5.姉弟(2/5)
文字数 1,703文字
「……それにしても臭うわね」
デュナが、うんざりとした表情で自分の体を眺めて言う。
「ああ、うん。ピコリーまみれになってたからね」
「ガーリックの香りもオリーブの香りも好きだけれど、こう強制的に嗅がされ続けるのは勘弁してほしいわね」
身動きをする度に漂ってくるその臭いから、逃れるすべのないデュナがちょっと可哀想に思えてくる。
「一応、全部拭き取ったんだけどね」
「ええ、ありがと」
苦笑する私の頭をぽんと撫でて、デュナが荷物の中を漁る。
ボロボロになった白衣の代わりに、ピシッとノリの効いた白衣を引っ張り出して、
そこへ精神回復剤をありったけ詰め込むデュナ。
私達の荷物は四人分を一袋に詰めているため、普段から白衣のスペアを入れているわけではないのだが、今回の旅は長かったので、替えを持って来ていた。
体の傷は治癒術で治せても、精神は回復剤で回復できても、蓄積された疲労は、まだ色濃くデュナの横顔に影を落としていた。
「まだこの時間なら、ギルドには誰かしらいるでしょうね」
「うん……」
デュナの言葉に、小さく頷く。
くるり、とこちらを振り返ったデュナが私を真っ直ぐに見つめる。
「……フォルテの紋様、ザラッカで調べてきたのよ」
ふいに変わった話題に一瞬戸惑う。
私としては、デュナ達がザラッカから戻って以降、何も言われなかったので、てっきり何も分からなかったものだと思っていたのだけれど……。
「フォルテは運がいいでしょう?」
ここで「うん」と返事をして、微妙な空気が漂っても困るので、大きく頷いて返す。
「赤い石騒動の時、覚えてる? フォルテがお手洗いに行ったおかげで、ラズ達は無事だったのよね。まあ、その前に、そもそもフォルテはスープを飲まなかったんだけど……。
敵のアジトでも、転んだフォルテにしがみ付かれて、ラズが光球で天井を撃ち抜いたわよね。
あれがなかったら、建物が倒壊するときスカイ達は脱出できずに潰れてたわ」
言われてみればその通りだと思うけれど、それと紋様の関係は……?
「フィーメリアさんの捜索クエでも、フィーメリアさんを見つけたのも、ブラックブルーを見つけてきたのもフォルテだったわね」
「う、うん……」
「湖に落ちたときには、タイミングよく浮上した大亀に助けられたわけよね?」
そうやって並べられると、凄い幸運の連続に思えるけれど……。
「どこまでがそうかは分からないけど、これらはただの偶然じゃなかったのよ。フォルテに授けられた幸運の女神の加護だったの」
と、そこまで話して、私に手帳の一ページを開いて見せる。
「ラズが見た紋様って、これだったんでしょう?」
デュナが指した部分には、文献から書き写したのであろう紋様があった。
幾重にも重なる円の中に、羽と歯車の組み合わさったような図。
それは確かにあの日私が水の中でフォルテの額に目撃したものだった。
「うん、これ……この紋様だった……」
「それは、幸運の女神の紋なんですって」
「へぇー、そうなんだ」
まじまじとその図を眺める。
一風変わったその紋様は、やはり今までの生活では目にした事が無かった図のように思う。
「……それが、なんでフォルテの額に……?」
顔を上げると、デュナが片眉をあげて苦笑する。
「そこまではわからないわ。ただ、幸運の女神がこうやって特定の人物に加護を与えるというのは、今までにも時々あったようなの」
「へぇー、そうなんだ」
うっかりさっきと同じリアクションを返してしまうも、デュナは気を悪くする様子もなく続ける。
「理由は様々に推測されていたけれど、私は幸運の女神の気まぐれだという説が正しいように感じたわ」
え、ええと?
じゃあ、フォルテが幸運に守られてるのは、神様の気まぐれ……なんだ……?
