吸血鬼カーミラ

文字数 8,200文字


【考察論】
 吸血鬼キャラクターのトップといえば〝ブラム・ストーカー〟の怪奇小説『吸血鬼ドラキュラ(1897年作品)』に登場する〈ドラキュラ伯爵〉ですが、次点で連鎖的に想起されるのが女吸血鬼〈カーミラ〉でしょう。
 あまりにも〈ドラキュラ伯爵〉の認知度が高いために〈カーミラ〉は〝ドラキュラの女性版亜流〟と捉えられる趣もありますが、実はこれは正しくありません。
 この女性吸血鬼は怪奇小説家〝ジョゼフ・ジェルダン・レ・ファニュ〟の『吸血鬼カーミラ(1871~72年年作品)』に登場したキャラクターですが、作品発表年は『吸血鬼ドラキュラ』よりもカーミラ嬢の方が全然前なのです。と言うかストーカーが『吸血鬼カーミラ』にインスパイアされて〈男性吸血鬼〉へと転化して書いた作品が『吸血鬼ドラキュラ』ですから、ルーツとしての威厳は『吸血鬼カーミラ』の方にこそあります。
 しかしながら、あまりにも『吸血鬼ドラキュラ』が売れ過ぎてしまったためかカーミラ嬢の印象は霞み、更には誤認イメージが独り歩きして今日に至っている傾向にあります。
 これは創作裏話的になりますが、自己小説『孤独の吸血姫』にてカーミラ嬢を〝もう一人の主役〟と据えたのには、そうした誤認イメージを少しでも払拭してあげたい想いもあっての事でした。何故なら〈カーミラ嬢〉は、私にとって児童ファンタジー文学『オズ・シリーズ』の〈オズマ姫〉と双璧の〝文学萌え〟だからw
 今回は、そんな〈カーミラ嬢〉について熱を語りたいと思います。


 まず軽く彼女について触れておきますと、真名は〝マーカラ・カルンスタイン〟で〝カーミラ〟というのはアナグラム(文字置換法)による偽名です。ちなみに劇中には、もうひとつ偽名が登場しており、ローラと出会う直前に彼女の家柄とは既知であるスピエルドルフ将軍の養女〝ベルタ・ラインフェルト〟を毒牙にかけた際の〝ミラーカ〟が、それ。どちらにせよアナグラムです。
 これは〈吸血鬼〉を縛る『霊的法則』のひとつで、彼等が別名を使う際には〝真名のアナグラム〟でしか名乗れないのです。
 はい『アナグラム』です。
 要するに〝英語スペルを並び替える方式〟という事で〝意味合いを含ませた関連性強調の偽名〟ではない。つまり自己名スペルと無関係な文字列〝スカーレットファング〟とか〝赤咲牙子〟とかは名乗れないという事ですね。
 あの〈ドラキュラ伯爵〉も古典ユニバーサル映画にしてドラキュラ映画第三作目『夜の悪魔(1943年作品)』にて〈アルカード〉という偽名で暗躍しますが、これは〝DRACLA↔ALCARD〟という逆読みアナグラム名。
 カーミラ嬢の場合は〝MIRCALLA↔CARMILLA↔MILLARCA〟というワケです。

 そして〈カーミラ〉としては〝少女〟ですが、本性〈マーカラ〉としては〝美貌の淑女〟です。
 彼女はヒロイン〝ローラ〟を獲物と定めて虎視眈々と狙いますが、実はローラの家系はカルンスタイン家の血統であり、つまりはローラにとって遠い先祖にも当たります。
 最終的には自らの子孫すら毒牙にかけようとするのですから、魔性の業とは恐ろしき……です。



