4.風の軌跡(2/4)

文字数 2,429文字

私達を見た途端、慌てて逃げ出そうとする男達。
黒い布で口元を覆った男の群れの中に、淡い色に煌めくプラチナブロンドを見る。
「フォルテっ!!」
狭い路地裏に響く私の声。
それは確かにフォルテの耳にも届いたはずなのに、男に抱えられたまま、ピクリともしないその姿に恐怖を覚える。
フォルテの頭には、黒い袋が被せてあった。
眠らされている……? それとも……。
「以上の構成を実行!」
狼狽する私の僅か後ろから、デュナが凛とした声で水の精霊を放つ。
溢れる水が、二手に分かれて勢いよく男達をなぎ倒す。

水音と水飛沫と轟音。
街中で使うにはちょっと派手な気もするが……。

四人が左右に吹っ飛んで、残ったのはフォルテを抱えた男と、そのすぐ隣に立っていた男。
それに、いつの間にか離れたところに移動していた小瓶を持った男だった。

覆面の男達は皆一様に全身タイツのような体にフィットする黒い上下。
盗賊団のようだな。と思ってから、やっと噂の盗賊崩れ集団とやらが頭に浮かぶ。
一方、小瓶を手にしていた男だけは、生成りのローブを頭から纏っていて
同じく顔こそ見えないが、その雰囲気はまったく違っていた。

先程私達が追ってきた精霊の少女が、するりと小瓶に収まる。
小瓶の底には、うっすらとエメラルド色の光を放つ、小さな小さな魔方陣が描かれていた。
その魔方陣が色を失うのを確認して、男が小瓶に栓をする。
媒介を契約書代わりに、特定の精霊と長期的な契約をすることによって、魔法使い以外であっても精霊を使う事はできる。
細かい発注はできないが、冷凍庫やコンロなど、生活の端々に応用される技術だ。
つまり、少なくとも彼は魔法使いではないという事だけれど……。

魔法が使える者であれば、その都度精霊を呼び出してオーダーをする方が、よっぽど低コストで思い通りの事をしてもらえるため、そういった魔法具を持つ必要は無い。
それでも、私達の真正面にいたはずなのに、デュナが魔法を発動させるまでのほんの一瞬の隙に動けたこの男が、強敵だというのは間違いなかった。

右手に構えたロッドを強く握り締める。
ロッドの先にはいつもの光球。
悔しいけれど、私にはまだこれしか出来ることが無い。
肝心なのは、とにかくデュナの邪魔にならないよう動く事だ。
じりっと後ずさる覆面の男。
フォルテを抱えたその男だけは、逃がすわけにはいかない。

もう一人の覆面男が鞭を振るう。
「あっ!」
と思ったときには、ロッドが叩き落されていた。
鞭ってリーチが長いんだな……って感心している場合じゃない!
焦ってロッドを拾いに行こうと私が屈んだその隙に、覆面の男達が背を向ける。
「待って!!」
「実行っ!」
デュナの声とともに、大気の精霊が二人の行く手を阻む。
ゴンッと見えない障壁に頭から突っ込んだ最初の一人が、その衝撃で後ろに倒れる。

今のうちに……っっ。
ロッドを拾い上げて顔を上げようとした途端、デュナの声が響く。
「ラズ動かないで!」
慌てて顔を上げるのを止めたその後ろを、ブンっという音とともに風が通り抜けた。
一瞬にして青ざめる。
い、い、今……すぐ後ろでした音は、何の音、だったの……かな……?
続いて、カシャンと何かが割れる音に、パシャッと水が撒かれるような音。
「くっ」
と男のうめき声が続く。
「ラズ下がって!!」
デュナの指示に従って、慌ててデュナよりも後ろへ退く。
フォルテとの距離がその分遠ざかる。

必死でデュナの背に回ってから自分の居た辺りを見ると、地面に撒かれた紫色の液体からもうもうと何か気体が立ち上っていた。
その少し向こうに剣を手にしたローブの男。
どうやら、体に悪そうな気体を思い切り吸わされてしまったらしく、口元を押さえて数歩後退ったようだ。
分厚いローブとフードに挟まれた男の顔。
表情は目からしか読み取れなかったが、その眉は険しく歪められていた。

