湯ノ花幽奈

文字数 9,260文字


【湯ノ花幽奈】
登場作品:『ゆらぎ荘の幽奈さん』
   (漫画:ミウラタダヒロ)
真名:天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)
前身:(まほろ)
性格:博愛的でおっとりとした天然ボケ。
   根底的な正義感と使命感は強い。
特徴:幽体依存の浮遊&物質通過能力。
   ポルターガイスト現象。
   天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)形態では強大無比な霊力を
   発揮できる。
   同時に以降は想い人〝冬空コガラシ〟に
   寄り添う形の憑依で自身の霊力を供給する事
   も可能となり、彼の戦闘能力を飛躍的に向上
   させた。
誕生日:11月7日
血液型:O型
身長:153cm
体重:46.7kg
3サイズ:B93(Fカップ)・W57・H88
CV:島袋美由梨



【設定】
 温泉宿〈ゆらぎ荘〉に棲みついている地縛霊ではあるが、かなり自由自在に屋外へと出歩ける。
 地縛霊と化した未練は本人の記憶にも無い謎であり、また本作最大の肝でもあった。
 霊媒体質の格闘系主人公〝冬空コガラシ〟が彼女の部屋に下宿する事となり、同棲的生活が始まる。
 しかしながら、両者の寝相の悪さから起床時には意図せずペッティング体勢となってしまい、奥手な幽奈の羞恥心がポルターガイスト現象と発動してコガラシを吹き飛ばすというルーティーン展開がエロティシズムギャグと描かれていた。
 そうした刺激的環境もあって、コガラシへの恋心が萌芽していく事となる。
 そして、コガラシは「幽奈の未練を探り当てて、幸せのままに成仏させる」と約束してあげるのであった。

 中盤にて日本妖怪の頂点に君臨する御三家〈龍雅(りゅうが)家(龍)〉〈宵ノ坂(よいのざか)家(鬼)〉〈天狐家(狐)〉の存在が明らかにされると、彼女の背景も多少浮き彫りとなる。
 彼女の生前体は、御三家〈天狐家〉当主〝白叡〟によって、短命の一人娘〝(まほろ)〟を複製再現させた人造生命体〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉であった。
 しかしながら〝幻〟のクローンである天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)も、また短命の宿命からは逃れられず、次々と死亡廃棄とされてきた──彼女は、その六代目に当たる。
 無論、彼女も死亡するも、その後〈ゆらぎ荘〉に対する強い想いから地縛霊と化し、記憶さえ無くなった彼女に〈ゆらぎ荘〉の女将が〝幽奈〟と命名した経緯にある。

 やがて、宵ノ坂(よいのざか)家当主〝宵ノ坂(よいのざか)譲之介(じょうのすけ)〟が遺恨から〈ゆらぎ荘〉を強襲して、コガラシの肉体を憑依強奪した。肉体を失った事によりコガラシの魂は消滅の危機に陥る。
 そして、意識体として過去へ飛ばされた幽奈は自身の未練を知る事となる。
 はたして明らかとなった彼女の未練は、生前に予知していた運命の出会い──やがて〈ゆらぎ荘〉に現れる〝冬空コガラシ〟と結ばれる事であった。
 コガラシを救うべく過去に介入して因果率を変えようと試みる幽奈であったが、幾度足掻いても未来予測(確定未来軸)は変更されず『幽奈の危機には必ずコガラシが駆けつけ、彼女を護って消滅してしまう結末』が繰り返されてしまう。
 想い人の誠実な愛──その残酷な運命の傷心に幽奈は「わた…しが…コガラシさんと過ごしたい……なんて そんな未練さえ…抱かなければ…! ゆらぎ荘の…幽霊なん…かにならな…ければ みん…な…皆幸せ…に…!」と泣き濡れ、自身の一途な初恋を記憶封印に放棄しようとするまでに思い詰めた。
 が、同じくコガラシを想う少女達の願いが奇跡と結実し、遂に冬空コガラシは復活。
 宵ノ坂(よいのざか)譲之介(じょうのすけ)が変じた究極の大邪妖〈餓燗洞(がらんどう)〉を倒すのであった。

