第11話 弟

文字数 526文字

 マルバ王国へ出発する日。見送りの人々に混じって、船着き場まで来てくれたのは、弟の白瑛(はくえい)だった。
「姉さま……行ってしまうんだね」
 柔らかな巻き毛と、まだあどけない顔立ち。見る者が思わず微笑んでしまうような、愛らしい少年である。
 今にもべそをかきそうな白瑛に、阿梨はしゃがみこみ、同じ目線の高さになって笑いかけた。
「用事が済んだらすぐに戻ってくるとも。倭国との戦で荒れてしまったこの国を、建て直さねばならないからな」
 街の再建の作業に加え、技術者や資材の運搬、水軍の仕事はいくらでもある。
「約束だよ。ご用が終わったら早く帰ってきて」
 涙をこらえ、姉の首に両手を回す。少年の体のぬくもりが伝わってきて、阿梨は弟の背中をぎゅっと抱きしめた。
 母の真綾が海を離れて宮廷で暮らせないことを理解した父は、やがて別の女性を王妃に迎えた。その妃が白瑛の母である。
 この春、白瑛は七歳になった。母親は違うし、年も離れているが、この世にたったひとりの大切な弟だ。
 真綾も王妃もすでに亡い。母のいない寂しさはより姉への思慕につながるのだろう。
「……姫さま、そろそろ出港の時間ですぞ」
 遠慮がちに声をかけてくる勇仁に、ああ、と短く答え、そっと弟から体を離すと阿梨は立ち上がった。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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