6.風の吹く丘

文字数 2,248文字

涼しい風が丘を吹き抜けていく。

急な斜面を、大きなバスケットを抱えて登る。
もう少し登れば、向こう側が見えてくるだろう。

隣にはフォルテが、私と同じように水筒を抱えて歩いていた。
あれだけピクニックを楽しみにしていたフローラさんは、来ていない。
いや、あの後具合が悪くなって……などというわけではないのだが、「デュナ達が家に戻ってきた時、行き違っちゃうといけないから~」と、お留守番をしてくれている。
もちろん、「それなら私達も一緒に家に居ます」と申し出たのだが、「ラズちゃん達は気にすることないわよ~。先に行って場所を取っておいてちょうだい」と言われてしまった。
お花見でもあるまいし、行楽シーズンにもまだまだ早い。
場所取りをする必要があるとはとても思えなかったが、フローラさんに「いいからいいから」とぐいぐいと背中を押され、家から追い出されてしまった。

家の前で手を振るフローラさんを振り返ると、いかにも良い事をしたと言わんばかりの満足そうな笑顔で、どうにも戻れそうにない私とフォルテは丘に来ることにしたのだった。
「お留守番なら、大丈夫だよね……? フローラおばさん……」
俯き気味のフォルテが、眉をちょっとだけ八の字にして言う。
「そうだね。食べ物も私達が持ってるし、お留守番なら慣れているから、大丈夫だと思うよ」
それを聞いて安心したのか、ふわふわのプラチナブロンドがふわりと顔を上げる。
その時、ラズベリー色の大きな瞳に、ようやく丘の向こう側の景色が映ったらしい。
「うわぁー……」
大きな瞳を丸く見開いて、遥か遠くを見つめるフォルテ。
私も、夢の中ではこんな顔をしてたっけ。
「あれって……海?」
「うん、ここからは、ずっと遠くだけどね」
答えてから、山に囲まれた村で育ったはずのフォルテが、海を知っていた事にほんの少し驚く。
「フォルテは海を見たことがあったの?」
「ううん、見たのは初めて……。お話の中にはいっぱい出てくるから、一度本物を見てみたいなぁって思ってたの」
なるほど。
フォルテは私と違って読書家だ。
海くらい、知っていて当然だったか。

それなら、もう少し暑くなってきたら「皆で海水浴に行こう」と提案してみようかな。
デュナも、スカイも、きっと賛成してくれるだろう。フローラさんも一緒に、皆で行けばいい。
海岸に広がる砂浜や、そこに散らばる貝殻や、寄せては返す波のひとつひとつに、きっとフォルテは目を輝かせるだろう。海水の塩辛さに驚く顔も、ちょっと見てみたい。

嬉しそうにぴょこぴょこと丘を駆け上ってゆくフォルテの背中を眺めながら、そんなことをぼんやり考えていると、いつの間にか頂上だった。
「わぁーっ! すごい眺めだね」
フォルテの頭に乗った苺色のヘッドドレス。大振りの白いレースがパタパタと風に遊ばれている。
それを手で押さえながら、長い髪をなびかせて、フォルテが振り返った。
弾けんばかりの笑顔に、やわらかく微笑み返して、見上げた空には雲ひとつ無かった。

うーん……。やっぱり、浮海が来るにはまだ早かったか……。
急に疲れを感じてその場に座り込む。
バスケットには、ずっしり五人分の食器とサンドイッチが入っていた。
「ラズ、疲れちゃった?」
フォルテに覗き込まれて、そういえばスカイにもココでそんなことを言われたなぁと思い出す。
「ううん、大丈夫だよ」
苦笑いを返して、ひとまず狭い丘の頂上にシートを広げる。
これは……隅っこの人が転がり落ちなきゃいいけど……。
思わずそんな感想が出るほどに、丘の、頂上と呼べる部分は狭かった。
「なんか、狭いねー」
「そうだね」
「端っこの人、大丈夫かなぁ……」
フォルテも同じ事を思ったらしい。
「うん。まあ、大丈夫でしょ」
適当に返事をして、シートの上に座りなおす。
「フォルテ、元気出た?」
ふいに聞かれて、一瞬目を丸くしたフォルテだったが、すぐに鮮やかな笑顔を見せる。
「うんっ♪」
「私もね。ここに来ると、元気になるんだよ」
ここで暮らし始めてすぐの頃は、しょっちゅうここへ来ていた。
学校の授業についていけなかったりとか、クラスの子とうまくいかなかったりとか。

