第32話 腕の中

文字数 583文字

「勇駿、姫さまを部屋までお送りするように」
 勇仁と阿梨の親子喧嘩のような状況下、半ば存在を忘れられていた勇駿の出番がようやくやって来る。
 阿梨は勇駿の肩を借り、控えの間を出た。
 部屋を出てすぐ、勇駿は思い出したように、
「あ、靴は……」
「いらぬ!」
 恨みをこめて阿梨は叫んだ。
 本当は裸足が一番好きだ。子供のころはよく羅紗の王宮を裸足で走り回って、女官たちに叱られたものだ。
 阿梨の剣幕に勇駿はもはや何も言わなかった。阿梨があの靴を履く日は、二度と来ないだろう。
 勇駿に支えられながらも、阿梨は唇を噛んで足を引きずっていく。
 その痛々しい姿に勇駿は思い切って「失礼」と声をかけると、阿梨を両腕に抱きかかえた。
「なっ、何だ !?
 眼を白黒させる阿梨に、
「暴れないでください。落としてしまいます」
 勇駿とて己でも大胆な行動に、心臓は早鐘を打っているのだが、できるだけ平静を装って、
「部屋まで歩くのも難儀でしょう。失礼ながら、このままお連れします」
 ひとりでも歩けるとつっぱねたかったが、阿梨は出かかった言葉を飲みこんだ。
 実際、歩く度に痛むのは事実なのだ。
 結局、阿梨はおとなしく勇駿の腕の中におさまり、二人は黙って王宮の回廊を進んでいく。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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