3.湖畔(1/2)

文字数 2,150文字

そんなわけで、私達が黄色い花を探しに出かけたのは、家に着いてから四日後の事だった。
十分日帰りできるはずの距離ではあったが、一応午前中のうちに出ることにする。
「夕方くらいまでには帰るわ」
玄関先まで出てきて見送ってくれるフローラさんに、デュナが声をかける。
「この間も、日帰りって言って出かけたわよ~?」
「う……」
デュナが言葉に詰まる相手というのも、フローラさんくらいだろう。
捨てられた子犬のような、つぶらな瞳でデュナを見つめているフローラさんに、
「なるべく早く帰ってきますね」
と、私も声をかける。
フォルテが続いて「私も、早く帰ってくるね」と微笑みかけると、フローラさんは私達の頭を抱き寄せて
「ラズちゃん、フォルテちゃん、気をつけて行って来るのよ~」
と、温かく別れを惜しんでくれた。

そんなやり取りから三十分も経たないうちに、私達は森に到着していた。
「なんか、昔よりさらに近くなったよな、この森」
頭の後ろで手を組んで、見上げるスカイにデュナが突っ込みを入れる。
「あんたが図体ばっかり無駄に成長した証拠ね」
私達は遠出するときも手ぶらだが、今日はスカイも手ぶらだった。
さすがに、毛布も着替えも無しでは、家に帰らないわけにもいかないだろう。
ザクザクと生い茂る草を踏み分けて、森の奥へと進む。
「結構茂ってるわねぇ」
デュナが白衣の裾を持ち上げている。
白衣を緑に染めたくないというのは分かるが、それでは足が切れないだろうか。
そうでなくても、膝から下は素足に網タイツだ。
ふと、デュナのこの網タイツが破けたところを一度も見たことが無い事に気付く。
もしかすると、その網タイツには何か細工がしてあって、相当頑丈に出来ていたりするのだろうか?
そういえば、デュナの足に傷が出来ているところも見たことが無いなぁ……。
などと考えていると、湖が見えてくる。
「すぐ着いたなー」
スカイが後ろから嬉しそうに声を上げる。
「すぐ着くわよ。近いって言ってるでしょ」
デュナがうんざりと返事をする。
それでも返事をするあたり、デュナは律儀だと思う。

湖は、端から端までがギリギリ視界の中におさまるくらいの、大きいといえば、十分に大きかったが、それでも森の中の湖。といった程度だ。
暑い時期には子供達が水遊びに来るが、案外底が深いので、泳げない子はあまり近付かなかった。
「一人の子どもにも会わなかったな」
「そりゃそうよ、今日は平日だもの」
「あ、そっか」
私達のような仕事をしていると、平日も休日も関係なくなってしまうのだが、
世間一般的には、五日おきに、二日ずつの休日があった。
子供達の通う学校の休みも、やはりその休日に合わせられていた。
「ねえ、花、咲いてないよ?」
フォルテの言葉に、皆一斉に湖へと視線を戻す。
湖を取り囲むように生えている黄色い花達は、どれもまだ固いつぼみだった。
「別につぼみでもいいんじゃないのか?」
スカイが口にすると、デュナが
「花じゃないとダメよ。花びらから成分を抽出しないといけないもの」
と返す。
「まあ、どうしても花が手に入らないなら、つぼみから花びらを引っ張り出してもいいかも知れないけど…」
「真ん中の、島には咲いてるね」
フォルテが指す先、浮島には、一面黄色い花が咲き誇っている。
「そうねぇ……」
フォルテの言葉に、デュナが大きく頷く。
そして、そのままゆっくりとした動作でスカイを見る。

メガネを怪しく反射させながら。

「なんか、年中咲いてるイメージだったなー」
のんきに笑うスカイが、視線を感じてか振り返る。
その表情が一瞬にして凍りつくと、見る間に冷や汗を浮かべ始めた。
デュナと目が合ってしまったのだろう。

「え……? お、俺……が?」
スカイの呻きに、デュナが首を縦に振る。
「まさか、泳い……で……?」
「あんたが飛んで行くって言うならそれでもいいわよ?」
ヒクッと大きくスカイの顔が引きつったのがここからでもはっきり見えた。
飛んで行くというのは、即ちデュナの魔法で吹っ飛ばされるということだろう。
あの島に無事着地できる可能性は低そうだが。

「あああああ……」
盛大に息を吐きながら、スカイがその場にしゃがみ込んだ。
「そうだよな、俺だよな、俺が行くしかないよな、泳いで行くしかないよなぁ……」
ブツブツとかすかに聞こえる呟きは聞かなかったことにして、デュナに問いかける。
「どのくらいあればいいんだっけ」
「こう、一抱えね」
デュナが、腕を輪にして答える。
「まあ、一度には無理だから、三、四回に分けて取ってきなさい」
デュナがスカイに指示する。
「おーぅ」
渋々、スカイが座り込んだままグローブを外している。
グローブ、ブーツを外して、上着を脱ぐ。
緑色の上着の下には、茶色の隠しベストが着こんであって、こまごまとした道具が収納されている。
鍵開けの時くらいしか、あそこから物が出てくるのを見たことは無いのだが、一度、洗濯しようかと畳まれていたあのベストを拾い上げたとき、あまりの重さに驚いた。
結局あの時は「どこに何が入っていたのか分からなくなるだろうから、自分で洗うよ」と、スカイに取り返されてしまって、あのベストにどんな道具が仕込まれているのかは未だに謎だったが。
サイドの革紐を解いてその重たいベストを外し、下に着ていたシャツに手をかけて……。
突然、スカイがこちらを向いた。
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登場人物紹介

愛称 : ラズ
名前 : ラズエル・リア
年齢 : 18歳
職業 : 魔法使い(マジシャン)
一応主人公

性格はとにかく地味
少し心配性
にもかかわらず、変なところでアバウト

考えにふけると周りが見えなくなるタイプで
傍目にぼんやりとしていることが多い

幼い頃から親の冒険を見てきたため、誰より旅慣れている
基礎的な生活知識があり、家事も一通りこなす

愛称 : フォルテ
名前 : フォーテュネイティ・トリフォリウム
年齢 : 12歳
職業 : 無し
ストーリー進行上のキーキャラクター

記憶を失い、森で1人泣いているところをラズ達に拾われる

極度の人見知りだが、ラズにはべったり懐いており、また、ラズにも妹のように可愛がられている

ポーチにいつもお菓子を持ち歩き、親切にするとお裾分けしてくれる
甘い物が大好き

愛称 : スカイ
名前 : スカイサーズ・シルーサー
年齢 : 19歳
職業 : 盗賊(シーフ)
清く正しい熱血漢で、女性や子供にはとことん優しい

単純な性格ではあるが、意外と頭は良く、手先も器用
家事では裁縫担当

頭に巻いているクジラのバンダナは、本人のお手製

盗賊のわりに目立つ青い髪と緑のシャツが目を惹く
足を紐でぐるぐる巻きにしているのは、タイツを履くのが恥ずかしいから

愛称 : デュナ
名前 : デューナリア・シルーサー
年齢 : 22歳
職業 : 魔術師(セージ)

PT(パーティー)の頭脳担当
むしろ会計も指揮も戦闘も全部担当

一見、冷静沈着そうに見えるものの、その沸点は弟とあまり変わらない

弟を実験台に、日々怪しげなアイテムの合成に勤しむ

どんな場所でも、必要とあらば、怪しく眼鏡を輝かせることが出来るのが特徴

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