4.小さな背(4/4)

文字数 1,990文字

私達は、急な坂を並んでゆっくり歩いた。
一番上まで登りきると、頂上は驚くほどに狭かった。
「ラズ、疲れてないか?」
「うん。大丈夫……」
疲れていないことはないけれど、なんだか気持ちのいい達成感があった。

ザアッとそこらじゅうの木々を揺らしてひときわ強い風が吹く。
汗ばんだ体に、涼しい風が心地良い。
その風に乗って、黒くて丸い風船のような物が、私の頭上を通り過ぎた。
「え!?」
慌てて視線で行方を追うと、そこには浮海へと向かって飛ぶ子クジラの姿だった。
……一瞬、スカイのバンダナが飛んでいったのかと思った……。
「まだ残ってたのがいたんだな」
スカイが、風に乗って……というより風に翻弄されつつ飛んで行く子クジラの後姿を見つめながら呟いた。
「毎年、暑くなってくる頃には子クジラ達は皆あの浮海へ帰るんだ」
「ふーん……」
じゃあ、クロマルも、元気なら今頃あの海で泳いでたんだ……。
「ラズ」
名前を呼ばれて隣を見ると、ラベンダー色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
ああ、そっか。背の高さが同じくらいだから、真っ直ぐに目が合うんだ……。
じっと、思いつめたような必死さで見つめられて、スカイから目が離せない。
「スカイ君……どうか……した?」
「いいか、ラズ、よく聞けよ」
「う、うん……」
何だろう。怒られるのかなぁ……。
そうだよね。私、またスカイ君にいっぱい迷惑かけちゃって……。
ああ、そうだ。
まだ私、スカイ君にごめんなさいって言ってない……。
「その、だ。こないだは、その……」
スカイが何かを言いかける。
と、とにかくここは先に謝っちゃおう!!
「ごめんなさい!!」
ぶんっと思いっきり頭を下げる。
「は?」
スカイの、とても間の抜けた声が聞こえた。
あれ?
ちらり、と姿勢はそのままに顔だけ上げて見ると、
スカイはぽかんと口を開けていた。
「ぶふっ」
堪えきれず噴出す。
「な、な、なんでスカイ君そんな顔なの?」
なんだろう。いつも眉間にしわを寄せているような、そんなしかめっ面の男の子が、もうほんとに心の底からきょとんとした顔で、目も口も丸くして、なんでそんなおかしな顔が出来ちゃうんだろう。
笑っても笑っても、その瞬間の表情が脳裏から消えなくて、そのままその場に座り込んで笑い転げる。
いや……ちょっと……も、も、もうダメだ……。
息が続かなくなって涙が出てきた。
謝った直後に大笑いじゃ誠意もあったもんじゃないな、とは思うのだけれども。
「なっ! なんで笑うんだよ!!!!!!」
スカイの叫びが、なんとも哀れに響いた。

やっと、笑いが収まってきた頃、私に合わせてか、隣に座り込んだスカイが、背中を向けたまま話し始めた。
「まあ、あれだ。それだけ笑えるならよかったよ」
その声にはどことなくげんなりとした響きも含まれていたが、それは気付かなかったことにしておこう。
「あのな、ラズ、これからは、俺が傍にいるからな」
「うん」
デュナお姉ちゃんも、フローラおばさんもいてくれる。
私は決して一人ぼっちじゃないって、ちゃんと分かったよ。
「ずっと、ずっと傍にいるからな」
「……うん?」
「お前より先になんて、ぜっっっったい死なないからな」
ああ。そういう事か。
「クロマルも居るからな」
言われて、その頭のバンダナを見る。
スカイが、ゆっくりこちらを振り返る。
その顔は、やはり怒ったようなしかめ面で、その頬はやはり真っ赤だった。
「だから、もう泣くなよ」
「う、うん……」
そのバンダナが、仮にクロマルの代わりだとしても、
それがどう繋がったらそういう結論になるのかは分からなかったけれど、スカイがスカイなりに私の事を考えて起こしてくれた行動だという事だけは、痛いほどに伝わった。

じっと、青い髪の向こうから、吊り上がったラベンダーの瞳に射竦められて、ふと思う。
「……じゃあ、スカイ君も、すぐ怒るのやめてくれる?」
「え」
ラベンダーの瞳が、動揺するように揺れる。
「お、怒ってない、ぞ?」
そうは言われても、そう見えないのだから困る。
「じゃあえーと……。急に大声出さないで、あと、恐い顔しないでくれると、嬉しいかも……」
そうすれば、きっと怒っているように見えることもないだろう。
実際、スカイの発言だけを見れば、確かに怒っているわけではないようだし……。
「恐い顔……?」
「うん、その、眉間のシワとか」
スカイが、言われてはじめて気づいたとばかりに、眉間に触れる。
「分かった。努力する」
素直に頷いたスカイを見て、何だか急に微笑ましい気持ちになった。
「ありがと、スカイ君」
笑いかけると、途端にスカイも嬉しそうな笑顔になる。
普段はツリ目の癖に、どうして笑顔はこうも人懐っこく見えるんだろう。
可愛いなぁ。
ああ、そっか。
スカイ君は、可愛い男の子なんだ。

真っ直ぐで、いつでも一生懸命で、時々恐いけど、本当は優しいスカイ君。

なんとなく、スカイ君を虐めたがるデュナお姉ちゃんの気持ちが分かったような気がした。
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登場人物紹介

愛称 : ラズ
名前 : ラズエル・リア
年齢 : 18歳
職業 : 魔法使い(マジシャン)
一応主人公

性格はとにかく地味
少し心配性
にもかかわらず、変なところでアバウト

考えにふけると周りが見えなくなるタイプで
傍目にぼんやりとしていることが多い

幼い頃から親の冒険を見てきたため、誰より旅慣れている
基礎的な生活知識があり、家事も一通りこなす

愛称 : フォルテ
名前 : フォーテュネイティ・トリフォリウム
年齢 : 12歳
職業 : 無し
ストーリー進行上のキーキャラクター

記憶を失い、森で1人泣いているところをラズ達に拾われる

極度の人見知りだが、ラズにはべったり懐いており、また、ラズにも妹のように可愛がられている

ポーチにいつもお菓子を持ち歩き、親切にするとお裾分けしてくれる
甘い物が大好き

愛称 : スカイ
名前 : スカイサーズ・シルーサー
年齢 : 19歳
職業 : 盗賊(シーフ)
清く正しい熱血漢で、女性や子供にはとことん優しい

単純な性格ではあるが、意外と頭は良く、手先も器用
家事では裁縫担当

頭に巻いているクジラのバンダナは、本人のお手製

盗賊のわりに目立つ青い髪と緑のシャツが目を惹く
足を紐でぐるぐる巻きにしているのは、タイツを履くのが恥ずかしいから

愛称 : デュナ
名前 : デューナリア・シルーサー
年齢 : 22歳
職業 : 魔術師(セージ)

PT(パーティー)の頭脳担当
むしろ会計も指揮も戦闘も全部担当

一見、冷静沈着そうに見えるものの、その沸点は弟とあまり変わらない

弟を実験台に、日々怪しげなアイテムの合成に勤しむ

どんな場所でも、必要とあらば、怪しく眼鏡を輝かせることが出来るのが特徴

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