1.ランタナ(4/4)
文字数 2,376文字
町の規模として、ランタナは城下町であるトランドに劣るものの、冒険者の出入りという点では国境に面したこちらの方が激しいのだろう。
ランタナの冒険管理局は、二階建ての横に広い建物で、窓口が四つも並んでいた。
そのうちの一つにデュナが並ぶ。
長蛇の列は出来そうになかったが、それでも常に一人、二人が窓口に並んでいるというのは、何だか異様な光景にも思えた。
筋肉をたっぷり盛られた巨躯を、折りたたむようにして窓口に話しかける壮年の冒険者や、小麦色の肌にピンク色の髪をなびかせながら、ぎょろっとした目付きのトカゲのような生き物を肩に乗せている、美しい女性冒険者。
瑠璃色の甲冑に真っ赤な裏地のマントを翻して颯爽と歩く冒険者……いや、どこかの騎士だろうか?
そういった人々を眺めて、フォルテが「ほーーーっ」と細く息を吐いた。
「凄いねぇ」
私を見上げて、フォルテがラズベリー色の瞳を細める。
「うん、色んな人がいるね」
国境を越えようとする冒険者や旅人達は、皆様々な国を思わせる出で立ちをしていた。
私も、両親と旅をしていた頃はあの中の一人だったのだろう。
父の連れている灰色の犬は、ずっと北の方にしか居ない種類の生き物らしく、そうでなくとも大きな体のウォルは、どこに居ても目立った。
父さんも、ウォルも、クロスさんも、元気にしているんだろうか……。
もうかれこれ二年近く、その姿を見ていない気がする。
そうか、フォルテはまだ父さん達には一度も会った事がないんだっけ?
そんなことを考えていると、デュナが戻ってきた。
「お待たせ。管理局が斡旋してる宿屋に良さそうなところがあったから、紹介状書いてもらったわ」
そう言って、デュナは私達に小さな封書をかざして見せた。
管理局から大通りを挟んで反対側のブロック。
その細い通りをうねうねと十五分ほど歩いたところにその宿はあった。
水色の壁に白くて細い板が模様のようにマス目状に貼り付けられている。
可愛らしい印象のこぢんまりとした宿だった。
「ここがお宿?」
尋ねるフォルテに頷きを返す。
「うん、そうみたいだね」
「なんだか可愛いね」
嬉しそうに目の前のそれを見上げるフォルテの横で、
「そうね、外観は悪く無さそうだけど、中はどうかしらね?」
とデュナが眼鏡を怪しく反射させながら、楽しそうに呟く。
デュナは、つまるところ単純に、何かを品定めするのが好きなのだ。
すいっと視界の端を通り抜けた風の精霊、?誰かの呼びかけに駆けつけようとしているところだろう。
それにつられて、何気なく後ろを振り返る。
「……スカイ?」
スカイは、宿とはまったく違う、あらぬ方向を見つめていた。
「どうかした?」
「ああ、ごめん。なんか視線を感じた気がしてさ」
首の後ろに手を回して、スカイが首を捻る。
「ふーん……?」
気の無い返事を返して、私達はデュナに続いて宿へと足を踏み入れた。
宿屋の娘だという同じくらいの歳の子に案内されて、二階の角部屋に通される。
「あ、小さいキッチンがついてる……」
部屋自体はベッドが三つ並んだだけの簡素な物だったが、扉を開けて部屋に行くまでの通路に、本当に小さいけれど、ささやかなキッチンがあった。
小さな流しとコンロが一口。
火力はあまり期待できそうに無かったが、それでも自炊が出来るだけ有難い。
こんなときにすぐ反応してくれるはずのフォルテは、残念ながら宿屋の娘さんに恥ずかしがってマントの影から出てきそうになかった。
「いい感じだわ。しばらくここを宿にしましょう」
デュナが私達を残らず見渡して言う。
