5.赤い罠(5/7)
文字数 1,610文字
この壁のような腕を、思いきり振られたら。
私達は三人とも吹き飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられて終わるだろう。
背筋を冷たい汗が伝う。
物言わぬ人形達がうごめくホールは、驚くほどに静かだった。
以前にも、こんな風に死に直面したことがある。
あの時は、母が小さな私の体を強く抱いていて、精霊達が母の命を見る間に奪っていて……。
『やめて! お母さんの命を食べないで!! 私の心をあげるから!!』
幼い私の叫び声。あちこちを赤く染めたまま、必死で駆け寄る父。
父の涙を見たのはあの日が初めてだった。
「分かったわ。 赤い石はあなた達に渡す。この腕をどけてちょうだい」
デュナの吐き捨てるような台詞に、私の意識はちょっとした走馬灯から引き戻される。
いけないいけない。
今は目の前の事に集中しないと。
左手で握り締める小さな手。
これが、今、私が守らないといけないものだ。
「やっと力の差が理解できたようね」
姿こそ見えないが、余裕に満ちた声がそれに答える。
「……理解できてないのはあんた達よ」
小さな呟きが、デュナから漏れた。
きっと彼女達には聞こえていないだろう。
その言葉の意味は、私にも理解できなかったが。
金髪の彼女が人形に指示を出すと、
目前にあった巨大な手の平は地響きと共に引っ込められた。
デュナが、まだ光を発している赤い石を白衣の内側から取り出すと、犯人グループに向けて放り投げた。
慌てて石に飛びつく犯人達。
「ちょっと! 何て乱暴なことしてくれるのよ!! 石が割れたらどうするつもり!?」
石を拾ってこけた彼女が、ロングスカートの膝についた土をバタバタと叩き落としながら怒鳴った。
「そのくらいで割れるような石なら、とっくにクーウィリーさんが叩き割ってるわよ」
デュナがしれっと答える。
両手で石を握ったまま、首をかしげる彼女の目の前に、突如、巨大な腕が振り下ろされた。
彼女達に直撃するような位置ではなかったが、
もしかしたら何人か吹き飛ばされたかもしれない。
「……やっぱりね」
呟くデュナに、腕が振り下ろされた辺り、土煙の中から浅緑色の風の精霊が嬉しそうに飛びついてくる。
その3人の精霊がデュナの精神をいただいて消えていったということは……。
「すぐにそのデカイのを解体しなさい!! 狙われてるのはあんた達よ!!」
鋭く叫ぶデュナ。
土煙の向こうから見えてきた金髪の彼女は、ぽかんと口を開けていた。
と、巨大人形が、もう片方の腕を振り下ろす。
金髪の、彼女の頭上目掛けて。
「実行!」
デュナの声に従い、風の精霊達が揃ってその腕を奥へと押しやる。
腕は、彼女達のその向こう、壁にめり込む形で落ちた。
つまり、先ほども、デュナは彼女達を助けていたと言う事か。
「ほら早く!!」
デュナの刺すような声に、ハッと我に返った彼女がみるみる青ざめてゆく。
「なん……で……。暴走……?」
床にめり込んでいた2本の腕が、音を立てて持ち上がる。
「チッ」
デュナの舌打ちと共に、私達の周りの障壁が解除される。
そこでやっと、今まで張り続けられていた事実に驚く。
「以上の構成を実行!」
犯人達の前後に置かれていた腕が、彼女達を挟もうと動き出す。
その両腕をデュナの放つ水流が砕いた。
体から切り離される形になった両腕が、水と共に床に落下する。
「ひ……」
誰のか分からない、小さな悲鳴が聞こえた。
彼女達は目の前の事実に完全に震え上がっていた。
……今の今まであなた達のせいで、私達もそんな目に遭ってたんですが……。
「早く解体しなさい!」
デュナが怒気を含んだ声を上げる。その額を、顎を、流れ出る汗が伝っていた。
「ごめん、開けて」
ぽい、とデュナから渡されたのは三本目の精神回復剤だった。
本人は次の攻撃に備えて、また風の精霊を呼び出している。
デュナが三本、私が二本の回復剤を持ってきたわけで、デュナはこれが最後の一本になる。
「はい」
手早く蓋を開け、こぼれないようにそっと渡す。
