第32話

文字数 8,339文字

 その朝、メッセージを読み、葉月は心底ほっとしてから登校した。だが朝の会の時間になっても風荷が来ないので、きょうも休みらしい。担任の話によると、早朝に風荷の母親から連絡があった。体調はだいぶ回復しており熱も下がったが、原因不明の突然の高熱だったため、大事を取って今週いっぱいはお休みさせてもらいたいということで、担任もそれがいいとオーケーしたという。
 最近、欠席や早退が増えている、と話のあと担任は言った。インフルエンザが大流行したいっときの年を思い出させるような状況に近くなっている。藤ヶ丘だけでなく、市内のほかの小学校でも似たような事態になっている。基本的な手洗い、うがい、咳やくしゃみをするときは人に向けない、また生活習慣の見直しをきちんとして、風邪をもらう前に予防することが大切だと担任は続けて語ったが、葉月は話半分に聞いていた。そばの席の直弥とそのあいだ何度か目が合い、直弥は「何言ってんだか」という表情をして笑っていたが、その顔色はやや青みがかってくすんでいた。紫色にさえ見えた。葉月はそれが無性に心配だった。
 「直弥、具合悪い?」
 一時間目の前に葉月はささやいたが、直弥はかぶりを振って、
 「全然。でも、寝不足」
 「眠れてないの?」
 「うん。あんまり。みんなと一緒。きのう、特に寝れなかった」
 「そう……」
 「でも、平気」
 と目をこすった。
 「それよりさ。葉月……」
 と直弥は無関係の話を始め、あとは普段どおりだった。直弥は悪夢をほとんど見ない。「彼女」、あるいは「チョーカー」こと、葉月にとっては「穂坂優子」に対する恐れもほかの生徒ほど持ってはいない。
 だから葉月も、直弥はだいじょうぶ、と思っていた。直弥は撮影隊のメンバーだったが、撮影後すぐ海外に行ったイレギュラーだから、今回のことからはみんなよりも離れていられるのだろうと、どこかで油断していた。
 だが翌水曜日、油断は一変した。その考えがまちがっていたことを葉月は思い知らされた。
 午前中の体育が終わったあと、それは起きた。体育館から五年生の教室へ戻る途中、階段をのぼっているときだった。列は作らず皆ばらばらだったが、葉月は例によって集団の後ろのほうにいて、ふと顔を上げると前方に、帽子をかぶったままの直弥がいた。ひとりで長い階段の一番上まで駆け足でのぼっていくのが見えたが、次の瞬間、ぴたっと静止した。階段上にはあかり取り用の大きな窓があり、そこから白い日光が差しこんでいた。
 「あっ……」
 葉月は知らず口にした。なぜか分からないが、いけないと思った。
 静止した直弥は次の一瞬くるりと振り向き――表情は葉月からは見えなかった――およそ階段を下りる速度ではない猛烈なスピードで駆け下り始めた。後続のクラスメイトを次々押しのけ、脇目もふらず――おどろいている生徒たちが眺めるなか、その勢いのまま足を踏みはずした。あっという間に直弥は階段をごろごろ転げ落ち、落ちきって止まった。
 「直弥!」
 葉月は叫び、クラスメイト何人かと全速力で走り寄った。直弥はうずくまり、顔はうつむけ、ぴくりとも動かない。
 「先生、呼んでくる!」
 だれかが叫び、あわただしく駆けていく足音がいくつか聞こえた。しんとした周囲が、広がる動揺に騒然となる。
 「直弥……!」
 抱き起こそうとした葉月を、迷いなく止める手があった。
 「葉月くん、だめ。たぶん動かしちゃだめ、もし頭を打ってたら――」
 風荷と親しい女子だった。はっとして葉月は手をどける。脱げた帽子がそばに落ちている。
 直弥の顔のある位置から、糸のような鮮血が床ににじみ出していた。死んでいるかもしれないと思い、葉月は気が遠のきかけた。だがなんとか保って懸命に「直弥」と呼ぶ。もう一度。さらに一度。応答はない。
 「どうしよう……」
 と、ようすを見ていただれかが悲壮感に満ちた声で言った。
