ゾンビ

文字数 14,063文字


【考察論】
 今日では最もポピュラーな怪物であり、モンスターの代名詞ともなっている存在です。
 その浸透力&共通認識は、もはや他のモンスターの追随を許さないほどでしょう(唯一、似通った性質の〈吸血鬼〉を除いては)。
 現在では〈モンスター〉の統括的なスタンスにもなっており『とりあえず〈ゾンビ〉さえ出しておけばモンスター映画としての体裁は整う』的に異形怪物の最大公約定義のような扱いにもなっています。
 細分化専門知識を要さないで済む共有認識定義も影響しているのか、熱狂的なファンも多く、特集書籍も数多く出版されてヒットセラーの定番でもあるようです。

 そうしたモンスターですから、多くの専門知識は「今更」的な蛇足かもしれません。
 マニアのみならず、ちょっとかじったビギナーですら少々の凝った裏知識は把握している事でしょう。
 ですが、今回は重複項を百も承知で書いていきたいと思います。
 また、今回の考察対象は、あまりにも複雑な背景を持つため、抜粋駆け足でも相当な文量になります。
 これでもかなりの作品や体系を削りましたが、それでも通常の倍近くとなる文字数となっております。
 諸々の点、御了承下さい。



 さて、まず現在〈ゾンビ〉と呼ばれている存在は、厳密には〈ゾンビ〉ではなく別な怪物です。
 皆様が〈ゾンビ〉と認識している怪物の特徴は
『未知の放射線やウィルスによって、世界中の死体が一斉無差別に再活動した〈死人返り〉である』
『脳の腐敗や損傷によって知性が欠落している』
『捕食本能のまま人間を襲い喰らう』
『襲われた被害者は統一環境に陥るので〈ゾンビ〉と化し、鼠算的に増殖していく』
『脳の一部(主に前頭葉)の機械的再活動によって復活した存在なので、頭部(脳)を破壊すれば活動停止する』
 と、いったところでしょう。
 しかしながら、これらの特徴は〝ジョージ・A・ロメロ〟監督の映画『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド(以下『NOTLD 』)』に端を欲します。

 本来の〈ゾンビ〉は南米ハイチに伝わる宗教〈ブードゥー教〉に伝わる〝死人返り〟であり、つまりは由緒正しい〈伝承怪物/妖怪〉なのです。
 つまり『NOTLD 』から始まったゾンビ像は〝知性欠落した死人返り〟という共通項だけであり、厳密には〈ゾンビ〉に似通った印象の〈SFモンスター/科学論怪物〉に過ぎないのです。
 こうした側面から筆者のように雑多な混同を嫌う怪物ファンもおり、そうした傾向から〈ロメロゾンビ〉または〈リヴィング・デッド〉と差別化する場合もあります(ちなみに、この辺は自己小説シリーズ『闇暦戦史』にて反映しております)。


 では、この〈ブードゥー教〉とは如何なるものか?
 これは南米ハイチに於いて発祥した、黒人達が信仰する〈アニミズム宗教:精霊崇拝〉になります。
 森羅万象には〈精霊:ロア〉が宿り、その恩恵や猛威の狭間にて我々は生かされている──という崇敬概念です。
 これは異端理念ではなく、そもそもは自然な信仰概念と言えます。
 日本の『神道』や『ギリシア神話』『ケルト神話』『エジプト神話』等の神話群や『アメリカンインディアンの概念』など……そもそも人間は〝自然の恩恵に感謝し、猛威には畏れを抱く〟のが普通でした。
 だから、その怒りを鎮めたり、或いは感謝を示して恩恵に肖ろうとするのが〝祭事〟というワケです。
 欧州圏に於いても、かつては〈アニミズム〉が根にありました。
 それが〈ドラゴン〉であり〈土着神〉であり〈神話〉だったのですが……やがて〈キリスト教〉の布教活動によって古き宗教は霊落させられてしまいます。
 一神教である〈キリスト教〉にしてみれば自分達が崇める〈神〉以外の存在は認められませんから、土着の多神教は排斥対象でしかなかったワケですね。
 多神教とは、それこそ〈アニミズム〉です。
 諸々の〈神仏〉が混在して組織的機能を果たすのは、各〈神仏〉が自然界の事象を端的に象徴した存在であり、つまりは〝オールマイティーな存在〟などおらず(稀にいたとしても最高神のみです)、各人が〝一長一短のエキスパート〟としてフォローし合うからです。
 だから、日本では〈妖怪〉と〈神様〉は表裏一体……というか同質のものなんですね。
 余談になりますが、日本では〈キリスト教〉以前に〈大乗仏教〉が伝来普及したので、これは幸い……文字通り『もっけの幸い』でした。土着信仰の『神道』が同じく多神教でしたから、両宗教は『神仏習合』が為されて〈アニミズム〉も根強く生き残ったワケです。

