第7話

文字数 1,686文字

 寒い。
 うなされながら自分のベッドに寝ていた少年は、激しい寒さを覚え閉じていた目をあけた。
 数日のあいだ原因不明の高熱に苦しんでいた。熱の出た初日に小児科へ連れられていくと、よくある季節性の風邪ということで内服薬を処方されたが、服用しても効いているのか効いていないのか分からない。熱は上がっては下がり、下がってはまた上昇していた。深刻なウイルス性かもしれないと不安になった両親は、明朝また息子を病院へ連れていくつもりになっていた。普段の風邪とは質がちがっていた。眠るたびその質と程度がひどくなっていくように感じるのは、悪夢ばかり見るせいだった。
 世間ではいわゆるうら盆を迎えようとしており、家族で長期旅行をしたり実家に帰省したりといろいろなイベントが控えているときだった。少年も家族で避暑地へ行く予定だった。だが予想外に少年がこんな状態で、それが実現するかどうか今は怪しかった。寝ついて以来、少年は学校その他の友人や知り合いとも連絡を取っていなかった。
 けれどもきのう、親しい友人のひとりからスマートフォンにメッセージが来た。ごく短いもので、ただ簡単に「あの動画、消したから」と書かれてあった。熱と悪寒に苦しかったから、読んでも返信する気力はなかった。それにあの動画は少年が投稿したわけではなく、少年はその友人のスマートフォンを借りて撮影をしたにすぎない。撮影役もその友人に頼まれて引き受けたにすぎない。とはいえこちらに何の相談も知らせもなく勝手に削除されたことは少しショックだったが、もうどうでもよかった。
 熱にうなされているあいだに見る悪夢の内容は、少年は目をさますたびにその大半を忘れていた。しかしそれがとてつもなく恐ろしい内容であることは覚えていた。少年は逃げようともがき、しかし力が入らず、とうとう「それ」に絡め取られそうになった瞬間に覚醒する。だから「それ」がいったい何なのか、何が自分をあれほどしつこく追いかけてくるのか、少年には分かっていない。
 ベッドに仰向き、荒く呼吸をしていた。薄目をあけていた。保冷剤を包んだタオルはひたいで熱くなっていた。
 窓外が暗いので、今は夜のようだった。少年は耳をすませたがうちのなかは静まり返り、まるで自分ひとりが留守をあずかっているようだった。時間を知りたかったが、そうする体力がない。
 すると部屋のドアがあいた。廊下の電灯が細い光線となって室内へ差しこんでいるのを少年は横目にうっすらとらえたが、だれが入ってきたのか分からない。少年は目を閉じ、話しかけられるのを予想したが、それはどうやら音もなく少年のベッドへ近づいてくる。飼っている犬の小さな姿を少年は閉じたまぶたに浮かべる。
 少年はもぞもぞと身じろぎし、顔だけ向けて言いかけた。
 「何……?」
 「チョーカーを知らない?」
 そう聞いた次の瞬間だった。少年をすさまじい熱が襲った。先ほどまでの激しい寒さ、悪寒とはうって変わって、燃えさかる大火に身体ごと突如放りこまれたような焼けつく痛み。
 少年はうめいた。必死にベッドを逃げようともがくが力が入らない。手足をばたつかせるが上体を起こせない。
 熱い。熱い、熱い、熱い……うめき続ける少年は目をあいた。その暗い視界にそのとき、血走った両眼をみひらいた女の顔が映った。そしてぬるりとした何かが首に触れた。それは蛇のように少年の首に巻きついていく。首から胸、胸から腹部へと徐々に絞めつけられていく。焼かれるような熱。
 少年は叫んだ。一刻も早く「それ」からのがれようと首もとへ手をやり、ぎゃあぎゃあ叫び続けたが、その声は徐々にかすれ小さくなり、やがて途絶えた。わずか数分にも満たない、夢より短い出来事だった。
 だらりと腕を垂らした少年の首には、保冷材の落ちたタオルがぎっちり食いこんでいた。
 室内は暗いままだった。実際そこには、はじめから最後までひと筋の光も入ってきてなどいなかった。階下にいた少年――撮影者の少年――彼の家族は、彼の立てた静かな物音とそれの生んだ悲劇的な結果に、小一時間ほどあとになるまでだれも気づけなかった。
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