ローブの男が踵を返す。
駆けながら、抜き身の刀身を這わせるようにしてデュナの張った障壁の位置を探る。
ギギギィッと甲高い耳障りな音を立てて、何も無い空間にうっすらと傷が付く。
デュナの障壁は、男達の逃げようとする側だけに半円を描く様な形で張られていた。

その淵を見付けたローブの男が振り返り、無言のまま顎で覆面の男達に指し示す。
「行け」という事のようだ。
途端に駆け出す男達。
逃げられるわけには行かない。
でも誰を狙えばいいのか分からない。
ロッドの先にはまだ光球が渦を巻くように揺らめいている。
フォルテを落とされては困るけれど、やっぱりフォルテを抱えた人の足を狙おう。
そう心を決めて、ロッドを強く振る。
「お願いっ」
私の放った光球が男の足に接触する、そう思った瞬間、黄色い光が弾けて消えた。
「……え?」
そこにあるのは、力強く振り下ろされたロングソード。
光球が……斬られた!?
長剣をゆらりとを引き上げて、ローブの男がこちらへ静かに構えをとる。
怖い、と感じた。一瞬の動揺をかき消すように、デュナが力強く叫ぶ。
「以上の構成を実行っ!!」
大きな水の精霊と、あまり見かけない精霊が数人、デュナの手の平から飛び出すようにローブの男達の足元に取り付く。
どろっとしたゼリー状の液体が瞬く間に広がったと思ったら、見る間に硬化してゆく。
「時間稼ぎありがと、助かったわ」
私を庇うように立つデュナの後ろから、少しだけ顔を覗き込む。
頬を伝う汗。これは魔法の使用連続によるものだろう。
デュナの目は依然として男達を睨みつけたままだったが、その口端には笑みが滲んでいた。
途端にホッとして肩の力が抜けそうになる。
「まだ油断しないで、安心するのはフォルテを取り戻してからよ」
肩で荒く息をしているデュナの言葉に、身を引き締めてロッドに次の光球を作る。
直接あの男に当たらないとしても、作らないよりはマシだろう。

と、遠くに数人の足音が聞こえてきた。
敵の仲間かと勘繰るも、私達の背後から来ようとするのに、足音を立ててはすぐ気付かれてしまうだろうし、狭い路地裏でドタバタやったせいで人が寄って来ているのだろう。
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登場人物紹介

愛称 : ラズ
名前 : ラズエル・リア
年齢 : 18歳
職業 : 魔法使い(マジシャン)
一応主人公

性格はとにかく地味
少し心配性
にもかかわらず、変なところでアバウト

考えにふけると周りが見えなくなるタイプで
傍目にぼんやりとしていることが多い

幼い頃から親の冒険を見てきたため、誰より旅慣れている
基礎的な生活知識があり、家事も一通りこなす

愛称 : フォルテ
名前 : フォーテュネイティ・トリフォリウム
年齢 : 12歳
職業 : 無し
ストーリー進行上のキーキャラクター

記憶を失い、森で1人泣いているところをラズ達に拾われる

極度の人見知りだが、ラズにはべったり懐いており、また、ラズにも妹のように可愛がられている

ポーチにいつもお菓子を持ち歩き、親切にするとお裾分けしてくれる
甘い物が大好き

愛称 : スカイ
名前 : スカイサーズ・シルーサー
年齢 : 19歳
職業 : 盗賊(シーフ)
清く正しい熱血漢で、女性や子供にはとことん優しい

単純な性格ではあるが、意外と頭は良く、手先も器用
家事では裁縫担当

頭に巻いているクジラのバンダナは、本人のお手製

盗賊のわりに目立つ青い髪と緑のシャツが目を惹く
足を紐でぐるぐる巻きにしているのは、タイツを履くのが恥ずかしいから

愛称 : デュナ
名前 : デューナリア・シルーサー
年齢 : 22歳
職業 : 魔術師(セージ)

PT(パーティー)の頭脳担当
むしろ会計も指揮も戦闘も全部担当

一見、冷静沈着そうに見えるものの、その沸点は弟とあまり変わらない

弟を実験台に、日々怪しげなアイテムの合成に勤しむ

どんな場所でも、必要とあらば、怪しく眼鏡を輝かせることが出来るのが特徴

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