第12話 お土産よりも

文字数 575文字

 少し離れた場所にいた侍女が近づいてきて、白瑛に付き添う。
「マルバは羅紗とは全く違う西方の国だ。ここでは見かけないような珍しいものがたくさんある。何か土産を買ってこよう。楽しみにしておいで」
「お土産より姉さまが早く帰ってきてくれる方がいい!」
 両手を握りしめて叫んだとたん、涙があふれてきて、白瑛は服の袖で眼もとをぬぐった。
「こら、王子たるもの、人前でたやすく泣いてはいかんぞ」
 腰に両手を当て、いかめしく諭す阿梨自身、鼻の奥がツンとするのを感じた。
 日頃は冷静な阿梨も、どうも弟には弱い。
 白瑛と一緒にいると、ただの仲の良い姉弟になってしまう。水軍の長の威厳など、どこかに吹き飛んでしまう。
「白瑛さま、どうか泣き止んでくださいませ。姉上を困らせてはいけませんよ」
 侍女に懸命になだめられている白瑛を残し、後ろ髪を引かれる思いで阿梨は踵を返した。
 これ以上、船にいる皆を待たせるわけにはいかない。
 阿梨が乗り込むのは、緋色の地に金で獅子の刺繍の入った羅紗の旗を掲げた大型船だ。
 船は全体が黒く塗られ、舳先や(へり)の部分にだけ極彩色が施された、海龍一族独自の色合いだ。
 いっぱいに張った帆が風をはらみ、船がゆっくりと動き出す。
 船着き場から手を振る白瑛の姿がみるみる遠ざかる。
 甲板に立ち、弟の姿が見えなくなるまで、阿梨は身じろぎもせずに眼をこらしていた。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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