 さて、この『神仏習合』と似て異なる進化を遂げたのが〈ブードゥー教〉です。
 先述にて南米ハイチ発祥と書きましたが、もう少し詳細を述べるなら、源流は西アフリカ地方で各部族が抱いていたアニミズム信仰の混合統一形態になります。
 その中でも多数派部族である〝フォン族〟が崇敬していた〈ダホメ王国(現ベナン)の民俗信仰(明確な教義教典も教団も存在しないので〈宗教〉とは呼べない)〉が母体とされています。
 この信仰の概念は典型的なアニミズムで、崇められる自然神達は〈ヴォドゥン/精霊〉と呼ばれていました。
 この〈ヴォドゥン〉が、後の〈ブードゥー〉の語源です。
 さて、その頃の南米ハイチはフランス植民地であり、開拓発展の労働使役力として多くのアフリカ人達が連れて来られました。
 時代背景的に黒人達は白人達の〝奴隷〟または〝使用人〟であるのが常でした。
 そうした社会鬱積にて精神の解放と救済になっていたのが、先述の〈ヴォドゥン信仰〉でした。
 ですが、フランス当局は〝キリスト教布教〟の算段もあったためにコレを全面禁止。挙って〈カトリック教徒〉へと改宗させてしまいます。
 が、民族的に根となっている信仰が易々と捨てられるはずもなく、黒人達は表向きにこそ〈カトリック教徒〉として振舞いましたが、裏では自分達の価値観に合うように〈ヴォドゥン信仰〉と融合改変していたのです。
 つまり、この〈キリスト教〉と強引な融合を果たした〈ヴォドゥン信仰〉こそが、今日の南米ハイチに於ける〈ブードゥー教〉なのです。




 と、ここまで長々と〈ブードゥー教〉の背景を語りましたが、本項の考察対象は、あくまでも〈ゾンビ〉です。
 そもそも〈ゾンビ〉は〈ブードゥー教〉の禁忌秘術になります。
 この〈ブードゥー教〉には〈神官:オウンガン〉と〈女神官:マンボ〉という導師が存在し、そのヒエラルキーにて宗教体制が成立しています。
 しかし一方で、その呪術に長けた〈呪術師:ボゴール〉と呼ばれる聖職も存在しているのです。
 この〈ボゴール〉は様々な諸説があって定義が難しい存在です。
 一説では『〈ブードゥー教〉を私利私欲で邪教に歪めた恐怖統治の教祖』とも云われますが、そうかと思うと『〈オウンガン〉〈マンボ〉の懐刀的存在として正教に据えられている』とも云われたりもします。そうかと思うと『〈オウンガン〉のもうひとつの顔』とかも云われたりして、真偽を定め難いのです(ひとつだけ〈ブードゥー教〉の名誉の為に付記しておきますが、その呪術性から禍々しい印象にも映るものの決して〈ブードゥー教〉自体が邪教というワケではありません)。
 で、この〈ボゴール〉が行使する呪術のひとつが〈ゾンビ〉というワケです。
 この呪術は〝禁術〟の類であり〈ブードゥー教〉でも門外不出の秘術扱いとされています。
 宗教的なプロセスでは、蛇の下級精霊〈ズンビー〉を死体に憑依させて、命令に忠実な下僕と再生して使役するとの事。
 創造目的は〈ボゴール〉の定義如何でも変わります。
 邪悪ならば『私利私欲』ですが、神聖意図ならば『不信心者や罪人への罰』です。
 いずれにしても再生した〈ゾンビ〉には自我意識や知性は欠落し、ただ命令に従う〝ロボット〟のような存在となるのです。
 つまり正統な〈ゾンビ〉は黙々と命令をこなす〝奴隷ロボット〟のような存在で、命令以外の事には無関心です。明確に「アイツを襲え!」と口頭命令されない限りは襲ってきません──仮に隣で宴会していてもw
 こうしたカスタムメイド的生産背景ですから〈リヴィング・デッド〉のように即時大量増産は不可能なのも特徴と言えます。