 晴れて想いを遂げた幽奈であったが、それは同時に〝未練成就による成仏〟を意味していた。
 しかし、幽奈への愛を自覚したコガラシは、彼女と生涯共に在る事を選択し、これを強行的に引き留める。
 斯くして人間と幽霊でありながら結ばれた二人は、夫婦として幸せな人生を歩む事となったのである。

 尚、最終巻には書き下ろしイラストによる各キャラクターのエピローグが収録されており、それによると幽奈は更に霊術を高めて疑似実体化する事が可能となり、温泉宿〈ゆらぎ荘〉も前身である温泉旅館〈ゆらぎ庵〉へと戻され、その〝若女将〟の座に収まっている。
 いずれにせよ想い人〝冬空コガラシ〟との睦まじい夫婦仲は永遠のようだ。


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【考察論】

「大好き メガ好き 明日は、もっと好き ♪ 」というワケで、満を持して〝幽奈さん〟の登場です。
 週間少年ジャンプ(以下、WJ)にて連載されていたハーレムエロスラブコメ『ゆらぎ荘の幽奈さん』の主役ヒロインです。

 私的には、かなり特異なラブコメヒロインになります。
 というのも、私のラブコメ傾向は『最終的にはサブヒロイン萌えに着地する』からです。
 例えば『 To LOVEる』では〝ララ萌え〟から始まるも最終的には〝ヤミちゃん絶対萌え〟です。
 『ニセコイ』ならば〝千棘(ちとげ)萌え〟から始まるものの、気がつけば〝万里花(まりか)萌え〟です。
 スタート期こそ主役ヒロインへの萌えから熱狂が始まるものの、やがてサブヒロインへと推しが推移する傾向にあるのです(とはいえ、メインヒロインに飽きたワケでは無いですよ? 彼女達への萌度は変わらないのですが、それを上回る萌度のヒロインと出会ってしまうだけです)。
 ところが、幽奈さんは変わらず一番。
 もちろん〝狭霧(さぎり)ちゃん〟も〝千紗希(ちさき)ちゃん〟も〝雲雀(ひばり)ちゃん〟も〝かるら様〟も……etc 萌えですが、一番は変わらず〝幽奈さん〟なのです。
 うん、我ながらチト異例。

 どの作品でも好きな作品が終わるというのは寂しいものですが、本作の場合はチト違った感覚もありましたね。
 うん、あの『 To LOVEる』の時ともチト違う。
 脳裏に幽奈さんのホワホワ笑顔が離れないんですよね。
 たぶん、それだけ彼女のホワホワとした癒しに会えるのが毎週大きかったんだと思います。
 文字通り〝見ているだけで癒される娘〟でした。




 中盤で〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉として覚醒すると、幽奈さんには〈バトルヒロイン〉としての要素が色濃く反映されます。
 凛々しくもカッコよく、そして優麗にしてキュートですが、表紙イラストの高貴なクールさは初覚醒時のみで、その後はそのまま〝幽奈さん〟です。
 しかしながら、覚醒した戦闘能力は〈ジャンプヒロイン〉でも上位ランクでしょう。

 そもそも『ゆらぎ荘の幽奈さん』は、この路線の金字塔『 To LOVEる』と比較しても〝少年漫画らしいバトル要素〟を色濃く押し出しています。
 主人公〝冬空コガラシ〟が『 To LOVEる』の主人公〝結城リト〟と同質の〝ラッキースケベなハーレム体質〟でありながらも、同時に〝硬派な格闘系正義漢〟なのは、その象徴的設定です。
 ですから〝雨野(あまの)狭霧(さぎり)〟や〝荒覇吐(あらはばき)呑子(のんこ)〟や〝緋扇(ひおうぎ)かるら〟等を始めとしたヒロイン達にも、そうした共闘可能な戦闘能力要素が敷かれていました。