それに全員が頷きを返したのを確認すると、デュナは娘さんと一緒にロビーへと降りて行った。
娘さんが部屋を出たのを見て、マントの後ろからおずおずと出てきたフォルテが、ちょろちょろと部屋のあちこちを見て回っている。
スカイは背負い続けていた四人分の重たい荷物をようやく下ろして、伸びをしていた。
コンロに火を入れてみる。
魔法石の擦れた音がして、チカッとオレンジ色の火花。
赤ちゃんのような小さな精霊がぽやんと火を灯して消える。
後はその火種をガスが燃焼させる。
そういう仕組みのごく一般的なコンロだ。
「思ったより火力もあるなぁ」
火を止めて、蛇口についた小さなポンプを数回押す。
水の出も悪くなかった。
「買出し行きたいな……」
少し遅いお昼ご飯は、ここに来る途中に済ませてしまったけれど
今から買い物に行けば夕飯は十分このキッチンで用意できそうだった。
「ラズ、行くのは構わないけれど、必ずスカイも連れて行きなさいね」
声に出入り口を振り返ると、ピラピラと薄い紙……契約書の控えのようなものだろう。
それを片手にしたデュナが、腰に手を当てて、私の後ろからキッチンを眺めていた。
部屋の窓を開けて外を眺めていたスカイと、それを同じく覗き込んでいたフォルテもこちらにやってくる。
「あー。あんまり治安良くないからなー……」
と、スカイがなんだか申し訳無さそうにバンダナ越しに頭を掻く。
「そうなの?」
フォルテがデュナとスカイを交互に見上げる。
こういった、人の溢れる活気ある町ほど、その裏にそうでない人達が集まってしまうのだろうか。
小さな村より、大きな町の裏通りの方が危ないと、母も言っていた気がする。
「近頃、調子に乗ってる盗賊崩れがあちこちで悪さをしてるんですって」
デュナが、宿屋の娘に聞いたという話を出すと、スカイも
「盗賊ギルドの人にも言われたよ。盗賊崩れだなんて名乗られちゃギルドの恥だってさ、結構な人数で徒党を組んでるらしくて、そのアジトを探してるとこなんだとか。
何か情報が分かれば教えてくれって。ギルドの人達も早いとことっ捕まえたいらしいな」
と話した。
盗賊崩れねぇ……。
崩れている方がよっぽど盗賊として正しいような気がしなくもないが
ここは言わないでおこう。
そんなわけで、日の暮れる前にと、私達は早々に買い物に出る事にした。
ランタナの冒険管理局は、二階建ての横に広い建物で、窓口が四つも並んでいた。
そのうちの一つにデュナが並ぶ。
長蛇の列は出来そうになかったが、それでも常に一人、二人が窓口に並んでいるというのは、何だか異様な光景にも思えた。
筋肉をたっぷり盛られた巨躯を、折りたたむようにして窓口に話しかける壮年の冒険者や、小麦色の肌にピンク色の髪をなびかせながら、ぎょろっとした目付きのトカゲのような生き物を肩に乗せている、美しい女性冒険者。
瑠璃色の甲冑に真っ赤な裏地のマントを翻して颯爽と歩く冒険者……いや、どこかの騎士だろうか?
そういった人々を眺めて、フォルテが「ほーーーっ」と細く息を吐いた。
「凄いねぇ」
私を見上げて、フォルテがラズベリー色の瞳を細める。
「うん、色んな人がいるね」
国境を越えようとする冒険者や旅人達は、皆様々な国を思わせる出で立ちをしていた。
私も、両親と旅をしていた頃はあの中の一人だったのだろう。
父の連れている灰色の犬は、ずっと北の方にしか居ない種類の生き物らしく、そうでなくとも大きな体のウォルは、どこに居ても目立った。
父さんも、ウォルも、クロスさんも、元気にしているんだろうか……。
もうかれこれ二年近く、その姿を見ていない気がする。
そうか、フォルテはまだ父さん達には一度も会った事がないんだっけ?