 1980年代後半に米ハーバード大学の人類学者〝ウェイド・デイヴィス〟によってゾンビ研究を紐解いた書『虹と蛇 ゾンビの謎に挑む』が出版され、その中で紹介された〈ゾンビ・パウダー〉という秘薬こそが死体再生術の真実と持て囃された事がありました。
 曰く「河豚毒の〈テトロドトキシン〉を主材料にした秘薬で、コレを用いた仮死状態にして埋葬──後日、人知れず催眠術によって〝死体然と化した奴隷〟にしてしまう」という仮説です(東洋で云うところの〈蟲毒〉の類ですね)。
 この研究書物は『ゾンビ伝説(1988年作品)』として映画化されて話題となりました。
 そうしたフィーバー熱もあって、大衆は「すわ〈ゾンビ〉の謎、解明されたり!」とばかりに盲信しましたが、当時から他の専門家からは懐疑的な声もあり、近年になっては「たかだか〈テトロドトキシン〉だけで、それだけの効果を得るのは不可能」とバッサリ否定されています。

 では、結局〈ゾンビ〉とは何なのか?
 残念ながら、真相は闇の中です。
 そりゃ当然です。
 謎めいた宗教の最大禁忌なんですからw
 ただ、他の伝承怪物同様に、幾多もの目撃譚は語り継がれています。
 ですから、ポッと出のモンスターではなく、由緒正しい伝承怪物なのは間違いありません。



 この〈ブードゥーゾンビ〉ですが、現在こそ〈リヴィング・デッド〉に取って代わられて忘れ去られているものの、それ以前には『ホラー映画』として何本か題材とされています。
 最初の『ゾンビ映画』は『ホワイト・ゾンビ(1932年作品)』で、年代を見ると御分かりになるようにモノクロ映画となります。
 私自身は未観なので細かく語れませんが(ものすごく観たいのよ?w)、ハイチを舞台として、ヒロインに恋慕した呪術師が彼女を〈ゾンビ〉と化して誘拐、それを恋人である主人公が取り戻そうと戦う物語──なそうな。
 プロットを見て分かるように恐怖対象は〈ゾンビ〉というよりも〈呪術師〉の悪意です(ともすれば、同年公開の『ミイラ再生(1932年作品)』にも似ていますな)。
 そして、この〈呪術師〉を演じたのが『魔人ドラキュラ(1931年作品)』にて〈ドラキュラ伯爵〉を演じた〝ベラ・ルゴシ〟──もう、それだけでも鑑賞価値が刺激されます。

 ただ、一説には本作を皮切りにした『ゾンビ映画増産体制』は、植民支配したアメリカによる〈ブードゥー教〉のイメージダウン戦略とも云われております(真偽不明)。

 私個人の嗜好としては、やはりハマー社ホラーの『吸血ゾンビ(1966年作品)』が特別な存在です(こちらはDVD を所有)。
 ちなみに『吸血~』と銘打ちながらも、一切吸血しませんがwww
 この作品は『ゾンビ映画』としてもマイベストですが『怪物ホラー映画』としても指折りの一本です。
  コンセプトとしては『ホワイト・ゾンビ』と同様に、やはり〈呪術師〉の悪意が恐怖対象になります。
 しかしながら〈ゾンビ〉にも演出にも、正統派妖怪としての妖しい色気を感じられ『怪奇映画』としての醍醐味に満ちています(殊に『ヒロインの女友達がゾンビ化して迫り、スコップで首を殴り落として倒す悪夢』は、すぐに〝カニバリズム/人肉嗜喰〟へと走る『近年ゾンビ映画』の演出とは対照的に幽鬼妖怪的な心理圧迫恐怖に満ちた名シーンです)。
 この作品、実は『蛇女の脅怖』のクランクアップ直後に、そのセットや人材をそのまま流用して撮られた急造です。
 なので連続鑑賞していると、どちらを観ているのか一瞬判らなくなりますw
 本作は史上初の『カラー版ゾンビ映画』であると同時に『最後のブードゥーゾンビ映画』としても有名です。
 そして、何よりも完成度が高い。
 機会があったら、是非鑑賞してみて下さい。



 そして『吸血ゾンビ』から二年後に、いよいよ革命的な作品が登場します。
 冒頭で触れた『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド(1968年作品)』です。
 現在フォーマットとして認知されている〈ゾンビ像〉は、この『NOTLD』を起点としています。

 私には『掛け値無しにラストで鳥肌が立った名作ホラー』が三本あります。
 ひとつめがドイツ製サイレント映画『カリガリ博士(1919年作品)』。
 ふたつめが円谷プロ製作によるTV特撮ドラマ『怪奇大作戦(1968年作品)』の第12話『霧の童話』。
 そして、最後が本作『NOTLD』です。
 いずれもラストのドンデン返しにて「うわ?」と声を洩らすほど驚嘆した秀作です。
 機会がありましたら、是非とも、その目で確かめて下さい。