 で、幽奈さんですが……それまでは強力無比な霊力を宿しながらもガチバトルには出遅れた感もありました(元来のホワホワとした癒し系性格も要因にはあるのでしょうが……)。
 それが〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉として覚醒すると、一気に主力の要となる最強存在へと転じます。
 同時に、幽奈さんそのものの重要性も高まり、他のヒロインよりも一歩踏み込んだ〝主役としての格〟を強化する側面も発生したように思えました。

 私的に気になるのは、この設定が〝当初から背景にあった〟のか〝連載の波で後付け的に付随された〟のか……ですが(おそらく後者だとは思います)。
 いずれにせよ、これまで描かれてきた〝幽奈さんの特性〟を合理的に納得させる設定としても機能しました。
 絶大な霊力を秘めているのも〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉だから──
 それをポルターガイスト暴発としてしか発現できないのも〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉としての記憶を無くしていたから〈行使霊術〉を持っていないため──
 普段のスラップスティックギャグ要素も、一気に納得です。

 彼女は〈六代目天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉に当たり、それまでの〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉はクローン母体である〝(まほろ)〟の特性を継いで短命を克服できないまま廃棄され続けました。無論、彼女もそうなのですが……彼女の場合は〝運命の出会い〟に対する未練から〈幽霊〉となります。
 愛すべき〝ゆらぎ荘の幽奈さん〟の誕生です。
 そう、彼女は〈(まほろ)の複製体〉でも〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉でもあり、そのどちらでもない。
 あくまでも〝幽奈さん〟なのです。
 最終決戦に於ける台詞は、実に感動的でした。
「(彼女を〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉として献身的にサポートする従者〝流禅〟に対して)ありがとうございます流禅さん ですが一つだけ……今の私は、ゆらぎ荘の地縛霊〝湯ノ花幽奈〟です!」
 ……泣きました。
 その一途さと再起のカタルシス──そして、彼女が育んできた日々の大切さを再認識させられて泣きました。
 それは、とても温かい感動でした。

 ちなみに、こうした『複製体の悲劇』という設定を見ると、多くは「ああ『新世紀エヴァンゲリヲン』の〝綾波レイ〟ね」とする人も多いのですが、私に言わせれば〝元祖〟は違います。
 この設定の元祖は『超電磁ロボ コン・バトラー V』の伝説的名篇『大将軍ガルーダの悲劇』で、それこそコレは当時のアニオタには珠玉のエピソードとして語り継がれています──というか、そもそも〝綾波〟は、コレのパロです(『エヴァ』は庵野監督のオタ影響をゴッタ煮した作品なのですから)。
 もっとも〈天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉が〝どちら〟の影響かは定かにありません。
 世代や方向性的にミウラ先生が『コンV』をリスペクトするとは思えませんから、やはり〝綾波〟……というか、それすらもテンプレ化した中で生まれた設定かも知れません。
 それでも、コンセプト的には〝綾波〟よりも『大将軍ガルーダ~』の方に酷似しているのですが……。




 重用なキーパーソンである〝(まほろ)〟ですが、実際に本編で登場していたのは〈六代目天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)〉──つまり生前の幽奈さんです。
 その黒髪や愁いある儚さから別キャラかと思いきや、実際は〝娘を演じさせる白叡のエゴイズム〟によって白髪を黒髪化させられ、その感情機微が死んだ表情も残酷な境遇から白叡といる時だけに見せる虚しさでした。
 酷い話です。
 白叡にしてみれば〝実娘の粗悪な複製体〟であり、実験結果に過ぎません。
 車椅子で散歩に連れ出すにしても、それは〝自身の父性愛を再自覚したいがためのエゴイズム演出〟であり、本当の意味での〝愛情〟など無いのですから。
 もちろん自由も意思尊重も剥奪されています。
 それだけではなく、自宅へ帰れば〈実験台〉として体をいじくられる拷問紛いを味わう苦痛の日々です。
 総ては〈完璧な複製肉体〉を造り上げて、実娘〝(まほろ)〟の魂を憑依させ、現世に再生させるためです。
 酷くて残酷で憎々しいですが……一概に〈悪〉と否定排斥できない〝父親の愛〟が在ったのも事実でした。
 実娘を想う狂おしいほどの父性──それが、彼を冷酷な狂気へと走らせたのですから。
 しかしながら、厳重な結界封印に保管されていた〝(まほろ)〟は、悪行の一部始終を把握していました。
 だからこそ愁い、父娘共々自滅する選択を選ぶのです。
 幽奈さんには、自分の分も幸せになって欲しいと願いつつ……。
 その深い慈母性と精神の強さは、まさに〝幽奈さんの母体〟として説得力に足るものでした。
 やるせないですね。
 (まほろ)さんは(まほろ)さんで好きでしたから。
 その愁いと薄幸性が、なんとも……。
 断片的登場とは言っても、彼女は〝幽奈さん〟に匹敵する萌えヒロインでした。

