第14話 知略

文字数 611文字

 阿梨は勇駿を見つめ、苦笑を浮かべた。
「ああ、すまぬ。わたしの言葉が足りなかったな。とりあえず逃げるふりをする、という意味だ」
 そして、すっと海面を指さし、
「そなたも知っているように、このあたりの海域は潮の流れが速い。しかも一日に何度か、流れが変わる。連中が新参者なら潮の流れまでは熟知していまい」
 ようやく勇駿にも阿梨の意図が理解できてくる。
 阿梨が話している間にも、水軍の船は逃げる様子を見せながら、わざと速度を落とし、巧みに二隻を潮の境目となる場所まで誘導していく。
 距離はじりじりと縮まり、今にも相手の船から敵が飛び移ってきそうな気配に、甲板にいる者たちは剣の柄を握りしめる。
 白兵戦に備え、勇駿もまた阿梨のかたわらで剣を構える。
「まだだ……あと少し……」
 阿梨は焦れる気持ちを抑え、慎重に好機を待つ。
 太陽がちょうど真上に来た時だった。突然、海面が激しく波立った。
「今だ、全速力でこの場を離脱せよ!」
 阿梨の命令は船底の漕ぎ手に伝えられ、船は素早く潮目から離れていく。
 一方、後を追おうとした海賊船は、急に変わった潮の流れに翻弄され、制御を失い、木の葉のように激しく揺れている。
 やがて二隻はぶつかり合い、なす術もなく渦の中に飲みこまれ、沈んでいく。
 刃も交えず、阿梨は知略で海賊を退けたのだ。
「海上に助けを求める者がいたら拾ってやるがいい」
 淡々とした口調で言い残し、阿梨は甲板から船室へと階段を降りていった。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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