 さて、意外に知らない人もいますが、本作はモノクロ映画です。
 先述の『吸血ゾンビ』を見れば判ると思いますが、既にカラーフィルム時代です。
 しかしながら、まだまだカラーフィルムは高価で、製作会社も勝負作品以外にはおいそれと使えない背景にありました。
 という事は、おそらく本作は、それほど期待されていたワケでもない低予算の増産作品だったのでしょう(製作スタッフの気概は別としても、製作会社としては)。
 ですが〝秀逸な発明(アイディア)〟と〝巧みな演出〟で高完成度を見せつけ、伝説的作品に上り詰めます(多額の制作費に溺れるよりも、低予算故にアイディア勝負を仕掛けた方が『これまで見た事も無い革命的秀作』になる事象は万事によくあります……テ ● 東の企画物とかw)。
 この作品が如何に好評価だったかは、後年のシリーズ『ゾンビ(1978年作品)』『死霊のえじき(1985年作品)』が製作された事実を考慮しても明らかでしょう。
 殊に二作目『ゾンビ』は『ゾンビ映画史』に多大な影響を与えた……というか、近年まで続く〈ゾンビ定義〉を確個とした作品です。
 原題は『ドーン・オブ・ザ・デッド(死人の夜明け)』で、実は『ゾンビ』は邦題に過ぎません。
 しかしながら、このストレートで判り易いネーミングは世界に飛び火し、結果として万国共通に〈リヴィング・デッド型〉を〈ゾンビ〉と認識させたのです(余談ですが似たような経緯が『ランボー』で、そもそも原題は『ファースト・ブラッド』でしたが、二作目以降は邦題に過ぎなかった『ランボー』を世界共通に冠するようになりました)。
 初作『NOTLD』の劇中にも〈ゾンビ〉と呼ぶ台詞はありますが、私的感想では『未知の死人返りへ対する便宜的揶揄表現』に過ぎないように感じました。
 つまりは、この『ゾンビ』という邦題から乱用されたのが、今日の結果論なのでしょう。

 ちなみに三作目『死霊のえじき』の原題は『デイ・オブ・ザ・デッド(死人の日)』──初作が『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド(生きている死人の夜)』ですから『夜&夜明&昼』というネーミングもあって、これらは監督〝ジョージ・A・ロメロ〟の連作として『ロメロ三部作』と定義されています……が、実際には因果関係の無い独立作品です(後年には『ランド・オブ・ザ・デッド(2005年作品)』『ダイアリー・オブ・ザ・デッド(2008年作品)』『サバイバル・オブ・ザ・デッド(2009年作品)』が追加されます)。



 この『ゾンビ』のヒットを契機に、有象無象の『ゾンビ映画』が乱発氾濫します(厳密には『NOTLD』以降には既にそうした兆候にありましたが、本格的に『ゾンビ一色』となったのは、やはり本作以降でしょう)。
 独特の極彩美と容赦ない過激表現で伝説になった〝ダリオ・アルジェント〟監督作品『サンゲリア(1979年作品)』──。
 唯一無二のシェアード・ノベルとしてホラー大系を誇る『クトゥルー神話』から古典『死体解剖者ハーバード・ウェスト』の映画化としながらも、実質はオリジナルにアレンジされ、極端な猟奇エロスへと走った怪作『ゾンバイオ 死霊のしたたり(1985年作品)』──。
 後年には『スパイダーマン・シリーズ』の監督として一躍メジャー化した〝サム・ライミ〟監督が本領発揮とも言える低俗下劣さ全開で撮った『死霊のはらわた(1981年作品)』──。
 その他諸々、いずれも独自のアイディアは織り込んでいるものの、駄作も秀作も入り雑じり、とてもではないですが枚挙に暇がつきません。

 とりあえず私的に抜粋しておきたいのは『バタリアン(1985年作品)』ですか……。
 類を見ない『ゾンビコメディ』として名を馳せていますが、本作も『ゾンビ史』に於いて外せないシンボリック作品です(私的には『コメディ』というよりは『ブラックユーモア』と分類しています……ちゃんと『恐怖』の要素は織り混ぜているので)。
 原題は『ザ・リターン・オブ・ザ・デッド』──つまり『NOTLD』の正統続編と唱って製作された作品なのです……が、本作を〝そう認知している〟人は皆無でしょう。
 結果として『半公認/半非公認』な位置付けになっている、ややこしい事情の作品です。

 何故、こういう事態なのか?