 また、こうした作風感覚は『 To LOVEる』とは異なる要素のひとつであって、本作の根底が〝日本人肌の機微〟であった事を再認識させられる気もしました。
 つまり〝御涙頂戴の浪花節様式(いい意味で)〟ってヤツですか。
 同じような悲劇をやったとしても『 To LOVEる』の方は、画風・演出・カット割り等が、もっと現代的なスタイリッシュさに在る気がします。言い換えるなら『矢吹先生の方は、欧米感覚影響下の現代的文化観でブラッシュアップされている』と言いますか……。
 一方で本作の根底は『日本人感覚のまま現代的描写に発展した伝統的スタイル』と言いますか……懐古的印象のままに馴染む安定感は在ります。
 つまり『洋画』と『邦画』の肌感覚と言いましょうか……。
 この辺りは『ヤミちゃんの誕生背景』と『天狐幻流斎(てんこげんりゅうさい)の誕生背景』を比較すると伝わり易いかと思います。どちらも『冷淡な科学視点で人造生命体として生み出された悲劇/背景には親娘愛有り』で、ともすれば負うべき悲劇性も同質ですが……やはり〝伝わってくる感覚〟は違います。
 一応断っておきますが、これは〝どちらが上で、どちらが下か〟という論ではありません。
 単に作風差違の比較分析です。
 そして、あくまでも私的感覚です。
 実際、私はどちらの作品も大好きです。
 ってか、読め!w
 これはもうフィーリング的な分析論だから、口頭説明じゃ伝わりにくい。
 もう、どっちも読め!www




 『 To LOVEる』『ニセコイ』といったビッグタイトルは、完結後に『公式データブック』を別売するのが恒例となりました。
 本作『ゆらぎ荘の幽奈さん』でも、当然その流れになる……と踏んでいたのですが、身構え空しくされませんでした。
 しかしながら完結巻は、それを補うかのように収録特典が満載で、巻厚の約半分を占める大ボリュームです。
 特筆すべきは各キャラクター毎に書き下ろされた見開きイラストで『その後』が綴られている事でしょう(そこには簡易的に数値的プロフィールデータも記載されています)。

 物語本編は『コガラシと幽奈のハッピーエンド』で幕を閉じました。
 雑誌連載では主題以上の要素に触れる事は難しいですから、この『朝の清涼に包まれた〈ゆらぎ荘〉で、コガラシと幽奈の幸せそうな婚礼写真がアップになって終わる』というラストは綺麗に纏まった秀逸な締め括りです。
 うん、爽やかにして秀逸。
 此処で終わっても、何の遜色も無いし、実質、他作品ならコレで「はい、おしまい」でしょう。
 が、こうした作風の場合は『君が選ぶ君のヒロイン(『トランスフォーマー』みたいに言うなw)』ですから、読者各人に〝推し〟がいます。
 そして先述のように、多くは『主題完結』したら描かれない。
 そうした中で、この特典は非常に素晴らしいファンサービスでした。
 各ヒロインが、如何に想いを立ちきり、如何に傷心から立ち直り、そこからどういう道を選んだのか……見開きイラスト添付の簡易的エピローグとはいえ、込み上げるものがありました。