 さて、どうしても、これは主張しておきたい。
 巷に鉄板像と流布している〈カーミラ像〉ですが、何故か〝黒ボンテージのキュッボンバンな女王様(「オホホホ!」と高笑い的な)〟といった像が独り歩きしています。
 が、原作に〝そんな要素〟は無いwww
 何処から出てきた印象なのかは不明ですが、少なくとも原作では〝血腥く深い闇を内包しながらも貞淑清廉な物腰の御嬢様(気分屋の癇癪持ち)〟です。
 ある意味〝古典界の悪役令嬢〟です。
 ま、本性〈マーカラ〉となれば判りませんが(マーカラとしての活躍は描かれていない)、少なくとも〝オホホホな淫靡ねーちゃん〟といった印象は無い。
 確かに〝ローラに対する欲情めいた吸血欲求〟は仕掛けますが、これまた〝御上品なレズビアン感情〟といった趣です。
 これは私的憶測に過ぎませんが……この残酷淫靡印象は史実の女吸血鬼巨頭〝エリザベート・バートリー〟の第一印象が混同されていません?(エリザベートしても拡張転化し過ぎですけれど)
 ともあれ、私にとって〈カーミラ様〉は〝高貴貞淑な闇の御嬢様〟なんですよね。
 先述した〈オズマ姫〉のダークネス型というか。
 その辺の誤認印象を払拭してあげたい想いもあって、自己小説『孤独の吸血姫』にて〝もうひとりの主役ヒロイン〟として据えたのです。
 本作で彼女に好感を抱いて頂き、原作を読んでくれる層が増えたらいいな……と。
 正しい〈カーミラ像〉に傾倒してくれる層が増えたらいいな……と。


 また、これも『孤独~』にて反映していますが……私的に彼女がローラへと見せるレズビアンめいた吸血欲求は、単に〝捕食本能〟だけには見えないんですよね。
 そこには確実に〝恋愛感情(同性愛欲求)〟が潜在していて、むしろそちらの方が根底動機──つまり〝本心〟として主体に見える。ただ、それが〝吸血欲求(吸血鬼としての性)〟へと無自覚転換されているというか。
 実際、本編にてカーミラ嬢はローラへ、こう吐露しています。
「あなた、死ぬのが怖くて? だけど、恋人同士として死ぬのは──いっしょに死ぬのよ──それはおたがいに生きることになりそうね。女の子というものは、この世に生きているうちは芋虫なのよ。そうしてね、それが蝶になるのよ。それまでは、それぞれみんなおたがいに性向と必然性と形をもった幼虫なの。(中略)わたくし、だれとも恋なんかしたことなくてよ。これから先もしないつもり。あなたとでなければ。(中略)わたくしはあなたのなかに生きているのよ。あなたはわたくしのために死ぬのよ。それほどわたくし、あなたを愛しているの」

或いは──
「あなたはね、わたくしにとってあなたがどんなに貴重なものか、ご存知ないのよ。求めることのできないくらい大きな信頼なんて、あなたに考えられないでしょう。でもね、わたくし誓いを立てていることがあるの。それがね、尼さんもおよばないくらいの厳しい誓いなの。だからわたくし、自分の話をあなたにさえ打ち明けられないでいるのよ。薄情だ、勝手なものだとお思いでしょ。だけどね、愛というものは常に勝手なものよ。熱烈なら熱烈なほどに勝手なものよ。わたくしがとても嫉妬深いの、ご存知ないでしょ。あなたはわたくしを愛しながら、わたくしといっしょにきっと死ぬのよ。さもなければ、わたくしのことを憎んで、憎みながらもわたくしについてきて、そして憎みながら死んで、死んだあとも憎み続けるか。わたくし、うまれつき冷淡だけど、無頓着というのとはまた違うのよ。(中略)恋には犠牲がつきものなのね。犠牲には血がつきものだわ」

 こうした切実な独白吐露が〝本性隠しの偽装詭弁〟とは到底思えるはずもなく、彼女の根底には〝永劫の孤独感〟と〝それを埋めたい抗い〟があるようにしか映らない。要するに〝恋に恋したまま死んで〈吸血鬼〉として転生した乙女〟というか。
 しかしながら、それを純愛に成立させじと阻むのが、無自覚な〝吸血鬼としての性〟で……。

 一方でノン気のローラにしてみれば、大親友の少女が時折〝獣めいた情欲〟にギラつけば、それは〝異端視恐怖感〟にドン引くw
 我々だって〝同性親友と馬鹿話に盛り上がる自宅呑み〟で、不意にアプローチ織り込まれた妙な空気に沈黙すれば、貞操危機を帯びつつゾッとするでしょ?www
 それは、ある種〈怪物〉と同じ空間にいる恐怖と同質です。
 だって、その瞬間〈親友〉は〈非共感異物〉になるんですから。
 とはいえ、微々と揺らいでいる辺りが……ローラ、実は百合気質潜在???

