7.浮かぶ海(1/3)
文字数 1,845文字
「おーい」
微かに聞こえた、馴染みのある声。
丘の後ろを見下ろすと、急な坂を元気に駆け上ってくる黒いクジラのバンダナと、その後ろからフローラさんと一緒に登ってくる真っ白な白衣が目に入った。
「スカイとデュナだ!」
私の隣でフォルテが声を上げる。
小さな手の平をぶんぶん振り回して、フォルテがスカイ達へ手を振ると、スカイも、フォルテの倍はありそうな手を振って人懐っこい笑顔を見せる。
その向こうでは、挨拶代わりかデュナがキラリと眼鏡を光らせていた。
「おかえりなさい!!」
やっと頂上に着いたスカイに、フォルテがぴょこんと飛びつく。
「ただいま。フォルテ、元気になったんだな」
スカイが、嬉しそうに目を細めてフォルテの頭をポンポンと撫でる。
「うんっ。えっと、心配かけてごめんなさい」
「おう、気にすんな」
まるで子供同士のように、無邪気な笑顔でニコニコと向かい合う二人。
その間を割ってデュナが登頂した。
「ああもう、この坂無駄に急なのよ……」
この村に戻ってくるまでも相当歩き通しだっただろうに、その上戻って早々山登りでは、デュナでなくとも文句を言いたくなるだろう。
何しろ、その靴だ。
相変わらず、デュナの靴はハイヒールな黒のエナメル靴だった。
「二人とも、おかえり」
私の声に、青い髪をした姉弟はふんわり微笑むと「ただいま」と声をハモらせた。
「今日はここでお昼なんですって?」
デュナがシートの中央に陣取って、足を伸ばしながら問う。
「うん、五人分のサンドイッチ作ってきたよ」
横からフォルテも「私もいっぱいお手伝いしたー」と働きぶりをアピールしている。
確かに、今日のフォルテの活躍なくしては、今、五人分のサンドイッチは用意できなかっただろう。
「俺達の分もあるのか、準備いいな」
スカイが私の開いて見せたバスケットを覗き込んで言う。
「フローラさんが、2人なら絶対今日帰って来るって……」
苦笑しながら話すと、フローラさんが
「言ったとおりだったでしょう?」
と勝ち誇ったように胸を張った。
ひとしきり雑談が終わった頃には、太陽は真上まで昇っていた。
「じゃあそろそろお昼にしようか」
と、バスケットに手を伸ばしかけたとき、スカイがポツリと呟いた。
「今日は、ホント雲ひとつない空だな……」
抜けるように青い空には、見渡せる視界の隅から隅まで淀みない青だった。
「うーん……本当は、フォルテに浮海を見せたかったんだけどね」
口にしてしまうと、途端に残念な気持ちで胸がいっぱいになる。
ああ、そうだ、皆に海水浴の提案をしようと思ってたんだっけ。
遥か遠くに見える海は、真上から照りつける日を浴びて一層キラキラと光を放っていた。
「……見えるかもしれないぞ、浮海」
スカイが、海の方向をじっと見つめながら言う。
「え?」
「えっと、浮海ってなぁに?」
きょろきょろと皆の顔を覗き込むフォルテの疑問に、デュナが「浮海って言うのはね……」と説明を始める。
原理のよく分かっていない私と、同じく分かっていなかったらしいフローラさんも説明を聞きに集まる。
それでは、と皆を見回して口を開いたデュナの言葉を遮って、スカイが声を上げた。
「始まるぞ!」
「まあ、実際見る方が早いわね。あっという間だから、目を離さないようにね」
デュナの指す方向は、海のある方角だった。
太陽の光をいっぱい集めた水面は、遠目からでも眩しいほどに輝いている。
今にも溢れそうなほどに海を埋め尽くしている光の奔流は、なんだか少し異様にも思えた。
その光の雫が、ぽつり、ぽつりと海面を離れて空へと吸い寄せられるように浮かび上がる。
「わぁ……」
幻想的な光景にフォルテが声を漏らした途端、海面の光が一斉に波打ちながら空へと噴き上がる。
遠いこの場所へも、その波音が聞こえそうなほどの勢いで、見える範囲全ての海面から、光の波が大きくうねりながら空へと渦を巻く。
ほんの、一瞬の事だった。
確かに、瞬きでもしていたら見逃してしまったかもしれない。
「あら? まあまあ。浮海が出来てるわ~」
「……母さん、ちゃんと見てた……?」
「え、ええ、まあ、ちょっと……その目が痒くて……」
こすっていたら見逃してしまった。というところか。
空に広がった大波の余波か、ふんわりと、風に乗って潮の香りが微かに届いた気がした。
光の渦は、まだゆっくりと空中で渦を巻きながら、それでも徐々に落ち着いた波に変わろうとしている。
白とも黄色ともつかなかった光が、少しずつ空の青色に溶けてゆく。
一方の海面も、射し込む日差しを受けて、またキラキラとした輝きを取り戻しつつあった。
