第21話 上品に

文字数 624文字

 居心地悪げにしていた阿梨は、二人の視線に耐えかねたように下を向く。
「あまりじろじろ見ないでくれ。どうせ似合っていないのだろう」
 感極まったという風に、勇仁は大きくかぶりを振った。
「とんでもない……お美しゅうございますぞ。そうしていると亡き母上によく似ておられる。ああ、できることなら真綾さまにもひと目、美しく成長された姫さまをお見せしたかった」 
 年を取ると涙もろくなると言うが、勇仁はうつむき、眼がしらを押さえている。
「勇仁……」
 しんみりする勇仁のそばに行こうとして一歩踏み出したとたん、阿梨は見事にドレスの裾につまづいた。
「うわっ!」
「長!」
 とっさに勇駿は手を差し伸ばし、転びそうになる阿梨を受け止めた。髪に飾った花の甘い香りがふわりと漂い、彼の胸が高鳴る。
「……だからこんな格好は嫌なのだ」
 いまいましげなぼやきが、耳にすべりこむ。その口調はまぎれもなくいつもの阿梨で、勇駿を安心させる。
「王女殿下、もう少し上品にお歩きくださいませ。それにしてもお美しいですわ! きっとセルト王子もお喜びになられるでしょう」
 場の微妙な空気にはおかまいなしに、ルキアの浮き浮きした声音が響く。
「何だってあの王子を喜ばせねばならんのだ。わたしは着せ替え人形ではないぞ……」
 女官長には聞こえないよう、阿梨は恨みがましくつぶやいた。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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