7.謝礼(2/3)
文字数 2,031文字
ロイドさんとスカイが、奥の部屋へと続く道の瓦礫を撤去しようとしている。
あの細い道は、今や完全に崩れた岩で塞がれていた。
私の足元には、当分目を覚ましそうにないデュナが眉間にしわを寄せたような表情で横たわっている。
その下には私の、穴の開いたマントが敷いてあった。
いつまでも立ち尽くしていたフォルテは、手首に巻かれた縄を解こうと手を取った拍子にかくんと意識を失った。
今は、私の腕の中で眠っている。
その小さな足首に巻きつけられていたはずの縄は、切られたような形跡もなく、ごく自然に解けていた。
その自然さが、あまりに不自然すぎて恐ろしかった。
規則正しい寝息をたてているフォルテの、小さな額にそっと手を当ててみる。
ふわふわのプラチナブロンドが、グローブを外した指に掛かる。
ここに、ほんの少し前まで、あの紋章が浮かんでいた……。
「あれぇー? ラズちゃんこんなとこで何してんの?」
場違いなほど軽い口調で声を掛けられて振り返ると、入り口あたりに聖職者達の姿が見える。
声の主である猫背の男が緊張感の無い様子でひらひらと手を振ってみせる。
「スカイの姉ちゃんはまたノビてんだ? 無茶するとこは姉弟似てんだなぁ」
こちらを覗き込みながら、瓦礫の間をひょいひょいと身軽に抜けてやって来る男。
「よーし。今度こそ俺が宿まで運んで差し上げようじゃないか」
デュナを見下ろして、元々口元に浮かべっぱなしの悪戯っぽい笑みを濃くする青年に、ロイドさんの指示が飛ぶ。
「おい、ディルこっちを手伝え!」
「ぅえーーーー? 俺はこの子達を……」
あからさまに不服そうな声をあげて反論する猫背の男の声に、ロイドさんの言葉が重なる。
「ボゥロ、スカイ君達を送ってやってくれ」
「ああ、分かった」
「なんだよケチ!!」
静かに頷いて、穏やかな笑みを浮かべたままこちらへ向かってくるぼんやりした男性とは対照的に、猫背の男がぷりぷりと憤慨しながら、それでも指示通りにロイドさんの元へ向かった。
「俺まだ手伝……」
スカイの言葉を遮るように、ロイドさんが優しい声で諭す。
「スカイ君も、今夜はもう休むんだ。
明日の訓練は休みにしよう。こちらもこの件でごたついてしまいそうだしな。
明後日、皆でおいで。それまでに、その男から事情も聞いておくよ」
と、近くに縛り転がされているバンダナの男を指した。
バンダナの男は、運良く瓦礫の隙間で伸びていた為ほぼ無傷だった。
「あ、ロイドさん。その男、バックステップ使ってた」
スカイが思い出したように言う。
「ふむ。それなら受講者のリストがまだ全員分残ってるな……」
「あとさ、俺、出来たよ、バックステップ!!」
「おお、凄いじゃないか」
一度だけだけど……と小さく付け足すスカイの頭をわしわしと撫で回して
ロイドさんがその瞳を細める。
ぼんやりした男性が、そうっとデュナを抱え上げると、スカイも慌てて駆け寄ってくる。
スカイの血まみれの服では、
フォルテを背負うとフォルテの服まで汚れてしまいそうだったので、
床に敷いていたマントをスカイの背にかける。
「ラズは寒くないか?」
「うん、平気」
スカイがフォルテを背負うのを見て、デュナを抱えるぼんやりした男が私達に声を掛ける。
「じゃあ行こうか」
「「はい」」
私とスカイの返事。
スカイが「はい」なんて言うのがちょっと新鮮に思える。
「足元気をつけて」
穏やかに微笑むぼんやりした男が、デュナを横抱きにして足元が見えないにも関わらず、危なげなく瓦礫の間を抜ける。
一度振り返ってロイドさんにお礼を言う。
深々と頭を下げると、ロイドさんはゆっくり頷いて答えてくれた。
本当に、今日はロイドさん達にはお世話になりっぱなしだ。
いつまでも温かい瞳でこちらを見守っていたロイドさんが、
その後ろで、棒切れで器用にひょいひょい……梃子の原理だろうか?
あまりにサクサク瓦礫を撤去していた猫背の男に
「俺一人に全部させる気か」と文句を言われている。
なんだか盗賊ギルドの人って皆意外と器用なんだよね……。
スカイもそうだけど……。
「おお、すまんすまん」とロイドさん。
仲の良さそうな二人のやり取りを耳にしながら崩れ掛けの部屋を後にする。
部屋のあちこちでは祝詞が唱えられ、血の臭いは随分薄れていた。
誰も、この地震が人為的なものだなんて思ってもいないだろう。
私にも、まだ確信があるわけではなかったが、もしそうだったとして……フォルテがこの地震のきっかけだったのだとして、フォルテはその責任を問われる事になるのだろうか。
ふいに、デュナの言葉を思い出す。
強制的に幸運が発生する事によって引き起こされる、運のバランス作用……。
デュナは、幸運と不運は常に同量でないといけないと言っていた。
それはつまり、フォルテが強制的に幸運を起こした分だけ、誰かが不幸になるという……?