それこそがまさに、幸運な事な気がする。
「問題なのは、強制的に幸運が発生する事によって引き起こされる、運のバランス作用ね」
「バランス作用……?」
「ええ、この世にある幸運と不運は、常に同量でないといけないんですって。だから……」
「あっ!!」
私のために説明をするその言葉を遮って、思わず声をあげてしまう。
デュナの背後。
窓をすり抜けて、そっと部屋に入ってきたのは、今日追いかけた風の精霊の少女だった。
デュナが、うんざりとした表情で自分の体を眺めて言う。
「ああ、うん。ピコリーまみれになってたからね」
「ガーリックの香りもオリーブの香りも好きだけれど、こう強制的に嗅がされ続けるのは勘弁してほしいわね」
身動きをする度に漂ってくるその臭いから、逃れるすべのないデュナがちょっと可哀想に思えてくる。
「一応、全部拭き取ったんだけどね」
「ええ、ありがと」
苦笑する私の頭をぽんと撫でて、デュナが荷物の中を漁る。
ボロボロになった白衣の代わりに、ピシッとノリの効いた白衣を引っ張り出して、
そこへ精神回復剤をありったけ詰め込むデュナ。
私達の荷物は四人分を一袋に詰めているため、普段から白衣のスペアを入れているわけではないのだが、今回の旅は長かったので、替えを持って来ていた。
体の傷は治癒術で治せても、精神は回復剤で回復できても、蓄積された疲労は、まだ色濃くデュナの横顔に影を落としていた。
「まだこの時間なら、ギルドには誰かしらいるでしょうね」
「うん……」
デュナの言葉に、小さく頷く。
くるり、とこちらを振り返ったデュナが私を真っ直ぐに見つめる。
「……フォルテの紋様、ザラッカで調べてきたのよ」
ふいに変わった話題に一瞬戸惑う。
私としては、デュナ達がザラッカから戻って以降、何も言われなかったので、てっきり何も分からなかったものだと思っていたのだけれど……。
「フォルテは運がいいでしょう?」
ここで「うん」と返事をして、微妙な空気が漂っても困るので、大きく頷いて返す。
「赤い石騒動の時、覚えてる? フォルテがお手洗いに行ったおかげで、ラズ達は無事だったのよね。まあ、その前に、そもそもフォルテはスープを飲まなかったんだけど……。
敵のアジトでも、転んだフォルテにしがみ付かれて、ラズが光球で天井を撃ち抜いたわよね。
あれがなかったら、建物が倒壊するときスカイ達は脱出できずに潰れてたわ」
言われてみればその通りだと思うけれど、それと紋様の関係は……?
「フィーメリアさんの捜索クエでも、フィーメリアさんを見つけたのも、ブラックブルーを見つけてきたのもフォルテだったわね」
「う、うん……」
「湖に落ちたときには、タイミングよく浮上した大亀に助けられたわけよね?」
そうやって並べられると、凄い幸運の連続に思えるけれど……。
「どこまでがそうかは分からないけど、これらはただの偶然じゃなかったのよ。フォルテに授けられた幸運の女神の加護だったの」
と、そこまで話して、私に手帳の一ページを開いて見せる。
「ラズが見た紋様って、これだったんでしょう?」
デュナが指した部分には、文献から書き写したのであろう紋様があった。
幾重にも重なる円の中に、羽と歯車の組み合わさったような図。
それは確かにあの日私が水の中でフォルテの額に目撃したものだった。
「うん、これ……この紋様だった……」
「それは、幸運の女神の紋なんですって」
「へぇー、そうなんだ」
まじまじとその図を眺める。
一風変わったその紋様は、やはり今までの生活では目にした事が無かった図のように思う。
「……それが、なんでフォルテの額に……?」
顔を上げると、デュナが片眉をあげて苦笑する。
「そこまではわからないわ。ただ、幸運の女神がこうやって特定の人物に加護を与えるというのは、今までにも時々あったようなの」
「へぇー、そうなんだ」
うっかりさっきと同じリアクションを返してしまうも、デュナは気を悪くする様子もなく続ける。
「理由は様々に推測されていたけれど、私は幸運の女神の気まぐれだという説が正しいように感じたわ」
え、ええと?
じゃあ、フォルテが幸運に守られてるのは、神様の気まぐれ……なんだ……?
それこそがまさに、幸運な事な気がする。
「問題なのは、強制的に幸運が発生する事によって引き起こされる、運のバランス作用ね」
「バランス作用……?」
「ええ、この世にある幸運と不運は、常に同量でないといけないんですって。だから……」
「あっ!!」
私のために説明をするその言葉を遮って、思わず声をあげてしまう。
デュナの背後。
窓をすり抜けて、そっと部屋に入ってきたのは、今日追いかけた風の精霊の少女だった。