 で、こうした繊細なメンタリティーを彼女の像から感受(妄想?)した以上は「単なる〈忌避排斥悪〉としてのイメージを払拭させてあげたい」という想いも強く生じてしまい『孤独~』では〝そういうキャラクター〟として描いています。
 そして、そうした〝色/艶〟を内包している可能性を常態的に感受させてくるのが、彼女と〈ドラキュラ伯爵〉との明確な差異点だとも捉えています。
 ドラキュラ伯爵の場合も序盤で「ワシとて恋のひとつぐらいできるわい」と隷属女吸血鬼達(映画版でいうところの〈ドラキュラの花嫁〉)に吐き捨てていますが、そうした憐憫キャラクター要素は物語が進むにつれスポーンと置き忘れて〈絶対悪〉と化しています。
 それどころかドラキュラ伯爵の〈吸血欲求〉は、完全に『強姦暗喩』です。
 この辺りが〝心理から落とす駆け引きを根としている〟カーミラ嬢とは真逆で……でも実は、これはそのまま〝男と女の性欲求に対する意識差〟を投影している形とも言えましょう。
 脳科学的に、男の場合は〝行為そのものが快楽悦〟であり、女の場合は〝そこに至るまでのプロセス自体が快楽悦〟との事(だから、女はネチッコイ前戯に拘り、男は早く本番したくて焦らされる)。
 ともすれば、男性作家ながらも、こうした女性の性心理機微を綿密に描ききっているレ・ファニュの才……恐るべし!
 一方で、先述の〝ドラキュラ伯爵のキャラクター性に於ける変質〟は贔屓目に見ても演出計算によるものではなく、率直にブラム・ストーカーが大衆娯楽性優先でキャラクター設計を失念しただけと思われます
 実際、序盤は男性主人公〝ジョナサン・ハーカー〟を獲物として城へと幽閉しますが、それを歯牙に掛けようとした女吸血鬼達を憤怒の形相で退け「コイツはワシが唾つけたんじゃ!」とばかりに威嚇に守っています(そして、先述の吐露シーンに繋がる)。
 このシーンの構築要素を鑑みるに、初期段階の〈ドラキュラ伯爵〉には〈カーミラ〉を手本踏襲した〝同性愛嗜好〟も負わされていたのでしょう。そして、本来なら〝それに対する自己葛藤〟や〝それに近しい演出展開〟を構想していたとも勘繰れます。
 が、おそらく〝大衆娯楽性ありき〟にシフトチェンジして、すっかり失念したw
 この辺りの構成のアマさが「下らない三文小説だ(byリック・ベイカー)」たる立証の一例とも言えるかもしれません(モンスターコラム『吸血鬼ドラキュラ』参照)。
 だって、レ・ファニュは終始一貫してキャラクター構成を描ききっていますからね(だから、逆に『吸血鬼カーミラ』は文学臭が強くて大衆娯楽となれなかった──とは後述)。
 ですが、こうした〝悪役特化〟によって〈ドラキュラ伯爵〉が唯一無二たる稀代のビッグモンスターへと昇華されたのも事実です。
 ちなみに、この失念要素を愛着に拾いあげて再構成し〝本来在るべきだった像〟へと完成させた決定版的名作が巨匠監督フランシス・コッポラ作品『ドラキュラ(1992年作品)』になります。



 さて〈怪物〉として──。
 女吸血鬼としての先入観から非力にも思われるカーミラ様ですが、そこはさすがに〈魔性〉……実は結構戦闘能力高しです。
 正体がバレた末に、討伐へと追って来たスピエルドルフ将軍と真っ向一騎討ちとなります。
 そして、首めがけて振り下ろされる斧をするりと避わして懐へと潜り込み、剛腕をガシリと鷲掴み!
 勇猛なる将軍が渾身の力を以てしてもビクリともしません!
 はい、優麗な容姿に反して、意外とストロングスタイルです。下手をしたら〈ドラキュラ伯爵〉よりもステゴロに強いかもしれません。
 その後、そのまま逃げ去りますが、後日にてカルンスタイン邸礼拝堂の棺で休眠状態(マーカラ状態)に在るところを〝杭打ち&首落とし〟という古典的な退治方法にて始末されてしまいます。
 一見には残酷にして猟奇的ですが、この年代では当たり前の〈吸血鬼退治方法〉であり、そして現実的に確実性の高い方法です。
 そもそも吸血鬼は〈神聖な力〉には顕著に弱い性質があります(カーミラ嬢も讃美歌には震え、神に対して触れた際には烈火のごとく敵対視癇癪を爆発させる)が、いわゆる〈十字架/聖水/聖餅〉等の絶対的優位性を奮うのはキリスト教の定着以降であり、古典的民間伝承に準じた確実性でいえば〝切り札〟だったのは、この方法。
 