大きくかぶりを振る。
よく分からないままにあれこれ推測するのは止そう。
詳しい事はデュナが起きたら聞くことにして、私は、この地震で死者が出ない事だけを強く祈りつつ宿へと戻った。
あの細い道は、今や完全に崩れた岩で塞がれていた。
私の足元には、当分目を覚ましそうにないデュナが眉間にしわを寄せたような表情で横たわっている。
その下には私の、穴の開いたマントが敷いてあった。
いつまでも立ち尽くしていたフォルテは、手首に巻かれた縄を解こうと手を取った拍子にかくんと意識を失った。
今は、私の腕の中で眠っている。
その小さな足首に巻きつけられていたはずの縄は、切られたような形跡もなく、ごく自然に解けていた。
その自然さが、あまりに不自然すぎて恐ろしかった。
規則正しい寝息をたてているフォルテの、小さな額にそっと手を当ててみる。
ふわふわのプラチナブロンドが、グローブを外した指に掛かる。
ここに、ほんの少し前まで、あの紋章が浮かんでいた……。
「あれぇー? ラズちゃんこんなとこで何してんの?」
場違いなほど軽い口調で声を掛けられて振り返ると、入り口あたりに聖職者達の姿が見える。
声の主である猫背の男が緊張感の無い様子でひらひらと手を振ってみせる。
「スカイの姉ちゃんはまたノビてんだ? 無茶するとこは姉弟似てんだなぁ」
こちらを覗き込みながら、瓦礫の間をひょいひょいと身軽に抜けてやって来る男。
「よーし。今度こそ俺が宿まで運んで差し上げようじゃないか」
デュナを見下ろして、元々口元に浮かべっぱなしの悪戯っぽい笑みを濃くする青年に、ロイドさんの指示が飛ぶ。
「おい、ディルこっちを手伝え!」
「ぅえーーーー? 俺はこの子達を……」
あからさまに不服そうな声をあげて反論する猫背の男の声に、ロイドさんの言葉が重なる。
「ボゥロ、スカイ君達を送ってやってくれ」
「ああ、分かった」
「なんだよケチ!!」
静かに頷いて、穏やかな笑みを浮かべたままこちらへ向かってくるぼんやりした男性とは対照的に、猫背の男がぷりぷりと憤慨しながら、それでも指示通りにロイドさんの元へ向かった。
「俺まだ手伝……」
スカイの言葉を遮るように、ロイドさんが優しい声で諭す。
「スカイ君も、今夜はもう休むんだ。
明日の訓練は休みにしよう。こちらもこの件でごたついてしまいそうだしな。
明後日、皆でおいで。それまでに、その男から事情も聞いておくよ」
と、近くに縛り転がされているバンダナの男を指した。
バンダナの男は、運良く瓦礫の隙間で伸びていた為ほぼ無傷だった。
「あ、ロイドさん。その男、バックステップ使ってた」
スカイが思い出したように言う。
「ふむ。それなら受講者のリストがまだ全員分残ってるな……」
「あとさ、俺、出来たよ、バックステップ!!」
「おお、凄いじゃないか」
一度だけだけど……と小さく付け足すスカイの頭をわしわしと撫で回して
ロイドさんがその瞳を細める。
ぼんやりした男性が、そうっとデュナを抱え上げると、スカイも慌てて駆け寄ってくる。
スカイの血まみれの服では、
フォルテを背負うとフォルテの服まで汚れてしまいそうだったので、
床に敷いていたマントをスカイの背にかける。
「ラズは寒くないか?」
「うん、平気」
スカイがフォルテを背負うのを見て、デュナを抱えるぼんやりした男が私達に声を掛ける。
「じゃあ行こうか」
「「はい」」
私とスカイの返事。
スカイが「はい」なんて言うのがちょっと新鮮に思える。
「足元気をつけて」
穏やかに微笑むぼんやりした男が、デュナを横抱きにして足元が見えないにも関わらず、危なげなく瓦礫の間を抜ける。
一度振り返ってロイドさんにお礼を言う。
深々と頭を下げると、ロイドさんはゆっくり頷いて答えてくれた。
本当に、今日はロイドさん達にはお世話になりっぱなしだ。
いつまでも温かい瞳でこちらを見守っていたロイドさんが、
その後ろで、棒切れで器用にひょいひょい……梃子の原理だろうか?
あまりにサクサク瓦礫を撤去していた猫背の男に
「俺一人に全部させる気か」と文句を言われている。
なんだか盗賊ギルドの人って皆意外と器用なんだよね……。
スカイもそうだけど……。
「おお、すまんすまん」とロイドさん。
仲の良さそうな二人のやり取りを耳にしながら崩れ掛けの部屋を後にする。
部屋のあちこちでは祝詞が唱えられ、血の臭いは随分薄れていた。
誰も、この地震が人為的なものだなんて思ってもいないだろう。
私にも、まだ確信があるわけではなかったが、もしそうだったとして……フォルテがこの地震のきっかけだったのだとして、フォルテはその責任を問われる事になるのだろうか。
ふいに、デュナの言葉を思い出す。
強制的に幸運が発生する事によって引き起こされる、運のバランス作用……。
デュナは、幸運と不運は常に同量でないといけないと言っていた。
それはつまり、フォルテが強制的に幸運を起こした分だけ、誰かが不幸になるという……?
大きくかぶりを振る。
よく分からないままにあれこれ推測するのは止そう。
詳しい事はデュナが起きたら聞くことにして、私は、この地震で死者が出ない事だけを強く祈りつつ宿へと戻った。