そんなことを考えていると、デュナが戻ってきた。
「お待たせ。管理局が斡旋してる宿屋に良さそうなところがあったから、紹介状書いてもらったわ」
そう言って、デュナは私達に小さな封書をかざして見せた。
管理局から大通りを挟んで反対側のブロック。
その細い通りをうねうねと十五分ほど歩いたところにその宿はあった。
水色の壁に白くて細い板が模様のようにマス目状に貼り付けられている。
可愛らしい印象のこぢんまりとした宿だった。
「ここがお宿?」
尋ねるフォルテに頷きを返す。
「うん、そうみたいだね」
「なんだか可愛いね」
嬉しそうに目の前のそれを見上げるフォルテの横で、
「そうね、外観は悪く無さそうだけど、中はどうかしらね?」
とデュナが眼鏡を怪しく反射させながら、楽しそうに呟く。
デュナは、つまるところ単純に、何かを品定めするのが好きなのだ。
すいっと視界の端を通り抜けた風の精霊、?誰かの呼びかけに駆けつけようとしているところだろう。
それにつられて、何気なく後ろを振り返る。
「……スカイ?」
スカイは、宿とはまったく違う、あらぬ方向を見つめていた。
「どうかした?」
「ああ、ごめん。なんか視線を感じた気がしてさ」
首の後ろに手を回して、スカイが首を捻る。
「ふーん……?」
気の無い返事を返して、私達はデュナに続いて宿へと足を踏み入れた。
宿屋の娘だという同じくらいの歳の子に案内されて、二階の角部屋に通される。
「あ、小さいキッチンがついてる……」
部屋自体はベッドが三つ並んだだけの簡素な物だったが、扉を開けて部屋に行くまでの通路に、本当に小さいけれど、ささやかなキッチンがあった。
小さな流しとコンロが一口。
火力はあまり期待できそうに無かったが、それでも自炊が出来るだけ有難い。
こんなときにすぐ反応してくれるはずのフォルテは、残念ながら宿屋の娘さんに恥ずかしがってマントの影から出てきそうになかった。
「いい感じだわ。しばらくここを宿にしましょう」
デュナが私達を残らず見渡して言う。
それに全員が頷きを返したのを確認すると、デュナは娘さんと一緒にロビーへと降りて行った。
娘さんが部屋を出たのを見て、マントの後ろからおずおずと出てきたフォルテが、ちょろちょろと部屋のあちこちを見て回っている。
スカイは背負い続けていた四人分の重たい荷物をようやく下ろして、伸びをしていた。
コンロに火を入れてみる。
魔法石の擦れた音がして、チカッとオレンジ色の火花。
赤ちゃんのような小さな精霊がぽやんと火を灯して消える。
後はその火種をガスが燃焼させる。
そういう仕組みのごく一般的なコンロだ。
「思ったより火力もあるなぁ」
火を止めて、蛇口についた小さなポンプを数回押す。
水の出も悪くなかった。
「買出し行きたいな……」
少し遅いお昼ご飯は、ここに来る途中に済ませてしまったけれど
今から買い物に行けば夕飯は十分このキッチンで用意できそうだった。
「ラズ、行くのは構わないけれど、必ずスカイも連れて行きなさいね」
声に出入り口を振り返ると、ピラピラと薄い紙……契約書の控えのようなものだろう。
それを片手にしたデュナが、腰に手を当てて、私の後ろからキッチンを眺めていた。
部屋の窓を開けて外を眺めていたスカイと、それを同じく覗き込んでいたフォルテもこちらにやってくる。
「あー。あんまり治安良くないからなー……」
と、スカイがなんだか申し訳無さそうにバンダナ越しに頭を掻く。
「そうなの?」
フォルテがデュナとスカイを交互に見上げる。
こういった、人の溢れる活気ある町ほど、その裏にそうでない人達が集まってしまうのだろうか。
小さな村より、大きな町の裏通りの方が危ないと、母も言っていた気がする。
「近頃、調子に乗ってる盗賊崩れがあちこちで悪さをしてるんですって」
デュナが、宿屋の娘に聞いたという話を出すと、スカイも
「盗賊ギルドの人にも言われたよ。盗賊崩れだなんて名乗られちゃギルドの恥だってさ、結構な人数で徒党を組んでるらしくて、そのアジトを探してるとこなんだとか。
何か情報が分かれば教えてくれって。ギルドの人達も早いとことっ捕まえたいらしいな」
と話した。
盗賊崩れねぇ……。
崩れている方がよっぽど盗賊として正しいような気がしなくもないが
ここは言わないでおこう。
そんなわけで、日の暮れる前にと、私達は早々に買い物に出る事にした。