 また、カーミラ様の特異性として大きいのは〝サブカル型吸血鬼像が完成される遥か以前のキャラクター〟という点で、だから現在では鉄板化している吸血鬼の基礎設定が幾つか欠落しています。
 一番大きいのは〝陽光焼死はしない〟という点。
 この最大にして最強の吸血鬼退治手段は、実はドイツのモノクロ無声映画『吸血鬼ノスフェラトゥ(1922年作品)』から発生した演出です。
 なので、それ以前のキャラクターであるカーミラ様が負っているはずも無し、事実、物語の大半は日中展開です。
 しかしながら、まったく陽光の障害を受けないワケでもありません。
 もっぱらカーミラ様は〝夜型低血圧〟宜しくの生活サイクルで、昼過ぎからネムネムと起きてきます(可愛いな! もう!)。
 で、ようやくエンジンが掛かると、閑雅にローラとガールズ散歩の御時間(可愛いな! もう!)。
 つまり陽光による縛りは〝誘眠の呪縛が猛烈に強い事〟と〝コンディション的に本調子が出ない〟だけです。
 ちなみに、コレは〈ドラキュラ伯爵〉も同じ(彼の方がやや縛りが強いのか、主な活動は夕方から)。
 他にも〝首筋ガブリ吸血〟も描かれていません。
 具体的な吸血方法は描かれていませんが〝幻夢的状態に貪る〟のは確かなようで、その描写は〈吸血鬼〉というよりは〈幽霊〉の生気吸いを連想させます。
 この吸血鬼最大の特色も、時代を遡れば別手法だった事があります。
 舌の先端から〝棘のついた小舌〟が出て、それを使って微々たる傷を付けて吸う──というものです。
 カーミラ様が〝どういう手法〟なのかは定かにありませんが……そんなグロ手法、オレは認めねぇ!www
 きっと『牡丹燈籠』の〝お露さん〟みたいに「純愛欲情エロエロサービスあはん♡ 」に違いない!(何を口走ってるんだオマエ?www)




 実は『吸血鬼カーミラ』もホラー映画化はされています。
 佳作『女ヴァンパイア カーミラ(1964年作品)』が、それ。
 残念ながら私は未観です。
 スゴく観たいのですが(クリストファ・リー主演だし)、安値中古DVDが見つからず……無念。
 それどころか、あらすじすら知りません。
 なので一切語れません(悪しからずw)。
 ただ、まぁ……この年代の『ホラーあるある』として、だいぶ原作無視してるんだろうなぁwww
 黄金期の『怪物ホラー』は〝分かり易い大衆娯楽性〟に重きが置かれ、殊更〝モンスターの活躍シーン〟は呼び水としても重要でした。そうした商業意向から、まず〝それありき〟で再構築され、結果として原作のテーマメッセージなどの難解要素はオミットor陳腐化される事も珍しくありません。
 ですが、重厚淡々とした原作準拠作風でも受け入れられるようになった近年なら『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のようなゴシック大作と製作してもヒットするような気がするのですが……。
 観たいなぁ……。