 「どうしよう、私たち……どうしたらいいの? ねえ、これって。これって」
 「俺、もう嫌だ。なんでこんな」
 「直弥の次はだれ――」
 「みんな落ち着いてよ!」
 学級委員が叫ぶが、その声も落ち着いていない。葉月は数人と一緒になり、なおも直弥を呼び続けていたが、やがて大慌ての教員たちが一散に走ってきた。緊迫したやりとりが飛び交い、茫然と見守る生徒たちのあいだに張りつめた空気が流れる。いくつかの表情には絶望の色が浮かんでいる。
 「何があった? なぜ、こうなった?」
 血相を変え質問した教員もいた。
 だれも何も言わなかった。答えは分かりきっている。だが言えるわけがない。
 真っ先に直弥へ駆け寄り状態を確認した教員の言葉から、直弥には脈があるが意識不明だと葉月は理解した。それからは嵐のようだった。ただちに救急車が呼ばれ、葉月たちは全員その場を離れるよう指示され、階段前は大人でいっぱいになった。直弥の姿はたちまち葉月の視界に見えなくなった。
 何も知らない昼の全校放送が始まっていた。皆さん給食の準備をしましょう、という内容がのんびり流れている。
 「葉月、だいじょうぶ――?」
 友人のだれかが言ったとき、葉月は走りだしていた。直弥の動かない伏した身体、さっきまで話していた直弥の笑顔、床をつたう真っ赤な血が脳裏に焼きつき、立ち止まっていられなかった。
 直弥。直弥。直弥――先刻からの呼びかけを胸に繰り返しながら、気づくと六年生の教室が並ぶフロアだった。普段めったに足を踏み入れない廊下は給食前の空き時間でにぎわっている。
 窓辺でりあと話している泉を見つけ、葉月は息を切らして走り寄った。
 「泉! ――泉!」
 気づいた泉は目を丸くし、
 「えっ、はーくん?」
 「泉――」
 葉月は着ている体操服をつかみ、呼吸をととのえようとする。
 ただごとではないと泉は即座に察した。
 「何があったの? 風荷?」
 「ちが……直弥が……直弥がさっき――」
 泉が葉月の背中をさする。そばでりあが立ちすくみ、不安げにうかがっている。りあは葉月と話したことはないが、五年生に泉の幼なじみがいるというのは知っていた。
 周囲からの視線を感じつつ、泉とりあは葉月の説明を聞いた。聞くなりふたりは顔色を変えた。亡くなったばかりの明光第一の女生徒についてちょうど話していたところで、衝撃は大きかった。
 サイレンの音が鳴り響き、どんどんこちらに近づいてきていた。窓から顔を出し、何があったのかと外をのぞく生徒が増えていく。口々にだれかが言っている。
 「何? 救急車?」
 「こっち来てない?」
 「なんか、だれか落ちたらしいよ」
 「えっ、それってさ――……」
 りあの頬から血の気が引いていた。
 「りあ?」
 気にかけた泉へ、りあは突然よろめいた。
 「りあ――だいじょうぶ? 気持ち悪い?」
 「分かんない……ふらふらするの……」
 「泉、保健室――」
 葉月が急かした。りあは立っていられないのか、今にも倒れそうだった。肩が不自然に震えている。泉が腕を回して支え、さらに葉月が手を貸し、三人は保健室へ向かった。
 校内全体がざわついている感じがした。救急車が到着したようでサイレンはやんでいる。直弥はまだ階段前から動かされていないはずで、しかし早く運び出して治療しなくては――もし助からなかったら――……。葉月は歯を食いしばった。自分に何もできなかったことが、悔しくてたまらなかった。もっと気をつけているべきだったのに。直弥が撮影隊のメンバーだったこと、自分とよく話す親しい友達ということを考慮すれば当然だった。穂坂優子の影響を受けている自覚が直弥にはもともと薄くて、しかしそれは自覚症状がないだけで実際、直弥は以前と変わっている。いつこういう事態が起きてもおかしくなかった。分かっていたはずだったのに……。
 保健室にはだれの姿も見えず、静かだった。直弥のほうにかかりきりなのだろう。
