第16話 近くて遠い存在

文字数 770文字

「海から引き上げられた者はいたか?」
「ええ、何人か。今は船倉に入れてありますが、マルバの港に着いたら解放してやります」
「それがよかろう」
 うなずくと阿梨はもうひと口、茉莉花茶を飲んだ。
「お疲れになったでしょう」
 まさか、と首を振ろうとして動きを止める。
「……まあ、な」
 他の者の前では弱さを見せるなど決してないが、二人だけの時は少し違う。
 阿梨にとっては生まれた時から、勇駿がそばにいた。遊び相手兼護衛としていつも行動を共にしてきた。家族も同然だ。
 茉莉花茶を飲み干すと、阿梨は勇駿を手招きした。
「はい?」
「ここの長椅子に座ってもらえないか」
「こうですか?」
 言われた通り、阿梨の隣に腰かける。
 阿梨は自分も座り直すと、勇駿にもたれかかり、瞼を閉じた。
「今だけ……他の連中には内緒だぞ。さすがに少し疲れた……」
 ぴりぴりするような緊張が解かれた心と身体に、人のぬくもりが心地よい。
 勇駿は赤くなりながら両手を握りしめ、硬直して座り続けた。肩に手を回して抱き寄せるとか、そういう不埒な行動はとてもできない。
 ゆったりした上着に隠れてはいるが、阿梨の肩は思いのほか細い。
 気丈とはいえ、まだ十七の少女だ。この細い肩に水軍を担うのは時には重いだろう。
 もっと強くなりたい。何ものからも阿梨を守れるように。
 いつの頃からだろう。小さかった姫をひとりの女性として意識するようになったのは。
 わかっている。阿梨は羅紗国の王女だ。父によく言われた。いくら親しく育っても自分とは身分が違うと。
 こんなに近くにいるのに──遠い存在。
 ふと勇駿が気づくと、身を寄せたまま、いつしか阿梨は静かなまどろみの中に落ちていた。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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