3.再会(1/3)

文字数 2,078文字

「ここね」

デュナが立ち止まったのは、小さな小さな剣術道場の前だった。
古びた建物に、不釣合いなほど大きく掲げられた看板。
「すみませーん」
相変わらず物怖じしないデュナが、遠慮なくその扉を叩く。
しかし、反応はまったく返ってこなかった。
まだ午前中だというのに、周囲は気味が悪いほどに静まり返っている。
「誰も居ないのかしら……」と呟いて、ほんの数秒デュナが動きを止める。
どうしたのかと問おうとした途端、デュナの右肩に、小さな風の精霊が浅緑色の髪を揺らしながら姿を現す。
その子が、デュナの指示に従って、肩口から指先へ滑るように移動すると、スイッと扉を通り抜けて建物の中へと入って行った。

そういえば、昨日もどこかで、こんな風に働く精霊の姿を見た気が……。

一、二、三秒程だろうか。
フッと扉の向こうから戻ってきた先ほどの精霊が、デュナの指先に軽く触れると、精神を少し齧って向こうの世界へと姿を消す。
じっと目を閉じていたデュナが、眼鏡の奥の瞳をゆっくり開くと、がくりとうなだれた。
「ダメだわ。留守みたいね……」
どうやら、デュナの財布は、昨日のお買い物で相当軽くなっているようだ。
私も、少なからず今日の収入を期待していただけにガッカリはしたものの、デュナの凹みっぷりを見ていると、自分の事はあまり気にならなくなってきた。
「お留守なの? お部屋に帰るの?」
今まで黙って私達を見守っていたフォルテが、疑問を口にする。
「そうね。出直しましょうか……」
しょんぼりとデュナがその背を扉に向けた時、道場の窓が小さく開いた。
「お客さんかい?」
バッと、信じられないものを見るような目で振り返るデュナ。
それはそうだろう。
なんせ今、精霊に人が居るかどうかを調べさせたところなのだから。
デュナの表情が、声の主を視界に入れた途端、嬉しさの入り混じった驚きの顔へと変わる。
「レクト!? 久しぶりじゃない!」
「やあ、デュナか。懐かしいな」
淡く、どこか儚げな印象を受ける笑顔で、レクトさんは昔のように微笑んだ。
「リディアは元気? あなた達、ランタナに住んでるの?」
五年ぶりの再会に喜びを露わにするデュナとは対照的に、レクトさんはその笑顔にうっすらと影を落とした。

「リディアは死んだよ」


「………………え?」


まるで凍りついたかのように、デュナがピタリと動きを止める。
「立ち話も何だな……。よければ寄って行ってくれ。時間はあるかい?」
先程と変わらない調子で優しく話しかけてくるレクトさんに、デュナはゆっくりと頷いた。
「ええ……」
その慎重な姿は、込み上げてくる疑問をひとまず飲み込もうと必死なようにも見える。

そっか……リディアさん、亡くなっていたんだ……。

つい数日前に、生きていたのだと聞かされたばかりだった……のに……な。

不意にキュッと手を握られて、見下ろすと、フォルテが心配そうにこちらを見上げていた。
うるんだラズベリー色の瞳を見つめながら、もう片方の手でそのふわふわのプラチナブロンドを撫でる。
「大丈夫だよ」
なるべく、ぎこちなくならないようにそう伝える。
まだ心配そうにしているフォルテの手を、そうっと握り直して、私達はレクトさんの開けてくれた扉をくぐり、剣道場へと足を踏み入れた。
「その辺に座っていてくれるかい? お茶を入れてくるよ」
道場のすぐ脇にある、机と椅子だけが置かれた部屋に通される。
窓越しに、そう広くない石造りの道場がよく見えた。
スカイの話だと、リディアさん子供が居たんだよね……?
子供はどうなったのかな。
それとも、子供が生まれる前に亡くなってしまったんだろうか……。
そんなことを考えていると、デュナが机の上に一冊の本を取り出す。
「それは……?」
「依頼された届け物の本よ」
デュナの簡潔な説明に「そっか」と返事を返す。
お届け相手はレクトさんなのだろうか。
デュナはこの道場に届けるよう言われたと言っていたが……。

デュナもやはり、私と同じように何かしらを考え込んでいるようだった。
やたらと分厚いその本の背には『魂の起源~始まりの記憶~』と横文字で書かれている。

始まりの記憶……?
私の、一番最初の記憶って何だろう……。

……辺り一面、真っ白な雪景色。
空も白くて、息も白くて、私は大きな犬の背中に乗せられて、沢山毛布が掛けられていて
ちっとも寒くはなくて、父も母も楽しそうに笑い合っていて……。

うん。きっとこの記憶が私の中で一番古いものだろう。
ふと隣を見れば、フォルテも同じようにその背表紙を見つめていた。
「フォルテの、最初の記憶ってどんなの?」
フォルテの記憶が戻ってから、時々フォルテは住んでいた場所や両親の事などをぽつぽつと話してくれていた。
それでも、こちらから聞くのはこれが初めてだった。
「えーとね……お花を見てた……。黄色いお花を、お父さんとお母さんと、お兄ちゃんと、皆で一緒に」
え?
「フォルテ、お兄ちゃんがいたんだ?」
「うん。いた、よ」
過去形で返事をして
ニコッと笑ってみせたフォルテの顔に、さっきのレクトさんの表情が重なって見える。
ちら、とデュナを見ると、彼女はまだじっと机の上に置いた本を注視していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

愛称 : ラズ
名前 : ラズエル・リア
年齢 : 18歳
職業 : 魔法使い(マジシャン)
一応主人公

性格はとにかく地味
少し心配性
にもかかわらず、変なところでアバウト

考えにふけると周りが見えなくなるタイプで
傍目にぼんやりとしていることが多い

幼い頃から親の冒険を見てきたため、誰より旅慣れている
基礎的な生活知識があり、家事も一通りこなす

愛称 : フォルテ
名前 : フォーテュネイティ・トリフォリウム
年齢 : 12歳
職業 : 無し
ストーリー進行上のキーキャラクター

記憶を失い、森で1人泣いているところをラズ達に拾われる

極度の人見知りだが、ラズにはべったり懐いており、また、ラズにも妹のように可愛がられている

ポーチにいつもお菓子を持ち歩き、親切にするとお裾分けしてくれる
甘い物が大好き

愛称 : スカイ
名前 : スカイサーズ・シルーサー
年齢 : 19歳
職業 : 盗賊(シーフ)
清く正しい熱血漢で、女性や子供にはとことん優しい

単純な性格ではあるが、意外と頭は良く、手先も器用
家事では裁縫担当

頭に巻いているクジラのバンダナは、本人のお手製

盗賊のわりに目立つ青い髪と緑のシャツが目を惹く
足を紐でぐるぐる巻きにしているのは、タイツを履くのが恥ずかしいから

愛称 : デュナ
名前 : デューナリア・シルーサー
年齢 : 22歳
職業 : 魔術師(セージ)

PT(パーティー)の頭脳担当
むしろ会計も指揮も戦闘も全部担当

一見、冷静沈着そうに見えるものの、その沸点は弟とあまり変わらない

弟を実験台に、日々怪しげなアイテムの合成に勤しむ

どんな場所でも、必要とあらば、怪しく眼鏡を輝かせることが出来るのが特徴

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み