 巻末あとがきにてミウラ先生は綴っていました──「構想の段階では、様々なアイディアやいくつものルートが存在します。それは原稿に描かれ、読者に観測された瞬間に、確定します。確定すれば、矛盾するアイディアやルートは消さざる得なくなります。でも連載を続けるうちに、そうした可能性をただ消すことが寂しくなったのです。そこで、ゆらぎ荘の最終章では何人分ものルートを描いてみました。あらゆる可能性は、不確定ながらも、確かに存在したのだと」
 なるほど、あの『各ヒロインの精神世界にて、各々がコガラシと結ばれる未来軸に在る』という特異な展開も納得です。
 ぶっちゃけ週刊雑誌連載という形態では把握し辛くもあり、また突飛な展開にも思えて戸惑いましたが……こうして意図が見えれば、実に計算されていたという事です(そして最終決戦の重要ファクターとしても機能しているから素晴らしい)。
 ともすれば、単に『推しフォロワーへのファンサービス』のみならず、ミウラ先生自身が『各キャラクターを溺愛していた』という事に他ならないでしょう。

 近年主流の『ハーレム型ラブコメ』の本質的な魅力は、それこそ『ときめきメモリアル』から始まった『恋愛シミュレーションゲーム』と同質です。
 現実的には有り得ないオイシイ環境に置かれ、個性豊かな美少女達からチヤホヤされ、最終的には〝目的の女の子〟とラブラブハッピーエンド──という現実逃避の妄想です。
 ですが漫画や小説といった物語を紡ぐ媒介では〝作者の意思による一方通行な確定結末〟へ進むしかありませんから、ゲームリプレイのような『if』は展開できません。
 そうした流れに「私の推しは?」と溜飲を抱くファンがいるのも事実でしょう(私的には、そうしたモヤモヤを味わうのも『ラブコメ漫画』の魅力だと考えてはいますけどね?)。
 で、今回の『ゆらぎ荘の幽奈さん』に於ける処置展開は、実に〝そこ〟へ対する革新的明答だと思うのです。
 実際、現在『僕たちは勉強ができない』は、そうした『キャラクター別のifラスト』を連載しています。
 この展開に入ったのは『ゆらぎ荘の幽奈さん』連載完結後ですから、本作の方が若干先駆けていました。

 こうした流れを見ると、これから『ラブコメ』の新しいテンプレスタイルとして『if結末のアフターフォロー』が定着してくるかもしれません。
 そして、仮にそうなった場合『ゆらぎ荘の幽奈さん』が『ラブコメ市場に落とした影響と功績』は非常に大きいものであったと断言できるでしょう。
 その時は『 To LOVEる』とは、また違ったエポック金字塔として再評価されるべきだと思います。



 本作は明らかに『ポスト To LOVEる』として始まったものです。
 WJの副次的な主柱として、実は『ラブコメ』は欠かせないジャンルですが、その路線も大きく分けて『純愛系』と『ハーレムエロス系』に二分されます。
 前者は『きまぐれオレンジロード』や『いちご100%』『ニセコイ』『僕たちは勉強ができない』であり、後者は『桂正和系』や『 To LOVEる』などです(ジャンル的にはグルメ漫画ながら『食戟のソーマ』も遺伝子と呼べるでしょう)。
 実質的には両路線を据えるのが、WJのラブコメ展開のようです。

 で、殊更『 To LOVEる』の存在は近年WJ史的にも大きかった。完結後も熱狂的支持層を獲得して現役宛らにメディア展開したり、現在でも模倣作品が尽きなかったり、或いはコンスタンスに続編化やアニメ化をされる事でも影響力が立証されています。

 この完結時期にはラブコメ双璧のビッグタイトル『いちご100%』も完結しており、WJは一気に『ラブコメロス期』に入ります(ちなみにミウラ先生のデビューラブコメ『恋染紅葉』も、この時期になります。そうした背景を思うと、こうして本作が『WJラブコメ史のビッグタイトル』と化した現状は感慨深いものがありますね)。