 実は『NOTLD』にてロメロ監督と共同脚本家を務めた〝ジョン・ルッソ〟による作品だからです。
 本作はロメロ監督と揉めた末に、袂を別った形でルッソが独自に映画化しました。
 ですから『NOTLD』の続編としては『ゾンビ』と『バタリアン』に枝分かれしているのが実状なのですが、やはりファン心理としてはコメディ色の濃い本作は認められずに黙殺──結果として、その他の模倣亜流と同じ扱いになっています。
 しかしながら、決して〝蔑視嫌悪されている〟というワケでもないようで、この作品はこの作品で独自シリーズ化しており(『バタリアン2』『バタリアンリターンズ』『バタリアン4』『バタリアン5』と、近年まで製作されています)、また終始ヘビーシリアスな『ロメロ三部作』に比べると作風ヴァリエーションも『コメディ』『ティーンエイジャー』『シリアス』と多岐的です。
 ハードコア故に観る者を選ぶきらいにある『ロメロ三部作』と比べて、気軽な大衆娯楽として敷居を下げた功績も大きいと評価できるでしょう。

 そして、元来〝一山幾らの無個性群勢〟である〈ロメロ型ゾンビ〉に〝個性的なキャラクター化〟〝高い知性と会話能力〟〝生前と変わらぬ機敏な動作〟等を授けたのも大きい(老婆型ゾンビ〈オバンバ〉や事件起点となる〈タールマン〉や首無し解剖死体〈ハーゲンタフ〉等は本シリーズのシンボリックキャラクターです……もっとも日本配給会社側が勝手に名付けた邦名の可能性は否めませんが)。
 後年になりますと〈ロメロゾンビ〉の亜種にもエンターテイメント性を加味した存在も造られ、そうした要素が色濃いのが『ジャパニメーション』の分野です。
 多くは〝萌えキャラクター〟と造られますから『設定上〈再生死体〉という要素だけを踏襲した美少女キャラクター』というのが定石です。
 ともすれば『人並みの知性がある』『自我意思がある』『キャラクターとしての個性がある』『普通に日常動作ができる』ワケで、また作風によっては〈ホラー/恐怖〉というよりも〈ブラックユーモア/コメディ〉として描かれるのもザラです。
 そうした破戒的要素は何処にルーツがあるかと手繰れば……既に本作『バタリアン』でやっているワケですね。
 だとすれば、本作公開時から揶揄評価される「低俗な模倣パロディに過ぎない」という偏見は不当とも言え、ルッソが意識した『エンターテイメント素材としてのゾンビ像』は後年にて成就されたのではないでしょうか?
 実質『アニメ』『ラノベ』等のライトサブカルに於いてメインストリーム化しているワケですから、ルッソはルッソで『先見の明』があったとも言える……と分析するのは、私だけでしょうか?w

 また同時に、こうした〝後続像に多大な影響を与えた点〟以外に、実は他作品には絶対継承されていない『バタリアンだけの特徴』もあります。
 それは〝脳を喰らう事〟です。
 そう、彼等は〝人肉嗜喰〟ではなく〝脳に固執している〟のです。
 劇中に於ける〈オバンバ〉の説明によると「死んだ後は想像を絶する苦痛に蝕まれ続けるが、生者の脳を喰らう事で幾分か緩和される」との事。
 私的分析ですが、この特異な設定も『一般観客への敷居下げ』かもしれません。
 従来の〈ロメロゾンビ〉ならば〝肩肉ガブリと噛み千切り〟や〝内蔵を引きずり出して貪る〟などの過激シーンになります。
 ですが、この設定なら〝頭にガブリと噛み付く〟だけですから、実は絵面的には然程過激ではありません。
 はい、意外と観れてしまいます。
 少なくとも、往年のプロレスラー〝カミソリ魔・ブラッシー〟の噛みつき攻撃よりも優しいです(流血が無い分w)。