 三台あるベッドのうち、ふたつまでが埋まっていた。どちらにもクリーム色のカーテンが引かれている。眠っているのか、かすかな寝息が聞こえる。
 空いている一台にりあは横たわった。目を閉じ、浅い呼吸で、震えは止まっているが顔は青白いままだった。
 「りあ。僕のこと分かる?」
 泉が小声に尋ねた。
 「うん……泉くんの声」
 「息、できる? 苦しい?」
 「だいじょうぶ……ごめんね……りあ、なんで」
 「先生、呼ぶから」
 泉はりあの手を強く握った。
 「だからちゃんと息して。死なないで」
 「うん……」
 「どんな夢を見ても――何を見ても、死のうとしちゃだめ。死んだら僕が泣くって思って。いい?」
 「泉くん……泣くの?」
 「りあが死んだら泣くよ。分かった? 死んじゃだめ」
 「うん」
 「泉。僕、職員室行ってくる」
 葉月が後ろでささやいた。
 「泉は見ていて」
 十分ほどのち、六学年の教員を連れて葉月が戻ったとき、泉が見守るそばでりあは眠っていた。
 先刻からサイレンがけたたましく鳴りわたっていた。すでに校内を出ている。直弥は緊急搬送され、それまで付きっきりだった保健室の先生はもう十分ほどで来るという。
 教室に戻るよう言われ、りあを任せてふたりは廊下に出た。給食が始まっているころだった。
 どちらも黙って歩いていた。だがひと気のない昇降口の隅まで来て葉月はふいに立ち止まると、泉を見据え、重々しく口をひらいた。
 「泉。――僕、必死に思おうとしてる。今、必死に言い聞かしてる。僕たちのせいじゃないって」
 「はーくん……」
 「僕たちがあの人を調べたせいじゃない、って。あの人の名前。あの人のこと――」
 「避けられなかったよ」
 泉は耐えるような目で葉月を見た。
 「どれだけひどいことになっても、この全部を止めるためにほかにどうすればよかったか、僕には思いつけない」
 「行かなきゃ」
 葉月は口調を強めた。
 「あのトンネル。あの人の……旧姫神トンネルに」
 「いつ?」
 「あした」
 「学校は?」
 「休む。学校なんてどうでもいいよ。なんでそんなの気にするの? 僕、今からでも――」
 「はーくん。落ち着いて」
 泉は真顔でさえぎった。
 「僕たち、目立ちたくないんだよ。目立たないように考えて行動してる。ずっとそうしてきたのに、そんな無計画に突然休んだら今までの努力はどうなるの。それだけじゃない。姫神までの行き方、帰り方、親にどうウソつくかとか、いろいろ準備しなくちゃいけないのに、ここに来てひとりで突っ走って僕や光四郎や風荷を無視する気?」
 「そんなつもりじゃないよ」
 「じゃあ今から行くなんて言わないで」
 「でも……でも早くしないと――」
 「分かってる。でもこんな状態で、何の計画もなしにいきなり行くのはバカだよ。必ず見つかる保証もないのに、あとで後悔するのが目に見えてる。はーくんの気持ち、分かるよ。でもその気持ちでいるのははーくんだけじゃない」
 「…………」
 「あの人の力が暴走し始めてる。急がなくちゃいけないのは分かってる。でも、だから冷静にならなきゃ。はーくんがいなくちゃ見つからない。でも、はーくんだけでも見つからない。ちがうの?」
 「ちがくない……分かってるよ、泉。分かってる……」
 葉月は自らを抑えるように唇をかんだ。搬送されていった直弥を思うと、ただこうして立っているのがもどかしい。
 「今だけ我慢して」
 泉は苦しそうに言った。
 「直弥くんのことは、きょうかあしたには連絡が来て分かるはず。それまで信じて待つしかない。だいじょうぶ。きっと助かる。そう信じる」
 葉月がうなずく。泉は声を低め、
 「姫神行きについては考えがある」
 すごみを帯びた流し目に、外の日差しを見た。
 「あした一日、待って。このあと光四郎と風荷に連絡つけて、あしたじゅうに決める。うまくいけば金曜には行ける」
 細めた目を葉月へ戻し、泉は言った。
 「光四郎が金曜に学校ないの、覚えてる?」