それでも、この丘に登ると、少し元気になった。
日が暮れてからでも、やっぱりこの丘に登ると、少し前向きになれるのだった。

それはつまり、私を元気付けてくれるのが、ここから見える景色ではなくて、ここで言われた言葉だったからだろう。
「あのね、フォルテ」
フォルテが、バスケットの隣に水筒を置くと、私の隣にちょこんと座る。
寄り添うように、ぴったりとくっついて座るフォルテの頭をそうっと引き寄せる。
「私、ずっとフォルテの傍にいるからね」
囁くような、けれど確かな私の言葉に、フォルテの瞳が間近でじわりと滲む。
「あ……、ありがとう、ラズ……」
そう言ってしがみついてくるフォルテをしっかり抱き寄せる。
そっか……。
あの時私も、皆に「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」って言えばよかったなぁ……。
ふわふわのプラチナブロンドをゆっくり撫でていると、フォルテがぽつりと言った。
「ラズ、大好き……」
小さな手が、ギュッと私の肩を握っている。
夢の中で見た私の手よりも、ずっと小さな手。
「うん、私もだよ」
返事をして、フォルテの頭に頬を寄せる。
いけないいけない。どうにも、口元が緩んでしまう。
大丈夫。ずっと一緒にいるよ。
私も、スカイも、デュナも、皆がフォルテの傍にいるから。
もう、フォルテはひとりじゃないよ。

丘を、涼しい風が吹き抜ける。

幸せな気持ちを分け合いながら、私達は、目を合わせて笑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

愛称 : ラズ
名前 : ラズエル・リア
年齢 : 18歳
職業 : 魔法使い(マジシャン)
一応主人公

性格はとにかく地味
少し心配性
にもかかわらず、変なところでアバウト

考えにふけると周りが見えなくなるタイプで
傍目にぼんやりとしていることが多い

幼い頃から親の冒険を見てきたため、誰より旅慣れている
基礎的な生活知識があり、家事も一通りこなす

愛称 : フォルテ
名前 : フォーテュネイティ・トリフォリウム
年齢 : 12歳
職業 : 無し
ストーリー進行上のキーキャラクター

記憶を失い、森で1人泣いているところをラズ達に拾われる

極度の人見知りだが、ラズにはべったり懐いており、また、ラズにも妹のように可愛がられている

ポーチにいつもお菓子を持ち歩き、親切にするとお裾分けしてくれる
甘い物が大好き

愛称 : スカイ
名前 : スカイサーズ・シルーサー
年齢 : 19歳
職業 : 盗賊(シーフ)
清く正しい熱血漢で、女性や子供にはとことん優しい

単純な性格ではあるが、意外と頭は良く、手先も器用
家事では裁縫担当

頭に巻いているクジラのバンダナは、本人のお手製

盗賊のわりに目立つ青い髪と緑のシャツが目を惹く
足を紐でぐるぐる巻きにしているのは、タイツを履くのが恥ずかしいから

愛称 : デュナ
名前 : デューナリア・シルーサー
年齢 : 22歳
職業 : 魔術師(セージ)

PT(パーティー)の頭脳担当
むしろ会計も指揮も戦闘も全部担当

一見、冷静沈着そうに見えるものの、その沸点は弟とあまり変わらない

弟を実験台に、日々怪しげなアイテムの合成に勤しむ

どんな場所でも、必要とあらば、怪しく眼鏡を輝かせることが出来るのが特徴

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み