相変わらず何の気配もしない。ゆっくり扉をあけて中の様子を伺う。右には短い廊下があり、鉄製のドアが見えている。ドアからは無人のショールームに続いていると思われるので、左の階段をゆっくりと登り始めた。香澄もその後をついていく。
 二階の踊り場から長い廊下が見える。途中のドアは無視して突き当りまで来ると、左側に更に廊下が続いている。その先は階段になっているらしいが、右側に二つドアが並んで見える。おそらくその奥の部屋がさっき見た換気口に繋がっているはずだ。
 二人は周囲に気を配りながらゆっくりと廊下を歩き、奥の部屋の前で立ち止まった。ドアに耳をあてると、中からヒソヒソという話し声が聞こえる。
 蓮華がドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した。カチリという音がしたが、ドアはロックされている。その途端にヒソヒソ声が聞こえなくなる。
 軽くノックをしてみるが、中から反応はない。大きな声で話しかければ中の人間と会話ができそうだったが、このビル内には他にどんな人間がいるかわからないのだ。とりあえず一旦引き返して、隣の部屋を調べると幸いにも鍵はあいていた。ゆっくりと部屋の中に入る。広々とした明るい部屋だ。どこからか水の音が聞こえてくる。それは内廊下の奥の方から聞こえてくるようだった。
 内装は小綺麗なマンションのような作りだ。リビングがあり隣にダイニング・キッチンがあり、さらに奥の部屋へと続いている。大きな縞柄のソファの上に、ハンドバッグと黒い大きな帽子が置いてあった。マリリンが被っていた帽子だ。
「この部屋に住んでるのかな……」
 蓮華がそう言いながら内廊下を進む。明らかにシャワーと分かる音が突然やみ、奥の方でがさがさという音がする。突き当りまで来ると、蓮華は香澄に目で合図を送ってから、体で押し込むようにドアを開いた。
「キャッ――」
 下着姿の女がバスタオルで胸を隠しながらしゃがみこんだ。
「誰――あんた何者?」
 それから台の上にあった服の籠に手を伸ばして、それを引っくり返してしまう。
「一体、誰の差し金でこんなことを……。ここがどこか知らないわけじゃないだろう。私のバックに誰がついているのか、解ってるのかい? あっ、それとも、あいつらか……そうか、あいつらの差し金なんだな。金が目的なんだろ。でも、今ここには無いんだよ」
「何を言ってるんだ、この女は……」
 蓮華は後ろに立っている香澄に言った。
「いや、本当だよ。金はさっき届けにいったばかりで、ここにはほんのはした金しか無いのさ。でも、そうだ、指輪がいくつかある。あれには結構価値があるんだ、ホントだよ」
「指輪なんかいらねえよ。あたしたちはそんな目的で……」
「やっぱり現金が欲しいんだね。現金は後で振り込むよ。嘘はつかない。神に誓ってもいい……」
「いや、話を聞けよ。こっちは訊きたいことがあるんだよ」
 蓮華は女に近寄り、髪をわしづかみにしてビンタを喰らわした。
「訊きたいこと?」マリリンは怪訝そうな目で、「そうか、もしかして、あいつ等の仲間じゃないんだね。わかった……何でも答えるから……」
 マリリンは少し冷静になったようで、大きく深呼吸をするとゆっくりと立ち上がった。そして、ずり落ちそうになっている胸のバスタオルをたくしあげたと思った途端、いきなりそれを蓮華の顔に投げつけた。
 視界を遮られた蓮華は慌ててそれを払いのけた。そして、再び視界が捉えたのは、鬼のような形相で迫って来るマリリンの姿だった。櫛を逆さにナイフのように持っている。蓮華は瞬時に身をかがめて、その攻撃をかわした。
 マリリンは一旦飛びのいて、再び櫛を握り直した。舌でペロリと唇を舐める。
「ちょいと……なめてもらっちゃあ困るよ。こちとら若い頃スケバンはったこともあるんだからね」
 何かが憑依したかと思う程の豹変ぶりだ。
 蓮華はフッと笑みを浮かべると右手を小さく動かした。その途端にマリリンが持っていたプラスチック製の櫛がポッと炎をあげる。
「ウワッ、アッチッチ……」
 炎をあげて燃えている櫛を慌てて投げ捨て、驚いたような顔で蓮華を見る。
「とんでもない女狐だね。ま、どうあがいても勝ち目は無いんだから、降参しな。それともその立派なおっぱいで焼き畑農業でもしてみようか」
 ヒッ――。マリリンは両手で豊満な胸を隠した。
「とりあえず、こっちに来て話しましょうか」
 香澄がそう言うと、マリリンは諦めたように素直に頷いた。
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