 この『吸血鬼カーミラ』は語り継がれるエポックでありながらも『吸血鬼ドラキュラ』に比べて読んだ層は少ない傾向に在ります。
 これは発表当時からそうなんですが、その背景をチト触れておきましょう。
 発表当時のイギリスは活字出版技術や識字率も向上し、同時に『文学』の大衆娯楽化が始まりました。それまで『文学』は高貴な身分の人達だけによる特権ともいえ、大衆はせいぜい新聞を読む程度。しかしながら、ようやく大衆も気軽に『文学』へと触れられる環境に敷居が下がったのです。
 本作『吸血鬼カーミラ』も、そうしたムーブメントに乗じて『大衆娯楽』を意識して執筆された文学作品でした。
 が、大衆の多くは〝分かり易い通俗作風〟を求めている趣にあり、そうした意味で本作は的外れ気味でもあったのです。レ・ファニュの詩文的才は文学ビギナー的大衆目線ではやや難解な先入観を抱かせましたし、物語舞台や登場キャラクターも高貴層を主体としていましたから大衆の生活土壌とは別世界で感情移入も生じ難い(『吸血鬼』という題材は好奇心誘発に良かったのでしょうが)。
 一方で貴族階級からすれば『吸血鬼』などという題材は血腥くて下品な俗悪にしか映らず、これまた読むのは好事家のみという状態でした。この頃『怪奇物語』自体はありましたが、読むのは一部の好事家だけで、そうした層も奇人的な異端視を注がれていた時代です。基本的に彼等の娯楽文学といえば『アーサー王伝説』のような『ロマンス(騎士道物語)』等が好まれていました。
 ちなみに脱線ながらに記しておきますと、元来『ロマンス』とは『騎士道物語』そのものを指し『恋愛ドラマ』の事ではありません。それが、そうした中に含まれる『悲恋的ドラマティックエピソード(ランスロットとか)』を基準として『ラブロマンス』という俗称が生まれ、更にコレが近代にて『ロマンス』と俗略されて『恋愛ドラマ』そのものを指す意味へと変質してしまったのです。つまり広義解釈的には『聖戦士ダンバイン』も『ロードス島戦記』も『騎士竜戦隊リュウソウジャー』も『ロマンス』と呼んで何の間違いでもないwww
 閑話撤収──。
 ですから『吸血鬼カーミラ』は〝大衆娯楽〟としては花開く事が叶わず、後年に〝分かり易い勧善懲悪〟〝メッセージやテーマよりも好奇心誘発と痛快性への特化〟〝大衆階級の登場人物&等身大な舞台〟といった方向性の『吸血鬼ドラキュラ』はメガヒットするのです(ついでにいえば〈ドラキュラ伯爵:貴族階級〉が絶対悪として描かれ退治されるのは大衆心理代行の溜飲カタルシス)。



 最後に触れておきたい私的考察として、古典未完詩編『クリスタベル』との因果性を指摘してきます。
 この詩編の物語骨子は『吸血鬼カーミラ』と酷似しており、また、本作に登場する女怪〈ジェラルダイン〉は諸々の特徴合致に於いて〈カーミラ〉を彷彿させるのです。
 〝カーミラ × ローラ〟と〝ジェラルダイン × クリスタベル〟の関係性は酷似していますし、冒頭の出会いシーンも然り。
 ジェラルダインの正体については明言されておらず〈吸血鬼〉とも記されておりません。分析論の大半では〈魔女〉や〈幽鬼〉と仮定義される趣も多いですが〈魔女〉〈幽鬼〉にしては表現的に〈吸血鬼〉の方に近しい印象に在る……いや、或いは〈悪魔〉なのか……。いずれにせよ正体不明の女怪であり、それが無言の威風すら感受させます。作品が未完なだけに〈真相〉は永遠に闇の中ですから、ある意味では〈怪物史上最大の女怪〉とも呼べるでしょう。
 この詩編の作者は〝シェリー〟──そう、あの『フランケンシュタイン』作者メアリー・シェリーの夫です(ここに来ても〈フランケンシュタイン〉と〈吸血鬼〉は因果性を!)。
 シェリーはイギリス詩人でしたから、同じくイギリス作家であるレ・ファニュが本作を知っていた可能性は否めません。
 ともすれば、この未完詩編にインスパイアされて自己流再構成したのが『吸血鬼カーミラ』なのではないでしょうか?
 さながら『吸血鬼カーミラ』から『吸血鬼ドラキュラ』が生まれたように……。
 尚、こうした自己考察観念は『孤独の吸血姫』にて色濃く反映しております(ネタバレになるので詳細は書きませんが)。



「あの事件の恐ろしさは、とうの昔に消えてしまって、ただいまでは、カーミラの顔を思い出しましても、もうすっかりおぼろになってしまって、ものうげな美しい少女で思いだされるときもあり、あの破れ寺で見た断末魔の苦しみに悶えた姿で思いだされることもあり、そうかと思うと、客間の入口にふっとカーミラの軽い足音が聞こえたような気がして、夢のような思い出からはっと驚くこともございます」
 ローラの独白による叙情的余韻に物語は幕引きとなります。
 件の決戦の際、戦闘直前にカーミラ嬢がローラへと向けたいつもと変わらぬ微笑み──それこそが〈彼女の真実〉だったのではないでしょうか?
 永遠の〈美しき魔姫〉──。
 不変的な〈闇の令嬢〉──。
 麗しさと儚さと闇の魅力に彩られた彼女を、私は愛して止みません。


✒小説『孤独の吸血姫』✒


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