第33話 どんな男なら

文字数 624文字

 宴は終わり、辺りは静まり返っている。静寂を破るのは虫の音ばかりだ。
 やがて、ぽつりと口を開いたのは阿梨だった。
「ここは波の音が聞こえないな」
「港から半日も馬車で離れた内陸ですから、無理もありません」
 しばらく聞かないでいると、あの音が無性に恋しくなる。
 母がよく話してくれた。自分は海の上、水軍の船の上で生まれたと。
 生まれた時から、波音を子守歌に海に(いだ)かれてきたのだ。
 途中で、つと勇駿は足を止めた。
「勇駿?」
 不思議そうに見上げる阿梨に、
「……あなたが無事でよかった」
「あんな軟弱な王子に、わたしがどうにかされると思ったのか?」
「そういう問題ではありません!」 
 思わず声を荒げる勇駿に、阿梨は肩をびくっと震わせた。
 勇駿に叱られたのは初めてだ。子供の頃から我儘(わがまま)を言っても、彼はいつも困ったような顔をして笑うだけだった。
 勇駿は自分でも困惑したように、
「すみません、大きな声を出して。でも、あなたの行方がわからないでいる間、どれほど案じたか……」
 真摯な口調に、阿梨は小さな声で詫びる。
「心配をかけて、すまなかった」
「……長は、どのような男がよいのですか」
 急に話が変わって、阿梨はきょとんとした。
「何だ、やぶから棒に」
「聞いてみたくなっただけです。どんな男になら嫁いでもよいと思っているのか。先ほどは、嫁になど行かんでいい! と息巻いておられましたが」
「あれは勇仁が頭ごなしに叱りつけるから、つい……」
 売り言葉に買い言葉というやつである。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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