微かに聞こえた、馴染みのある声。
丘の後ろを見下ろすと、急な坂を元気に駆け上ってくる黒いクジラのバンダナと、その後ろからフローラさんと一緒に登ってくる真っ白な白衣が目に入った。
「スカイとデュナだ!」
私の隣でフォルテが声を上げる。
小さな手の平をぶんぶん振り回して、フォルテがスカイ達へ手を振ると、スカイも、フォルテの倍はありそうな手を振って人懐っこい笑顔を見せる。
その向こうでは、挨拶代わりかデュナがキラリと眼鏡を光らせていた。
「おかえりなさい!!」
やっと頂上に着いたスカイに、フォルテがぴょこんと飛びつく。
「ただいま。フォルテ、元気になったんだな」
スカイが、嬉しそうに目を細めてフォルテの頭をポンポンと撫でる。
「うんっ。えっと、心配かけてごめんなさい」
「おう、気にすんな」
まるで子供同士のように、無邪気な笑顔でニコニコと向かい合う二人。
その間を割ってデュナが登頂した。
「ああもう、この坂無駄に急なのよ……」
この村に戻ってくるまでも相当歩き通しだっただろうに、その上戻って早々山登りでは、デュナでなくとも文句を言いたくなるだろう。
何しろ、その靴だ。
相変わらず、デュナの靴はハイヒールな黒のエナメル靴だった。
「二人とも、おかえり」
私の声に、青い髪をした姉弟はふんわり微笑むと「ただいま」と声をハモらせた。
「今日はここでお昼なんですって?」
デュナがシートの中央に陣取って、足を伸ばしながら問う。
「うん、五人分のサンドイッチ作ってきたよ」
横からフォルテも「私もいっぱいお手伝いしたー」と働きぶりをアピールしている。
確かに、今日のフォルテの活躍なくしては、今、五人分のサンドイッチは用意できなかっただろう。
「俺達の分もあるのか、準備いいな」
スカイが私の開いて見せたバスケットを覗き込んで言う。
「フローラさんが、2人なら絶対今日帰って来るって……」
苦笑しながら話すと、フローラさんが
「言ったとおりだったでしょう?」
と勝ち誇ったように胸を張った。
ひとしきり雑談が終わった頃には、太陽は真上まで昇っていた。
「じゃあそろそろお昼にしようか」
と、バスケットに手を伸ばしかけたとき、スカイがポツリと呟いた。
「今日は、ホント雲ひとつない空だな……」
抜けるように青い空には、見渡せる視界の隅から隅まで淀みない青だった。
「うーん……本当は、フォルテに浮海を見せたかったんだけどね」
口にしてしまうと、途端に残念な気持ちで胸がいっぱいになる。
ああ、そうだ、皆に海水浴の提案をしようと思ってたんだっけ。
遥か遠くに見える海は、真上から照りつける日を浴びて一層キラキラと光を放っていた。
「……見えるかもしれないぞ、浮海」
スカイが、海の方向をじっと見つめながら言う。
「え?」
「えっと、浮海ってなぁに?」
きょろきょろと皆の顔を覗き込むフォルテの疑問に、デュナが「浮海って言うのはね……」と説明を始める。
原理のよく分かっていない私と、同じく分かっていなかったらしいフローラさんも説明を聞きに集まる。
それでは、と皆を見回して口を開いたデュナの言葉を遮って、スカイが声を上げた。
「始まるぞ!」
「まあ、実際見る方が早いわね。あっという間だから、目を離さないようにね」
デュナの指す方向は、海のある方角だった。
太陽の光をいっぱい集めた水面は、遠目からでも眩しいほどに輝いている。
今にも溢れそうなほどに海を埋め尽くしている光の奔流は、なんだか少し異様にも思えた。
その光の雫が、ぽつり、ぽつりと海面を離れて空へと吸い寄せられるように浮かび上がる。
「わぁ……」
幻想的な光景にフォルテが声を漏らした途端、海面の光が一斉に波打ちながら空へと噴き上がる。
遠いこの場所へも、その波音が聞こえそうなほどの勢いで、見える範囲全ての海面から、光の波が大きくうねりながら空へと渦を巻く。
ほんの、一瞬の事だった。
確かに、瞬きでもしていたら見逃してしまったかもしれない。
「あら? まあまあ。浮海が出来てるわ~」
「……母さん、ちゃんと見てた……?」
「え、ええ、まあ、ちょっと……その目が痒くて……」
こすっていたら見逃してしまった。というところか。
空に広がった大波の余波か、ふんわりと、風に乗って潮の香りが微かに届いた気がした。
光の渦は、まだゆっくりと空中で渦を巻きながら、それでも徐々に落ち着いた波に変わろうとしている。
白とも黄色ともつかなかった光が、少しずつ空の青色に溶けてゆく。
一方の海面も、射し込む日差しを受けて、またキラキラとした輝きを取り戻しつつあった。