第22話 夜の帳(とばり)

文字数 709文字

 陽が沈み、夜の(とばり)が下りる頃、王宮での宴は始まった。
 大広間の扉の前に立つ阿梨に、勇仁が耳打ちする。
「姫さま、笑顔ですぞ」
 正面を見すえたまま、わかっている、と小声で答えて仏頂面を引っこめる。この扉の先はもう自分だけの問題ではない。羅紗国の外交の場なのだ。
 先だっての倭国との戦を機に、羅紗国は長年に渡った鎖国に終止符を打った。もはや自国の殻のみに閉じこもる時代は終わったのである。
 もともと海の民である海龍一族は羅紗の法に縛られず、自由に交易を行ってきたのだが、今後は正式に外交の一端を担わなければならない。
「阿梨さまは羅紗国王女、そして水軍の長という立場をお忘れなく」
 先ほどから耳にたこができるほど繰り返す勇仁に、阿梨は内心ため息をついた。
 水軍の長は自分で選んだ道だが、別に好きで王女などに生まれたわけではない。母の愛した相手が国王だっただけだ。
 いっそ、ただの海の民の娘だったらよかったのに。
 そうしたら、もっと自由にのびのびと生きられたのに……。

 両側から重々しく扉が開けられ、楽師の奏でる音色が辺りに流れ出す。
 一行の先頭を盛装した阿梨がゆっくりと進むと、居合わせた人々の間から称賛のどよめきが起きた。
「何と(あで)やかな」
「羅紗国にこれほどの美姫がおられたとは」
 阿梨の女装……もとい盛装は水軍の者たちにも大きな驚きをもたらし、
「あの美しい女人(にょにん)はどなたですか。われらの長はどちらにおられるのですか」
 と、真顔で勇仁にたずねてきた部下もいるくらいだ。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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