 ここまで『民俗伝承』から『映画史』と見てきて〈ゾンビ〉も〈ブードゥー型〉から〈ロメロ型〉へと発展してきたのは把握して頂けたと思います。
 が、死体達の革新的進化は、そこで終わりではありません。
 平成初期、これまた外せない〝進化〟を果たします。
 カプコン社によるテレビゲーム『バイオハザード(1992年作品)』の登場です。
 このゲームの知名度からして知らない人は皆無でしょうから、内容は省きます。
 本作にて定義された新要素が『ウィルス感染による発生』です。
 それまでも〝未知の宇宙線(『NOTLD』など)〟や〝科学実験による禁忌薬品(『バタリアン』『ゾンバイオ』等)〟などの原因は設定されていましたが、必ずしも合理的裏付けが設定されていたワケでもありません。
 ともすれば悪魔や魔女の〈魔術〉による再生すらありました(『サンゲリア』とか『死霊のはらわた』とか)。
 発生原因は〝異常事象成立のリアリティ付加〟に過ぎなかった感もあり、一応の蛇足的要素としての部分も強くありました。
 しかし、本作『バイオハザード』では、軍事開発されたウィルス兵器〈Tウィルス〉が設定され、ともすれば〝それ自体〟が物語骨子の根幹を為すほどに重きを置いたのです。
 軍事開発されたともなれば、その背景には〝科学技術を私欲に用いた悪意〟があり、つまりは〝作為〟が生じます。
 人間自身の意図が反映されるならば、何時如何なる場所でもシチュエーションを選ばずに〈ゾンビ〉を配置するのも容易となります(同時に、その野望を砕くカタルシスも負うようになりました)。
 のみならず〈単なる死人返り〉ではない〈遺伝子改造した怪物の素体〉とも利用でき、事実、本作では〈タイラント〉〈リッガー〉等の〝便宜上〈ゾンビ〉と設定しているものの実質は〈バイオモンスター〉〟という存在がボスキャラ級として多々登場します。
 これは(『ゾンビ史』的には)革命的で、後々にはジャンル問わずに様々な作品が〈怪物〉を〈変異ゾンビ〉と定義して出す風潮にも結実しました。
 つまりは『腐敗のグロテスクさで押す破損死体では新味が無くなってきた』という絵面事情に、一昔前なら〈SF怪物〉と括られていた〈花形存在〉を落とす事を成立させたのです。
 ……が、それは同時に「結局〈ゾンビ〉の定義って何だろ?」という『ゾンビのアイデンティティー喪失』とも呼べる無節操さにも繋がった負の側面でもありますw
 以降「〈吸血鬼〉じゃね?」「〈フランケン〉じゃね?」「〈怨霊〉じゃね?」と、まさに混沌とした状態になり、もう何でも〈ゾンビ〉と括れば成立するような『ゾンビの我田引水』が鉄板化しますwww
 う~ん、こういうのも、私のような〈王道怪物マニア〉が〈近年ゾンビ〉を受け入れ難くしている実情なんですよね……。
 何でもかんでも〈ゾンビ〉にカウントされては『怪物発展史』自体が衰退しますし、何より〈他怪物〉のアイデンティティーに失礼な気も……。
 まぁ〈ゾンビマニア〉は「また〈ゾンビ〉に新種増えた! イェー!」でしょうけど。

 本作がもたらした、もうひとつの革新は『アクションホラー』の確立です。
 つまり〝銃火器を用いた派手なアクションで、一山幾らの〈ゾンビ〉を蹴散らし、打倒ボスキャラへと邁進し、悪の野望を砕く〟という図式ですね。
 これは本作の映画版『バイオハザード(2002年作品)』やミイラ映画『ハムナプトラ(1999年作品)』を草分として、今日では『大衆娯楽型ホラー映画』の王道テンプレとなった作風です。
 そもそも〈ロメロゾンビ〉は〝存在自体がドラマツルギーやテーマの暗喩象徴である個体怪物〟とは異なり、基本的には〝無個性であり存在価値も掘り下げない〟ですから〈排斥障害〉としては相性がいいです。
 ドンパチの末に「死ねや! オラ!」と殺しても、別に叙情は誘わない(主要キャラ以外は)。
 はっきり言ってしまえば〈ショッカー戦闘員〉と同じポジションになったのです(で、その後に出てくる〈変異型ゾンビ〉が〈ショッカー怪人〉で、黒幕が〈ショッカー首領〉かw)
 好き嫌いの嗜好は別としても、この作風が大衆向け娯楽にまで『ゾンビホラー』の敷居を下げたのは事実です。



