第6話 騎士より強い姫

文字数 523文字

 今、あの日と同じ光景が再現されようとしている。
 近づいたところをしなやかな動きでかわされ、腕をつかまれたと思った刹那(せつな)、勇駿の体は宙を舞っていた。
 とっさに受け身の態勢を取ったので、まともに地面に叩きつけられる事態だけは免れたものの、かなり痛い。
「大丈夫か?」
 息ひとつ乱さず、自分を投げ飛ばした張本人が心配そうにのぞきこんでくる。
 勇仁の眼は確かだった。
 勇駿が守ろうと心に誓った小さな姫は、実に(たくま)しく……いや、すこやかに成長し、剣も弓も体術も護衛役である彼より強くなってしまったのである。
「賭けはわたしの勝ちだな」
 痛みをこらえて立ち上がり、服の埃を払う勇駿に、阿梨がにっこりと告げた時。
「姫さま!」
 阿梨を呼ぶ、聞き慣れた低めの声がした。見れば、がっしりした壮年の男──勇仁が急いでこちらへ向かってくる。
「お探ししましたぞ。このようなむさ苦しいところで何をしておいでです?」
「あ、いや、王都の再建に尽力している皆をねぎらおうと……」
 まさか男たちに混ざって賭けをし、勇駿を投げ飛ばしたとは言えない。
「作業場など、姫さまがおいでになるような所ではございません」
 苦虫を嚙みつぶしたような顔つきで言い放つ勇仁には、さしもの阿梨も頭が上がらない。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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