第2話

文字数 1,102文字

【異変】

 午後の診察時間の開始とともに呼ばれた最初の名を待合室で聞き、母親に連れられた少年が診察室へ入ってきた。
 白衣を着た内科医の男はかけた椅子から対面の少年を見やり、優しい笑顔で尋ねた。
 「きょうはどうしたの」
 少年の頬はまさしく病人のように青白く、血のかよいが感じられない。彼は通学している小学校の最上級生だったが、その歳のわりには、そして日ごろの彼の生活態度にしてはめずらしく、彼は医師の問いには答えず椅子に座った自身の足先をぼんやり眺めている。医師や母親からは見えなかったが、そのまなざしはうつろだった。
 「数日前からこうなんです」
 少年が黙っているので母親が答えた。
 「熱はないんですけど……」
 少年の肩越しに母親を見上げ、医師が尋ねる。
 「咳や鼻水は」
 「いいえ」
 「食欲はどうですか」
 「あまりないみたいです。本人は『なんでもない』って言うんですけど、とにかく元気がないのが心配で。いつもは全然こうじゃないのに、何を訊いてもろくに答えてくれなくて。朝も起きられません。昼過ぎまで起きてこないなんて休み中でもはじめてです。夜が遅いのは毎日ですが」
 「ほかに普段と変わったところはありますか」
 「なんと言うか、すごくだるいみたいです。きのう友達と約束していた予定も行けなくて。ただの夏バテかなと思ったんですが、ちょっとようすがひどいので」
 「分かりました。この暑さですからねえ。気づかないうちに疲れが溜まってるのかな?」
 医師は形式どおりの診察をし、そのあいだ少年へ話しかけいくつか質問をしたが、返事らしい返事はなかった。
 診察の結果、母親の言う少年の症状は夏風邪に似ているが、目視で確認できる異常はみとめられなかった。外的なものではなく内的な、つまり精神面の乱れが起因しているかもしれないと医師は思った。
 「ひとまずようすを見ましょうか」
 とはいえ安易に心療科をすすめることはせず、医師は母親へ言った。椅子を回し、数日前にめくられたばかりのカレンダーを見た。八月初週。今回は処方はないが、盆に入る前に再度来院をするよう医師は母親にうながした。そして診察を切り上げようとしたとき、はじめて少年が口を利いた。
 「夢を見るんです」
 少しおどろいた医師が訊き返した。
 「ん? 夢?」
 「はい」
 少年はつい数日前に行ったライブ配信の動画を編集し直し、ネットに投稿していた。あとから付けられたその動画のタイトルは、『肝試しのはずが途中からパーティーに……!?』だった。
 「どんな夢を見るの?」
 医師が尋ねた。
 しばしの間のあと、うつむいた投稿者の少年は言った。
 「分からない。怖い夢。すごく怖い――夢」
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