 日本に於いても『ゾンビ作品』は存在します(土葬文化やめたのにw)。
 最近では『アイ・アム・ア・ヒーロー』や『玉川区役所 OF THE DEAD』辺りがメジャーでしょうか(分類するに『カメラを止めるな!』はチト違うかと……好きな傑作ですが)。
 ですが、そうした作品が市民権を得る以前に、意欲的に題材化していたのは『Vシネマ』です(ジェネオン社製の多い事w)。
 この『国産ゾンビ映画』の代表的なタイトルは『ゾンビ自衛隊』『女子高生ゾンビ』『ゾンビ屋れいこ』『制服サバイバルガール』『お姉チャンバラ』辺りですか(JK率高いなw)。
 ただし御薦めはしません。
 どちらかというと〈カニバリズム嗜好系ゾンビマニア〉向けに製作されているのが常で、直接的な人肉嗜喰シーンなどの過激表現に力を注いでいるのがほとんど……一般人の感覚にはチト過激過ぎるのです(そんでもってストーリー面はスカスカですw)。
 私自身も〈カニバリズム系ホラー〉は苦手なので避けていましたが『(創作に対する)勉強』の為に一本買いました。
 『最終兵器女子高生RIKA ゾンビハンターVS最凶ゾンビ グロリアン(2007年作品)』が、それです。
 ギリまで『女子高生ゾンビ』と悩みましたが、本作にしました。
 え? 理由?
 出演俳優に〝きくち英一〟大先生(『帰ってきたウルトラマン』のスーツアクター)がクレジットされていたからwww
 内容は……特に書く事は無いです。
 まぁ『イケメンゾンビとディープキスした姉ちゃんが、舌をビローンと噛み引き出されて、ベロパッチンにクチャクチャと噛み切られた』ってなシーンがあって、しばらくグミ菓子を避けましたwww(ね? そういう路線が平気だって人は、どうぞw)
 ああ、でも、ボスキャラ〈グロリアン〉だけは特筆してもいいか。
 コイツは、先述の〈変異型ボスキャラ〉なんですが〝素体が武術達人〟という事で、剣術無双な上に〈気弾〉を使います。この要素と風貌を鑑みても、どうやら伝承妖怪である〈人食い鬼神〉をSFテクスチャーで作り直した怪物ですね。
 うん、コイツだけはカッコよかったwww

 とにかく『Vシネ系ゾンビ作品』は数が多く、また容易に入手可能です。
 しかし先述のように物語性やテーマよりも過激シーンに主軸を置いて作られているので、あまり御薦めはしません。
 ですが、この『Vシネマ』や『海外製B級』は、時として予想外の進化を促す土壌という側面もあります。
 例えば『デッドマンソルジャーズ』では〝ヒトラーが極秘製作していた不死者軍隊〟──。
 例えば『トレジャーゾンビ』では〝テンプル騎士団が呪いで復活〟──。
 和製Vシネマ『鎧 サムライゾンビ』では〝鎧武者が呪怨で死人返り〟──。
 公害による環境汚染は動物にまで影響して『ゾンビーバー』となり、ゾンビ肉を啄んだハゲタカは『ハゲタカゾンビ』と化し、また『フォレスト・オブ・ザ・デッド』では森林再生の為に樹木へ注入された成長促進材が伐採者を毒して〈ゾンビ〉へと変貌させる二次被害バイオハザードが発生。
 キワモノのみならず秀作もあって『レディオ・オブ・ザ・デッド』では〝ラジオ局籠城という閉鎖環境下のみで外界の阿鼻叫喚を描く〟という野心的演出──これは録画手記演出法を売りとした『 REC』の発展的着眼とも言える。
 また『ラストハザード 美しきジハード』では〈ゾンビ〉を〈不死症候群〉という奇病患者と定義して社会的弱者に据え、自我や人格すら保有している彼等を「もはや〈人間〉じゃないから!」とばかりに拒絶迫害する人間社会のエゴイズムを差別意識テーマとして取り入れている。
 そうかと思うと真逆な世界観を綴っているのが『ゾンビーノ』で、首輪型制御機械で〈ゾンビ〉を従順な召し使い化をして家事や日常を営ませる不思議な世界観。

 と、まあ起因も作風も実に豊富。
 大々的な興業収益を視野に入れずに済む小品ですから薄利多売的に増産できて、しかも自由に挑戦できる土壌なのでしょう。
 興味深いのが先祖返り的に〈呪術蘇生型〉も多々再登場している点で、しかも、そうは言いつつも〈呪術師〉の存在は無くなって〈自己呪怨〉に起因という辺りが〝進化〟とも呼べます(あと意外と〈ナチス〉多い)。
 ついでに言えば、このタイプは自我や性格を保有し、場合によっては人肉嗜喰性質が消失している事すらあります。
 なかなか面白い進化論です。



 サブカルの雄・ジャパニメーションでもメジャー題材と扱われるようになりました。
 本格王道と作られた『ハイスクール・オブ・ザ・デッド』辺りも有名ですが、私的には『ゾンビランド・サガ』や『これはゾンビですか?』なんかは、実に「日本サブカルらしい変質やなぁ~?」と楽しかったりw
 とりわけ『ゾンビランド・サガ』は大成功作品ですよね。
 『アイドル成長もの』『御当地タイアップ』『ゾンビ』『ギャグ』『萌え』と、よくここまで雑多な要素を混ぜて成立させたものです。
 そして、ヒロイン達は全然直球で〈ゾンビ〉してるのに、しっかりとアニオタ層から萌え人気を勝ち取りました。
 作品としても高水準ですので、機会があったら是非御覧下さい。



