5.姉弟(1/5)
文字数 2,065文字
「う……」
小さな呻き声。
宿のベッドでデュナが目を覚ましたのは、とっくに日も暮れた頃だった。
四人分の食事を支度していた手を止めて、ベッドに駆け寄る。
「デュナ! 大丈夫!?」
「……うう……う……」
地を這う様な低い呻き声とともに、ぎしりと体を軋ませながら、デュナが半身を起こす。
強打していた左肩や、擦り切れていた足など、目に付いたところはなるべく治癒しておいたのだが……。
「どこか痛いところある?」
「ありがと……大丈夫よ」
デュナが眼鏡を探しながら答える。
枕元を探る手に、小さくヒビの入った眼鏡を手渡すと、デュナはそれを掛けながら呟くように尋ねた。
「……ラズ一人なのね?」
部屋には、デュナの他に私しか居なかった。
スカイとフォルテが居ないだけで、そう広くないはずの部屋にとてつもない虚無感を感じる。
「うん……」
頷いた途端に涙が溢れそうになる。
それをぐっと堪えた私の頭に、ポンとデュナの手が乗せられる。
その僅かな衝撃で、堪えた涙はあっけなく零れ落ちてしまった。
「そう……こんな時間になっても、スカイすら戻ってこないのね……」
顔を上げると、デュナはどこか遠くを見つめていた。
そのラベンダー色の瞳が一瞬だけ揺れて、眼鏡の向こうに隠れてしまう。
「あ、これ、盗賊ギルドの人が、デュナが起きたら飲ませてあげてって」
言いながら、精神回復剤の中瓶を手渡す。
「盗賊にも気が利く人がいるのね」と意外そうに呟くと、デュナはそれを一気に飲み干した。
「あのローブの男はどうなったの?」
空き瓶をベッドサイドに置こうとするデュナから、それを受け取って答える。
「それが……わからなくて……。私が顔を上げたときにはもう居なかったから……」
「なるほどね。あの男が残ってるとなると、スカイ一人じゃ厳しいわ……」
厳しい表情でそう呟いてから、はた。とこちらを振り返るデュナ。
「宿へは、どうやって戻ったの?」
そこで、これまでの事をかいつまんで説明する。
あの後、盗賊ギルドに保護された私達だが、デュナがその……私のせいでびしょ濡れになっていて、このままでは風邪を引きそうだったので、ロイドさん……ええと、
「ロイドベルクさんって言う、ギルドの管理責任者で、真面目な感じの男の人なんだけど、その人がここまで運んで来てくれたの」
「ふーん」
この国では、生まれた子供に五~六音ほどの長い名前を付けるのが普通だった。
そのため、ある程度親しくなると自然と略称を呼ぶ。
依頼人などの場合、そこまで仲良くなる事もないので長い名前を呼び続けることが多いのだが、ロイドさんは自らをロイドだと名乗ってくれた。
胸に光るギルドバッジに「ロイドベルク・カーシュダイン」と書かれていたので、それが略称だと分かったのだが、略称を名乗ってくれたという事は、気軽にその名で呼んでいいという事だった。
スカイの事も、ギルドの皆さんは略で呼んでいるようだったので、私も自分の名前をラズだと名乗っておいた。
もっとも、今までも依頼人には、気軽に呼べるようにと皆略称を名乗っていたので、いつもの事といえばそれまでだったが。
「精神回復剤をくれたのもその人なんだよ」と付け足すと
「今度お礼を言っておくわ」と返事が返ってきた。
「で、そのギルドに捕まった覆面男達は今どうしてるの?」
「うん……。ギルドの人達が、アジトの場所を吐かせるって言ってた」
「じゃあ、私達もすぐ行きましょう」
「今から!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
だってもう、外は真っ暗で、私もデュナも今日はくたくたのはずだった。
「スカイが危ないわ」
デュナのその言葉には、どこか切羽詰ったような響きがあった。
「で、でも、ギルドの人達の話だと、あの盗賊団……じゃなくて窃盗団は、人殺しはひとつもやってないって言ってたよ」
盗賊ギルドの人達は、彼らを盗賊団とは呼ばなかった。
窃盗団が……と近くで会話が繰り返されるのを聞きながら、そう呼ぶのが、盗賊ギルドの人達へのせめてもの敬意かも知れないと思った。
……盗賊という言葉に、彼らはプライドを持っているようだったので。
「だから、スカイも死んだりする事はないだろうって言ってたけど……」
そこまで言って、デュナの表情がとても険しい事に気付く。
眼鏡の向こうに見えるデュナの目は、じっと宙を睨みつけていた。
「……それは希望的観測だわ」
ぽつりと言い返された言葉に、怒気は篭っていなかった。
むしろ、私を追い詰めないように、言葉を選んでくれたような配慮すら感じられた。
「以前、スカイが攫われた時は、こちらに切り札となる石があったでしょう。
取引の材料として使えたから、スカイは無事だったのよ」
淡々と説明をするデュナが、小さく息を飲む。
「……今回は違うわ」
囁くようなその声に、急激に蘇ってきた不安が胸を締め付ける。
「フォルテは……傷が付かないよう扱われていたところを見ても、身体は無事でしょうけれど……」
身体は。という言葉が嫌に耳に残る。
じゃあ……心は……?
