第30話 控えの間

文字数 690文字

 庭園での騒ぎから、数刻の後。
 控えの間で、阿梨と勇駿の二人は国王と勇仁の話し合いが終わるのを待っていた。
「マルバ王国との取引は駄目になるやもしれぬな」
 阿梨はしゅんとして、つぶやいた。
 いかに相手に無礼があったとはいえ、取引が遅れた謝罪に来ておきながら、その国の王子を投げ飛ばしたのである。
 何しろとっさであり、おまけに葡萄酒に酔っていたので、手加減する余裕などない。
 体術になど無縁なセルト王子は、したたかに地面に体を打ちつけ、気を失ったままだという。
 せめて肘鉄(ひじてつ)くらいにしておけば良かったと後悔しても後の祭り。下手をすれば外交問題だ。
 いきさつを知った勇仁は宴での酔いも吹き飛び、急遽(きゅうきょ)マルバ国王に会見を申し込んだ。
「わたしは長として失格なのかもしれぬ……」
 せっかく先代が苦労して話をまとめた交易相手だというに。
 かける言葉が見つからず、うなだれる阿梨を勇駿が無言で見つめていた時だ。
 ぎっ、と扉が開き、会見を終えた勇仁が入ってきた。
 阿梨は座っていた椅子から身を乗り出し、
「いかがであった !?
 勇仁はわずかに笑んで、ご安心なさいませ、と話し出した。
「非があるのは当方の王子。こちらこそお詫びせねば。交易は今まで通り行われたし、との国王陛下のお言葉です。セルト王子も今は目覚めたそうです」
 阿梨はほうっと安堵の息をついた。
 ほっとしたら急にくらっとして額に手を当てる。あの王子に調子よく葡萄酒を飲まされすぎた……。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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