第1話 姫君誕生

文字数 453文字

 海の上、羅紗(らしゃ)国の王都に向かう船の中で、阿梨(あり)は生まれた。
 母の真綾(まあや)は本来なら夫のいる王都で出産するつもりだったのだが、予定より早く産み月が来てしまったのだ。
 もっとも海の民である海龍一族では、船での出産など珍しくもない。
 真綾に付き添っていた女たちは船の中で湯を沸かし、てきぱきと準備を整え、無事に赤子を取り上げたのだった。

「真綾さまが姫君をお産みになられたぞ!」
 父の勇仁(ゆうじん)が船室に入ってきて弾んだ声で告げた時、息子の勇駿(ゆうしゅん)は五歳だった。
 正直にいえば、子供心に少なからず失望したものである。
 真綾は羅紗国の水軍を擁する海龍一族の長のひとり娘だ。もし生まれた子が男子なら、いずれその子は水軍の長となろう。
 そうなれば父のように、自分もまた未来の長の片腕となって役に立ちたいと考えていたのだ。
 しかし姫では長となるのは難しそうだ。おそらくは婿を取り、跡を継ぐことになるだろう。
 共に海を往き、わくわくするような冒険をするのは望めまい……。
 嬉しげに顔をほろこばせる父のそばで、勇駿はこっそり唇をへの字に曲げた。




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登場人物紹介

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の美しき長。勇敢で聡明な娘だが、恋愛にはかなり疎い。

世間では「型破り王女」と言われている。

勇駿(ゆうしゅん)


阿梨の護衛で幼なじみ。彼女が王女という身分差もあって想いを口に出せずにいる。

勇仁(ゆうじん)


勇駿の父で阿梨の教育係。姫さま大事の忠義者。頑固。

セルト


阿梨たちが訪れたマルバ王国の第3王子。阿梨を気に入って求婚するが、その真意は……。

白瑛(はくえい)


阿梨の異母弟。羅紗国の王太子。母は違うし、年も離れているが、仲のよい姉弟。

真綾(まあや)


阿梨の母。美しくたおやかだが芯の強い女性。王妃の地位より海の民であることを選んだ。

ルキア


マルバ王宮女官長。セルトに頼まれ、阿梨を最高に美しい貴婦人にすべく使命感に燃える。

マルバ国王


水軍の大切な取引相手。大らかで人柄のよい王さま。

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