「相手にとって、スカイを生かしておく必要はないでしょうね」
デュナはそこまで言うと、静かに立ち上がった。
小さな呻き声。
宿のベッドでデュナが目を覚ましたのは、とっくに日も暮れた頃だった。
四人分の食事を支度していた手を止めて、ベッドに駆け寄る。
「デュナ! 大丈夫!?」
「……うう……う……」
地を這う様な低い呻き声とともに、ぎしりと体を軋ませながら、デュナが半身を起こす。
強打していた左肩や、擦り切れていた足など、目に付いたところはなるべく治癒しておいたのだが……。
「どこか痛いところある?」
「ありがと……大丈夫よ」
デュナが眼鏡を探しながら答える。
枕元を探る手に、小さくヒビの入った眼鏡を手渡すと、デュナはそれを掛けながら呟くように尋ねた。
「……ラズ一人なのね?」
部屋には、デュナの他に私しか居なかった。
スカイとフォルテが居ないだけで、そう広くないはずの部屋にとてつもない虚無感を感じる。
「うん……」
頷いた途端に涙が溢れそうになる。
それをぐっと堪えた私の頭に、ポンとデュナの手が乗せられる。
その僅かな衝撃で、堪えた涙はあっけなく零れ落ちてしまった。
「そう……こんな時間になっても、スカイすら戻ってこないのね……」
顔を上げると、デュナはどこか遠くを見つめていた。
そのラベンダー色の瞳が一瞬だけ揺れて、眼鏡の向こうに隠れてしまう。
「あ、これ、盗賊ギルドの人が、デュナが起きたら飲ませてあげてって」
言いながら、精神回復剤の中瓶を手渡す。
「盗賊にも気が利く人がいるのね」と意外そうに呟くと、デュナはそれを一気に飲み干した。
「あのローブの男はどうなったの?」
空き瓶をベッドサイドに置こうとするデュナから、それを受け取って答える。
「それが……わからなくて……。私が顔を上げたときにはもう居なかったから……」
「なるほどね。あの男が残ってるとなると、スカイ一人じゃ厳しいわ……」
厳しい表情でそう呟いてから、はた。とこちらを振り返るデュナ。
「宿へは、どうやって戻ったの?」
そこで、これまでの事をかいつまんで説明する。
あの後、盗賊ギルドに保護された私達だが、デュナがその……私のせいでびしょ濡れになっていて、このままでは風邪を引きそうだったので、ロイドさん……ええと、
「ロイドベルクさんって言う、ギルドの管理責任者で、真面目な感じの男の人なんだけど、その人がここまで運んで来てくれたの」
「ふーん」
この国では、生まれた子供に五~六音ほどの長い名前を付けるのが普通だった。
そのため、ある程度親しくなると自然と略称を呼ぶ。
依頼人などの場合、そこまで仲良くなる事もないので長い名前を呼び続けることが多いのだが、ロイドさんは自らをロイドだと名乗ってくれた。
胸に光るギルドバッジに「ロイドベルク・カーシュダイン」と書かれていたので、それが略称だと分かったのだが、略称を名乗ってくれたという事は、気軽にその名で呼んでいいという事だった。
スカイの事も、ギルドの皆さんは略で呼んでいるようだったので、私も自分の名前をラズだと名乗っておいた。
もっとも、今までも依頼人には、気軽に呼べるようにと皆略称を名乗っていたので、いつもの事といえばそれまでだったが。
「精神回復剤をくれたのもその人なんだよ」と付け足すと
「今度お礼を言っておくわ」と返事が返ってきた。
「で、そのギルドに捕まった覆面男達は今どうしてるの?」
「うん……。ギルドの人達が、アジトの場所を吐かせるって言ってた」
「じゃあ、私達もすぐ行きましょう」
「今から!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
だってもう、外は真っ暗で、私もデュナも今日はくたくたのはずだった。
「スカイが危ないわ」
デュナのその言葉には、どこか切羽詰ったような響きがあった。
「で、でも、ギルドの人達の話だと、あの盗賊団……じゃなくて窃盗団は、人殺しはひとつもやってないって言ってたよ」
盗賊ギルドの人達は、彼らを盗賊団とは呼ばなかった。
窃盗団が……と近くで会話が繰り返されるのを聞きながら、そう呼ぶのが、盗賊ギルドの人達へのせめてもの敬意かも知れないと思った。
……盗賊という言葉に、彼らはプライドを持っているようだったので。
「だから、スカイも死んだりする事はないだろうって言ってたけど……」
そこまで言って、デュナの表情がとても険しい事に気付く。
眼鏡の向こうに見えるデュナの目は、じっと宙を睨みつけていた。
「……それは希望的観測だわ」
ぽつりと言い返された言葉に、怒気は篭っていなかった。
むしろ、私を追い詰めないように、言葉を選んでくれたような配慮すら感じられた。
「以前、スカイが攫われた時は、こちらに切り札となる石があったでしょう。
取引の材料として使えたから、スカイは無事だったのよ」
淡々と説明をするデュナが、小さく息を飲む。
「……今回は違うわ」
囁くようなその声に、急激に蘇ってきた不安が胸を締め付ける。
「フォルテは……傷が付かないよう扱われていたところを見ても、身体は無事でしょうけれど……」
身体は。という言葉が嫌に耳に残る。
じゃあ……心は……?
「相手にとって、スカイを生かしておく必要はないでしょうね」
デュナはそこまで言うと、静かに立ち上がった。