 さて、ここまで『サブカル史に於ける〈ゾンビ〉の進化』を追って来ましたが、ここらで〈怪物〉として考察します。
 最大の特徴にして最大の謎が、実は「何故、人間を襲うのか?」です。
 定番説は『死脳は腐敗や損傷が激しく自我や知性が欠落するが、前頭葉だけが起因物質の影響で活性化する為』でしょう。
 なるほど、一見には利に叶っています……一見にはw
 この〝前頭葉〟とは脳の前部に在る小さめの部位で〝好き嫌い〟等の本能的嗜好を司っています。
 だから、その原始的な捕食本能だけが機能して人間を獲物とし、また空腹によるものではない飽食だから常時食欲だけに支配されている……というワケですね。
 が、そもそも前頭葉以外の部位──大脳やら小脳やらがそれだけ腐敗していたら体を動かす事すら出来ないのが普通でしょうし、一過的な状況判断力とて欠落します。
 戸口から侵入する知恵すら無いでしょうし、そもそも視認情報外である〝隠れ潜む気配〟を察知して人間の存在を確信するなんて有り得ないでしょう(リアルタイムで視認したものへと襲い掛かるのが関の山です)。
 運動能力や動作にしても〝体幹フラフラ徘徊〟で済むはずもなく、最悪、再生場所から歩けないかもしれません(走る行為にスイッチが切り替わる事すら無いと思います)。
 また〝人間〟にだけ標的を絞るのも不自然です。
 脳が腐敗していたら〝人間〟だけを特別視に識別できるはずもありません。
 にも関わらず、家畜やペットはスルー……。
 この辺りについて『ゾンビ本』では合理的に説明付けようとする趣も見受けられますが、例えば某ムックでは『牛は巨体故に持て余すし、豚に関しては〝豚ヘルパス〟に対する生前の知識が本能として染み付いているのかもしれない』と、どうにも苦しい論です(どうして都合よく〈豚ヘルパス〉の知識は記憶として残るん?)。
 と言うか、これらの論には大きな穴があって……どうして隣の〈ゾンビ〉は襲わんの?
 どうして、コイツら徒党連携するの?
 これって〝人間〟と〈ゾンビ〉を識別してるって事だよね?
 そしたら〝対象識別する知性〟があるって事だよね?
 なら、基準は何?
 五体同じだから、外観的判断基準は〝醜怪さ〟だよね?
 でも、おそらく〝大怪我で全身醜くなった人間〟はスルーしないよね? 襲うよね?
 そんでもって、生前と変わらない容姿の〈美麗ゾンビ〉はスルーするよね?
 つまり明確に〝人間〟と〈ゾンビ〉を別物認識してるよね?
 あれ?
 物事判断できなくなるほど、脳が損傷してる設定じゃなかった?
 ってなワケで、私的結論を言います。
『そもそも〝人間(観客)を怖がらせる映画演出〟に過ぎないから』ですw
 はい、身も蓋も無いです。
 ですが、コレが真相なんだから仕方無い。
 所詮〝フィクション世界のリアリティ〟は『リアルに錯覚しているだけ』なので、そこを失念してあーだこーだマジになって設定を追求すれば、回避できない絶対的矛盾にブチ当たって根っ子から瓦解します。
 要するに『戦闘の傷は完治するのに、何故ケンシロウやルフィや炭治郎の古傷は治らないの?』や『どうしてウルトラマンは、生物の巨体限界の首長恐竜を凌駕する巨大さで重力に潰されないまま立っていられるの?』と同じレベルの『何故?』なんです。
 うん、野暮。
 その方が『作品演出』として盛り上がるから……としか着地しませんものwww
 だから、何でもかんでも「リアルだぜ! 隙がないぜ! 完璧だぜ!」なんて盲目心酔しないで、そこは『リアルに錯覚しているだけ』と大人な見方で楽しみましょう?
 その方が建設的ってモンですwww



 今回、かなり抜粋駆け足で綴りましたが、やはり語るに足りません。
 他にも語るべき作品や事象は多々あるのですが……。
 嗚呼『28日後…』が……『28週後…』が……『ゾンビランド』が……まだまだあるんだよ~!(涙)
 仕方ない……それらは、いずれ機会があったら個別に考察しますか。
 とりあえず締め括りとして、私の推し作品だけw
 『吸血ゾンビ』
 『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド』
 『28日後…』&『28週後…』
 『バイオハザード(初作)』
 『ゾンビランド』
 そして『ゾンビランド・サガ』!www
 良かったらチェックしてみてね ♪


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