ラミア
文字数 6,713文字
【考察論】
蛇女の類では〈メデューサ〉と双璧とも呼べる代表格モンスターが、この〈ラミア〉です。
出典はこれまた〈メデューサ〉共々『ギリシア神話』になります。
「神話最古の吸血鬼と呼べる」とか「蛇女の代表格」とかの排斥怪物的なデータ面重視に語られる事が多い彼女ですが、誕生背景を鑑みれば憐憫性に富む正統派モンスターと言えます。
本来の彼女は〈リビア〉の女王でしたが、主神ゼウスに寵愛され愛人となり、彼との間に子供を設けました(またかよ!)。
その為、彼の正妻である女神ヘラから嫉妬を買う事となります(またかよ!)。
ヘラから〝狂気に取りつかれる呪い〟をかけられた彼女は錯乱のままに我が子を殺害──正気に返って愛する我が子の亡骸を見せつけられた結果、発狂して怪物化してしまったのです。
そして、以降は完全に理性欠いた怪物として夜な夜な男性を拐い血肉を貪るように堕ちてしまいました。
また、このラミア誕生神話には幾つかの異説もあります。
まずひとつは『憤慨したヘラによって子供達は全員殺され、怒りと哀しみに暮れたラミアは子供を拐うようになり、やがて人喰いモンスターへと堕ちた』というもの。
基礎設定は前述と同一ながらも、ヘラが直接的行使に出ていて母親たるラミア自身に殺害させていない点が大きく異なります。
このラミア誕生神話にて注目したいのは〝ゼウスとの間に子供を設けた〟という設定で、ともすれば、この子供達は〈ペルセウス〉〈ヘラクレス〉同様の〈英雄(或いは資質を内包した予備軍)〉とも勘繰れますし、そうなればゼウスには単なる色欲ではなく〝新たな英雄の誕生を画策していた〟という目的意識が働いていた可能性も否めない。
しかしながら、こうした英雄にはヘラの嫉妬心が呪いと仕掛けられるのがギリシア神話の常であり、だからペルセウスやヘラクレスもそうであった。
そして、彼等は常に逆境から好転する運気が備わっていたが故に如何なる障害も乗り越えて〈英雄〉と花開く。
哀しいかなラミアの子供達は、こうした大成英雄のような〝幸運の寵愛〟に預かれなかったという風にも解釈できます。
もうひとつの異説……というか、これは付随的設定ですが、更にヘラはラミアに対して〝絶対に眠られない呪い〟を掛けたとも云われています。
一見地味にも映りますが、実はかなりしんどくて悪質な呪いです。
試しに二~三日徹夜してみれば分かります。
精神面でも体調面でも不調が生じますから。
ええ、たった二~三日の徹夜程度でも……です。
不眠症なら尚の事共感できるでしょう。
それどころか、これが慢性化するとバイオリズムまで狂うのか、今度はいざ眠ろうと好条件に在っても冴えて眠れなかったり……。
その気になれば「後々眠れるタイミングもある」と構えられる我々ですらこうなのですから、未来永劫常態的に〈不眠の呪い〉に晒されたラミアの苦痛といったら如何程の地獄でしょう。
この陰湿な報復劇は、さすがのゼウスも看過に済ませられないほど愁いたようで、彼はラミアの目を取り外せるように恩恵を授けました。いや、他にやりようあっただろう……とはツッコミも芽生えますが、ともあれ、これによりラミアは〝睡眠〟を得る事が叶いました。
ですが哀しいかな、既に正気を失った〈怪物〉です。目を外して眠れたは良いものの、目をつけて起きれば人を襲う日々を過ごすようになりました。
この説で興味深いのは、ヘラの加虐心がいつもより執念深いという点。
確かにヘラクレスやペルセウスに対してもしつこく念入りに悪意を姦計する事はありましたが、これらの場合は〝英雄に対してクリア困難な障害を仕掛けて冒険を未達成に貶める〟といったニュアンスが主体。
ですが、ラミアに対しては〈英雄〉でも何でもない女性に対して追い打ち的な呪いを仕掛けている。
しかも〈不眠の呪い〉に至っては、既に〝理性を欠いたモンスター〟にまで堕ちているワケですから罰としては充分。これ以上の罰など、ぶっちゃけ仕掛ける意味など無い。なのに、更に理不尽な追い打ちをしているのです。