 藤ヶ丘ではその日、午後から全校で早退者が続出した。保健室のベッドだけでは到底足りず、養護チームの教員だけでは人員も足りず、りあを含めたかなりの生徒が保護者の迎えにより家へ帰された。
 教員たちは、生徒たちの手前、表面上では平静をよそおっていたが、夏休み以降のたび重なる変事に、わけも分からないまま対応に追われていた。職員室では保護者へ連絡を取って事情を話す電話がひっきりなしに飛んでいた。緊急時の対応マニュアルというのが一応あって、それに関する研修も定期的にあったが、なぜこういう事態が立て続けに起きるのか、原因がさっぱり不明なだけに困惑がつのっていた。それは保護者も同じだった。
 「子供に尋ねてもろくに返してくれないんです。なんでもないって言うばかりで……困っているんです、先生……」
 スクールカウンセラーも、これでは相談に乗りようがない。
 早退していった生徒たちは皆、軽い貧血やめまい、倦怠感、微熱等、風邪の初期段階のような症状で、大事に至る印象ではなかったが、完全に治るまでは自宅で休むということで決まった。ひょっとすると新手の感染症かもしれない――という恐ろしい予想とその際に発生するだろう急務を思い、すでに忙殺された気になって、早退者よりも激しいめまいを覚えた若手教員も少なくなかった。