 ややあって『ニセコイ』が登場してスマッシュヒットとなり『WJ ラブコメ史』としては『 To LOVEる』と双璧にまで登り詰めます……が、路線としては『純愛系』なので『ハーレムエロス』は休眠期のまま。
 そうした流れの中で登場したのが本作『ゆらぎ荘の幽奈さん』と『僕たちは勉強ができない』でした。
 本作『ゆらぎ荘の幽奈さん』は、これまで挙げたタイトルの中で一番『 To LOVEる』の遺伝子が強い作品です。
 誌面ギリギリのペッティング表現やコミックス化特典の〝乳首描き足し〟等『 To LOVEる』が確立した要素を、そのまま継承しています。

 ちなみに、こうした『ハーレムエロス路線』を「WJとしては、けしからん軟弱邪道」とか「桂正和から始まった近年のオタ向け脱線」と異端視嫌悪する層もいらっしゃるでしょうが……何を仰るwww
 遡れば、創設期には社会現象と悪書扱いされた『ハレンチ学園』が在ります。
 つまり『 To LOVEる』や『ゆらぎ荘の幽奈さん』のような『ハーレムエロス路線』は、立派にWJの〝御家芸〟なのです。




 実に楽しい作品でした。
 明るく賑やかで、キュートにエロくて、少年漫画王道の熱いバトル要素もあり、いい意味でバカバカしいスラップスティックギャグであり、そして少女達の繊細な恋愛模様と友情の機微に胸が締め付けられ……。
 それこそ、まるで温泉宿〈ゆらぎ荘〉の湯へ浸かりに行くような感覚で毎回ほっこりとした弛緩を楽しんでいました。

 ラストシーン──「幽奈! お前の未練は、俺と暮らす日々なんだろ? これくらいで…満足してんじゃねぇよ!」と力強く浄光から剥ぎ抱かれ、仲間達からも祝福され、その温もりに「これからも…わたし 〝ゆらぎ荘の地縛霊〟でいていいですか…? …幽霊なのに成仏しなくていいのでしょうか 幽霊なのに こんなに幸せでいいのでしょうか?」と涙する幽奈さん──何度読み返しても涙腺が弛みます。
 そして、心の底から「いいんだよ? おめでとう!」と祝福を捧げたくなる。
 それぐらい、彼女は〝一途ないい子〟でした。
 この場面は往年恋愛作品の名シーン──例えば『めぞん一刻』の「一秒でもいいから、私よりも長生きして…」や『タッチ』の「上杉達也は、浅倉南を愛しています」──と比べてもヒケを取らない感動です。



 本当は、もっと早く〝幽奈さん〟の『ヒロインコラム』を書きたかったのですが、その時点では連載中でしたから公式データも不足していましたし、また画像を用意する手間暇もあったので先送りにしていました(私の『サブカルコラム』はFacebook版ありきで書かれ、そこから添付画像削除&フリガナ付けを施したものを投稿サイトにて転載している形になります)。
 ですが今回の完結巻発売を記念して、熱意のままに完成させる事としたのです。
 ってか、愛が込み上げてきてジッとしていられなかった。
 しかし、何の因果で同誌のメガヒット『鬼滅の刃』と最終巻発売が重なるんだか……おかげで完全に埋もれましたねw
 そもそも終盤期からは発行部数も大幅に少なくされ、発売日を過ぎると店頭から無くなるという事態にもなっていたのに……(本屋のおじさん談)。
 好作品ながらも、やはり伝説級作品の『 To LOVEる』には及ばなかったのかな?
 私的には匹敵する双璧作品ですけどね?

 ですが、ならば私が魅力を伝えます!
 確かに知名度的には『 To LOVEる』に劣る佳作です……が、タイトルバリューが〝イコール総て〟というワケでもない。
 作品としての善し悪しは、巷の認知度とは別評価です。
 知らないなら、知ってもらえばいい。
 そして、私の拙いコラムでも、少数の人でいいから「ちょっと魅力を感じたな」と思ってもらえば、それは非常に有意義な事なのです。
 もしも気になってきたら、是非とも手に取ってみて下さい。
 温泉宿〈ゆらぎ荘〉は、きっと貴方を温かく迎えてくれます。

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