2.夢の中(2/2)

文字数 2,087文字

「わぁ……」
思わず小さな歓声が漏れる。
「子クジラだ……」
「可愛いだろ?」
スカイが小さな胸をいっぱいに張って、誇らしげに腕の中の子クジラを差し出す。
その拍子に、愛らしい瞳をきょろきょろさせていた子クジラと目が合う。
「キュイーッ♪」
甘えた声と共に子クジラが身を乗り出してくる。それを慌てて両手で受け止める。
しっとりとした水風船のような黒い肌。ぷよぷよとしている割に、重さはほとんど感じない。
「俺が見つけて、こっそりここで飼ってるんだ」
僅かに目を細めて子クジラを見つめるスカイからは、先ほどまで感じていた棘のような物は消えていた。
「けど、子クジラは羽が生えたらお空に帰らないとダメなんだよ?」
腕の中、気持ち良さそうに撫でられている子クジラの背には、小さく渦を巻く羽が生え揃っていた。
「そいつ、見つけたとき怪我しててさ……」
言いながら、スカイが起用に子クジラをひっくり返す。
抵抗なくお腹を見せた子クジラには、大きな傷痕があった。
「あ……」
痛々しいその痕に言葉を詰まらせる。
と、スカイがまたクルリと子クジラをひっくり返した。
「今は、もうすっかり治ったから」
「そっか……よかったね」
「ああ、それで、こいつもそろそろ空に帰るんじゃないかと思ってさ」
「うん……」
スカイが青い頭を掻きつつ話す言葉を半分ほど聞きながら、ぼんやりした頭で子クジラを撫でる。
子クジラはうっりと目を細めて、腕の中で伸びきっている。

……こんな気持ちは、本当に久しぶりだ……。

「その前に、ラズに見せてやろうと思ってたのに、お前、全然部屋から出てこないじゃないか」
語気こそ荒かったものの、当のスカイが眉を寄せて俯いてしまったもので、怖く感じると言うよりも、申し訳無くなってしまう。
「……スカイ君、ゴメンね……」
ぽつり。と謝ると、スカイがじっとこちらを睨んできた。

う。やっぱり怒ってる……?

とても長く思えた、ほんの少しの沈黙の後、スカイは私から目を逸らして、ぶっきらぼうに言った。
「ご飯は、残さず食えよ」
「うん……」
「夜はちゃんと寝ろ」
「うん……」
「それならいい」
完全に向こうを向いてしまったスカイの後ろ頭を見上げる。
青い髪に透けて、ちらりと真っ赤な耳が見えた。
「スカイ君、耳、痛い?」
「なんでだよ」
「赤いよ? どこかにぶつけ……」
「う、うるっさいなぁ!!」
突然の怒鳴り声に、身が竦む。
胸元で子クジラも体を強張らせた。

重たい静寂。
「くそ……っ。ここで待ってろ!」
スカイは苛立たしげにそれだけ言い捨てると、こちらをチラとも振り返らずに、巨木の向こうへ姿を消した。

……なんで、スカイ君はいつも急に怒るのかなぁ……。
私、何か悪い事言ったっけ?

それまで、同世代の子達とほとんど遊んだことが無かった当時の私には、スカイが不機嫌になる理由なんて全く思いつかなかった。
「待たせたな。ほら、帰るぞ」
数分ほど待っただろうか。
そう遠くない場所からスカイが出て来る。
先程より、ずっと落ち着いたようだった。

何してたんだろう。……トイレだったのかな……?

スカイの耳は、もう赤くなかった。
ちょっと掻いただけだったんだろう。そう納得する。
「スカイ君、子クジラは?」
「その辺に放しとけば大丈夫だ」
「そっか……」
言われて、そうっと子クジラを空中に放す。
子クジラは、ほんの少し目の前で沈み込んでから、ふんわりと浮き上がった。
それを見て、下に差し出しかけていた手を引っ込める。
「もう、飛べるんだね」
「ああ」
子クジラを見つめるスカイの目は、どこか淋しそうにも見えた。

帰り道、膝丈ほどの草を掻き分けて進むスカイに
「子クジラには名前をつけてないの?」
と聞いてみる。
「付けてない」という返事の少し後に、
「付けたいならお前が付けてもいい」という言葉が付け足された。
「じゃあ、えっと、えーっと……黒くて丸いから、クロマルっ」
「それじゃ、子クジラは全部クロマルじゃないか」
そう言ってちらりと振り返ったスカイが、思いがけず笑っていたので、私もつられて笑顔になる。

それから、こんな顔をしたのがもう半月ぶりだったことに気付いて、また小さく苦笑する。
なんだか、笑ったら急に肩の力が抜けてしまった。
すとん。と膝から地面について、予想外の自分の動きに思わず目を丸くしてしまう。
「ラズ!?」
前を歩いていたスカイが慌てて引き返してくる。
「どうした!? 大丈夫か!!」
「う、うん……。ちょっと、気が、抜けちゃったみたい」
「は?」
スカイがまるきり理解できないというような顔をする。
その間抜けな顔に、うっかり笑いがこみ上げてくる。
「あはっ。あはは、スカイ君変な顔……っっ」
ぽかんと私を見下ろしていたスカイの顔が見る間に赤く染まる。
あ。これはまた怒鳴られるかな、と思った途端、その顔が鮮やかな微笑に変わった。

困ったような、それでいて嬉しくてたまらないような、眉をよくわからない形に歪めて、スカイは小さく呟いた。

「やっと笑ったな」



次の日も、その次の日も、私達は二人でこっそり、クロマルの様子を見に行った。
私達が秘密基地に近付くと分かるのか、クロマルはすぐに飛んで来た。

……けれど、その翌日は違っていた。
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登場人物紹介

愛称 : ラズ
名前 : ラズエル・リア
年齢 : 18歳
職業 : 魔法使い(マジシャン)
一応主人公

性格はとにかく地味
少し心配性
にもかかわらず、変なところでアバウト

考えにふけると周りが見えなくなるタイプで
傍目にぼんやりとしていることが多い

幼い頃から親の冒険を見てきたため、誰より旅慣れている
基礎的な生活知識があり、家事も一通りこなす

愛称 : フォルテ
名前 : フォーテュネイティ・トリフォリウム
年齢 : 12歳
職業 : 無し
ストーリー進行上のキーキャラクター

記憶を失い、森で1人泣いているところをラズ達に拾われる

極度の人見知りだが、ラズにはべったり懐いており、また、ラズにも妹のように可愛がられている

ポーチにいつもお菓子を持ち歩き、親切にするとお裾分けしてくれる
甘い物が大好き

愛称 : スカイ
名前 : スカイサーズ・シルーサー
年齢 : 19歳
職業 : 盗賊(シーフ)
清く正しい熱血漢で、女性や子供にはとことん優しい

単純な性格ではあるが、意外と頭は良く、手先も器用
家事では裁縫担当

頭に巻いているクジラのバンダナは、本人のお手製

盗賊のわりに目立つ青い髪と緑のシャツが目を惹く
足を紐でぐるぐる巻きにしているのは、タイツを履くのが恥ずかしいから

愛称 : デュナ
名前 : デューナリア・シルーサー
年齢 : 22歳
職業 : 魔術師(セージ)

PT(パーティー)の頭脳担当
むしろ会計も指揮も戦闘も全部担当

一見、冷静沈着そうに見えるものの、その沸点は弟とあまり変わらない

弟を実験台に、日々怪しげなアイテムの合成に勤しむ

どんな場所でも、必要とあらば、怪しく眼鏡を輝かせることが出来るのが特徴

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