 午後七時過ぎ、担任から連絡網を通じて、直弥のクラスの生徒・保護者全員へ連絡があった。

 『全治数ヵ月以上の大怪我ですが、手術の結果持ちこたえてくれました。一時は危ない状態でしたが、頑張ってくれました。奇跡的に脳への損傷はなく、意識が戻り、会話もできています』

 担任の男性教師は直弥の搬送先の病院から、泣いている直弥の両親とともに、目に涙を浮かべながら取り急ぎこの連絡をした。しばらくのあいだは家族のほかは病室への立ち入りが禁止ということで、しかし体力が回復次第、面会もできるようになるという。
 まだかまだかと神経を極限まで張っていた葉月は、安堵の声を上げた母親から一報を聞き、聞いた瞬間ソファーにぺたんと座りこんだ。
 腰が抜けたのだった。

 その夜、午前零時過ぎ。
 あかりの落ちた自室で葉月はめずらしく起き、泉から教わった方法でアプリケーションを操作していた。
 約数分後。
 葉月、泉、光四郎、風荷、四人のあいだにささやかな電話会議がひらかれた。
 泉は部屋着姿でデスクの前に座り、拝借した母親のタブレットをそばに設置し、いつでもネットが使えるようにしてあった。風荷はベッドに起き上がっていた。光四郎はシャワーを浴びるのが面倒で、まだ着替えてさえおらず、スマートフォンでゲームをしながら約束の時間を待っていた。
 議題は言わずもがなだった。藤ヶ丘での一連の騒ぎ、そしてそれらを受けての姫神行きに関する緊急計画。
 穂坂優子の望むチョーカーの発見が急がれていた。穂坂優子が敵であれ味方であれ、自分たちの命を奪う気があろうとなかろうと、その力は時間とともに純粋に肥大している。そしてその強大な力に耐えられない子供が、このままではさらに死ぬ。穂坂優子の影響力がここに来て急激に高まり広がっているように感じるのは確かで、 もしそれが、自分たちが日曜日に図書館で行ったあの執念のリサーチとその結果に呼応しているのであれば、なんとしてでも自分たちは行動し、責任を持って見つけなければならない。
 穂坂優子の無くしたチョーカー。うしなわれたチョーカー。生きている自分たちのためにも。そして殺された穂坂優子のためにも……。
 「方向性を確認し、一致させることは大事だよ」
 そんな話を全員でしたあと、泉はうっすら笑った。
 「ニュース原稿みたいでしょ」
 意味を理解し、ふふと笑ったのは風荷だけだった。
 風荷はきょう起きたことの大半を、クラスの友達から午後のうちに聞いていた。慌てて直弥を抱き起こそうとした葉月を、動かさないほうがいいと的確に制してくれた女子だった。光四郎は放課後に泉から急に電話があり、出てみたら藤ヶ丘がとんでもない事態になっていて、動揺を隠せなかった。
 泉は数時間ほど前、早退していたりあとも電話し、無事を確認していた。過度なストレスと疲労による貧血という診断で、勘ちがいした母親の計らいによってコンクールへのエントリーは急きょ取り消しとなったが、当人はさほどショックを受けていなかった。ピアノはまた弾きたくなったときに弾くから、今はいいのだという。
 明光第一の六学年が学年閉鎖となる今週金曜に旧姫神トンネルへ行くという葉月と泉の案について、光四郎も風荷も反対しなかった。光四郎はどのみち休みだし、反対する理由がなかった。風荷も今週いっぱいは学校を欠席するという話が決まっているが、しかし高熱の予後で、それにどう理由をつけて母親の目をのがれるか、そのほうを葉月も泉も光四郎もはじめかなり心配した。今回は無理をしてまで抜け出さなくても、体調が万全でなければ風荷は待っているほうが安全かもしれない。
 だが三人の気づかいを風荷はきっぱりことわった。
 「みんな、そんなこと言わないで。私はだいじょうぶ。絶対、一緒に行く」
 風荷の意志はかたかった。実際、この三日のあいだに身体はすっかり軽くなり、熱がぶり返す気配はなかった。学校にも塾にも行けるのに、母親が休むよううるさいので仕方なく家にいる。だが当日はうまく言い訳して必ず出られるようにする。
 光四郎はそれでも内心不安だった。だが風荷がそう言うならと口にはしなかった。できれば四人そろって行きたかったし、その思いは葉月も泉も同じだった。
 四人は話し合いを続けた。
 泉はタブレットにマップを表示させていた。地図で見ると、県北部に位置するこの市がいかに広く、さまざまな地区を含んでいるかがよく分かる。市内中心部をのぞけばそのほとんどは今でも緑の多い郊外の田舎で、一部は県境にまで達している。
 現在、主に使用されている「姫神トンネル」は、その県境へと続く国道上にあった。一方、この「姫神トンネル」が昭和のなかごろに完成したことによって日常的な利用者の絶えた「旧姫神トンネル」のほうは、その国道を横に一本はずれた山道の途中にある。市街地を起点にすると鈴掛とそう変わらない距離だが、国道沿いにあるぶん鈴掛より行きやすく、周辺を運行する市バスのダイヤも、路線は少ないが、便数は思いのほかあることが分かった。
 日付が替わった木曜日のきょう、藤ヶ丘でも明光第一でも、登校してくる生徒はきのうよりさらに減っていると思われる。欠席や早退や不登校が増え続けている現状を考えれば、あす、葉月や泉が急に学校に来なくても違和感はない。あとはその自然なやり方を決めればいい。
 「親になんて言うの?」
 光四郎が訊くと、葉月は考えこんだが泉はにやと笑って、
 「そっちこそ、なんて言うの?」
 「俺はどうでもなるよ。友達のうちに行くとか……」
 「じゃ、だれの家かもし訊かれたら、僕の名前出していいよ」
 「いいの?」
 「うん。うち、大抵だれもいないからさ。どっちもワーカホリックなの。都合いいよ」
 「分かった。……」
 真剣な会議はしばらく続いた。時たま力を抜いて、なんでもない話もした。
 午前一時半過ぎ、それが終わろうというとき、葉月が言った。
 「みんな、気をつけて」
 あした、何が起きるか分からない。それと同じにきょうも。今も。この電話を切ったあとにも。
 油断は命取り。
 葉月は心から言った。
 「全員、無事でいられるように」



 朝方、七時の全国ニュースの気象情報で、男性予報士がにこやかに解説していた。
 「あすから週末にかけ、南の海上にある台風の影響で湿った空気が日本列島に流れこみ、この台風による直接的な影響はないものの、局地的に雷雨になる可能性があります。特に山沿いは急に天気が崩れる場合がありますので気をつけてください。……」
 あしたは折りたたみを持っていったほうがいいかもしれない。念のため。
 起きてそれを見ていた風荷は、リビングの窓から外を見つめて思った。
 空は晴れており、明るかった。
 さて、きょうをどう動く? 風荷は頭を使う。
 あす、金曜をうまく抜け出すためにきょうを考える。何をして過ごすか――……。
 朝食の支度をしている母親をいちべつする。それから、ついさっきスマートフォンへ届いたメッセージを見た。

 『何かあったら電話して。絶対』

 光四郎から。
 風荷はふいに思う。
 何もなかったら、電話しちゃいけないのかな……。
 慌てて打ち消した。なかったことにして、戸惑って、また窓外を見つめた。
 眼鏡越しのその目に、光がともっていた。
 以前にはなかった光。
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