デュナはそれを一気に飲みほすと、空き瓶を床に落とした。
私達は三人とも吹き飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられて終わるだろう。
背筋を冷たい汗が伝う。
物言わぬ人形達がうごめくホールは、驚くほどに静かだった。
以前にも、こんな風に死に直面したことがある。
あの時は、母が小さな私の体を強く抱いていて、精霊達が母の命を見る間に奪っていて……。
『やめて! お母さんの命を食べないで!! 私の心をあげるから!!』
幼い私の叫び声。あちこちを赤く染めたまま、必死で駆け寄る父。
父の涙を見たのはあの日が初めてだった。
「分かったわ。 赤い石はあなた達に渡す。この腕をどけてちょうだい」
デュナの吐き捨てるような台詞に、私の意識はちょっとした走馬灯から引き戻される。
いけないいけない。
今は目の前の事に集中しないと。
左手で握り締める小さな手。
これが、今、私が守らないといけないものだ。
「やっと力の差が理解できたようね」
姿こそ見えないが、余裕に満ちた声がそれに答える。
「……理解できてないのはあんた達よ」
小さな呟きが、デュナから漏れた。
きっと彼女達には聞こえていないだろう。
その言葉の意味は、私にも理解できなかったが。
金髪の彼女が人形に指示を出すと、
目前にあった巨大な手の平は地響きと共に引っ込められた。
デュナが、まだ光を発している赤い石を白衣の内側から取り出すと、犯人グループに向けて放り投げた。
慌てて石に飛びつく犯人達。
「ちょっと! 何て乱暴なことしてくれるのよ!! 石が割れたらどうするつもり!?」
石を拾ってこけた彼女が、ロングスカートの膝についた土をバタバタと叩き落としながら怒鳴った。
「そのくらいで割れるような石なら、とっくにクーウィリーさんが叩き割ってるわよ」
デュナがしれっと答える。
両手で石を握ったまま、首をかしげる彼女の目の前に、突如、巨大な腕が振り下ろされた。
彼女達に直撃するような位置ではなかったが、
もしかしたら何人か吹き飛ばされたかもしれない。
「……やっぱりね」
呟くデュナに、腕が振り下ろされた辺り、土煙の中から浅緑色の風の精霊が嬉しそうに飛びついてくる。
その3人の精霊がデュナの精神をいただいて消えていったということは……。
「すぐにそのデカイのを解体しなさい!! 狙われてるのはあんた達よ!!」
鋭く叫ぶデュナ。
土煙の向こうから見えてきた金髪の彼女は、ぽかんと口を開けていた。
と、巨大人形が、もう片方の腕を振り下ろす。
金髪の、彼女の頭上目掛けて。
「実行!」
デュナの声に従い、風の精霊達が揃ってその腕を奥へと押しやる。
腕は、彼女達のその向こう、壁にめり込む形で落ちた。
つまり、先ほども、デュナは彼女達を助けていたと言う事か。
「ほら早く!!」
デュナの刺すような声に、ハッと我に返った彼女がみるみる青ざめてゆく。
「なん……で……。暴走……?」
床にめり込んでいた2本の腕が、音を立てて持ち上がる。
「チッ」
デュナの舌打ちと共に、私達の周りの障壁が解除される。
そこでやっと、今まで張り続けられていた事実に驚く。
「以上の構成を実行!」
犯人達の前後に置かれていた腕が、彼女達を挟もうと動き出す。
その両腕をデュナの放つ水流が砕いた。
体から切り離される形になった両腕が、水と共に床に落下する。
「ひ……」
誰のか分からない、小さな悲鳴が聞こえた。
彼女達は目の前の事実に完全に震え上がっていた。
……今の今まであなた達のせいで、私達もそんな目に遭ってたんですが……。
「早く解体しなさい!」
デュナが怒気を含んだ声を上げる。その額を、顎を、流れ出る汗が伝っていた。
「ごめん、開けて」
ぽい、とデュナから渡されたのは三本目の精神回復剤だった。
本人は次の攻撃に備えて、また風の精霊を呼び出している。
デュナが三本、私が二本の回復剤を持ってきたわけで、デュナはこれが最後の一本になる。
「はい」
手早く蓋を開け、こぼれないようにそっと渡す。
デュナはそれを一気に飲みほすと、空き瓶を床に落とした。