第20話 見知らぬ貴婦人

文字数 574文字

 たっぷり三時間はかかっただろうか。
 控えの間ですっかり待ちくたびれた勇仁と勇駿は、いい加減、本気で阿梨の身が心配になってきた頃。
 部屋の奥の扉が開き、ルキアの満足げな声が響いた。
「お待たせいたしました。王女殿下のお仕度が整いました」
 ルキアの後に続いてようやく阿梨が姿を現す。
「どうぞご覧になってくださいませ。あまりのお美しさに眼がくらみそうでございますよ」
 何を大げさな、と失笑した二人はルキアの背後から歩み出た阿梨を見て、ぽかんと口を開けた。
「……姫さま? 本当に姫さまでございますか」
「当たり前だ」
 返ってきたのは、女性にしてはやや低めの聞き慣れた声。
 父と子はただあっけに取られて盛装した阿梨を見つめるばかりだ。
 薄絹を重ねた純白のドレスは美しいひだで飾られ、ささいな動きにも柔らかく揺れる。
 普段はひとつに束ねた髪はほどかれ、上の部分だけが結われて花飾りがつけられ、あとは豊かに背に波打っている。
 足にはビーズで刺繍のほどこされた華奢な白い靴。上から下まですべてセルト王子の贈り物である。
 きりっとした目もとは上品な紫の陰影がつけられ、唇には鮮やかな紅。
 まるで見知らぬ貴婦人が眼の前に立っているかのようである。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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