つまりは、そこまでしても尚憎い存在という事でしょうか。ヘラ史上最大級にして赤裸々な〝女の嫉妬〟とも見て取れます。
このような誕生背景を起点に敷いた上で、ラミアの顕著な特性のひとつとして〝母親から子供を拐い喰らう〟というのがあります。
コレ、心底に染み付いた〝哀しい母性〟が駆り立てるんじゃないでしょうかね……その後の残虐な捕食は〝怪物としての性〟に呑まれたとしても(鬼子母神に似たりて着地は真逆)。
そうした哀しい母性面を強調させてあげたくて、今回の挿絵イラストでは一粒泣かせています。
この〝野外にて母親から子供を拐い血肉を喰らう〟という性質は〈悪魔女王リリス〉と合致する設定であり、その為か中世ヨーロッパに於いて〈ラミア〉と〈リリス〉を〝同一怪物〟と見なす拡張異説もあったようです。
また、こうした性質から多くの『吸血鬼アーカイブ』にて「神話最古の吸血鬼と呼べる」とか紹介されますが、私的にこの定義は「チト強引かなぁ?」と。
血を啜り喰らう性質のみで何でもかんでも〈吸血鬼〉にカウントしてしまっては、それこそ『ゾンビの我田引水』と同じ事象です(『モンスターコラム:ゾンビ』参照)。
だいたい〝人肉を喰らう〟という事は必然的に〝血を啜る〟という嗜食性質も連鎖的に帯びる……というか、副次的同義なワケで、それを言い出したらキリが無い。
実際『吸血鬼アーカイブ』を読むと、本項〈ラミア〉のみならず日本妖怪の〈鬼〉や〈濡れ女/磯女〉等までもがカウントされている場合が往々にしてあり、私的印象には御都合主義な広義選定にも見受けられてチト無節操かな……と。
その定義で括るなら〈ミノタウロス〉〈キメラ〉や〈鵺〉〈土蜘蛛〉とかも吸血鬼カウントされなきゃダメでしょう。
血肉喰らうよ? アイツらも?w
私的な定義ですが〈吸血鬼〉か否かの最低限ボーダーラインは〝人間容貌に在る(ドラキュラ型)/或いは人間的容貌から極端に逸脱していない(ノスフェラトゥ型)〟という要素が大前提であり、そこを越えた異形性に在るならそれはもう〈別怪物〉だと考えるべきです。
細分化カテゴリーを大局的カテゴリーへと強引に括り続ければ、やがて雑多な棲み分けは無くなり、この多彩な面白味は単一化に無味乾燥……最悪『怪物史』自体が衰退してしまう恐れもある(分かり易く類似例を挙げるなら、総て『仮面ライダー』に括ったから、別スポンサー以外の『仮面ヒーロー』は淘汰され〝特撮黄金期〟のような華やかな取捨選択の面白味は失せたのです)。
ともあれ、こうした憐れみを誘うバックボーンを内包しているというのは〈正統派怪物〉として不可欠な要素で、これは過去の『モンスターコラム』を参考にしても明白かと思います(例『フランケンシュタインの怪物』『狼男』等)。
これが欠落すると、近年『アクションホラー』の恩恵で主流と出世した〈排斥障害型モンスター:物理的ドンパチで殺せばいいだけの異形〉と化してしまう。
しかし、ラミアの神話については〝これだけ〟であり、以降の顛末は語られていません。
単に『怪物誕生エピソード』のみで『具体的なドラマツルギー展開』や『何者によって、どのように退治された』等は語られていないのです。
つまりは『怪物として創作されておしまい』という事。
淡白と言えば淡白なのですが、神話や伝承の怪物に於いては『あるある』とも言える扱いです(例〈キマイラ〉〈マンティコア〉〈グリフォン〉等)。
これは私的憶測ですが、おそらく『神話』とはいえ一時期は『怪物大量増産期』が在ったのでは無いでしょうか?
例えば〈日本妖怪〉ならば江戸時代の民俗文化発展期に〝浮世絵〟等の格好の題材として大量増産されました。現在我々が「わぁ、不思議で面白いヤツたくさんだぁ」と楽しんでいる妖怪のほとんどは、この時期に増産された。
或いは〈怪獣怪人〉文化は言うまでもなく昭和中期の〝特撮黄金期〟によって氾濫し、それが今日までの商業怪人文化史の礎となっています。
そして、こうした氾濫期に創作されたモンスターは現在でいう『怪獣怪人図鑑』と同様の面白さを趣旨として大量増産され、大凡〝奇異性特化/異形性押し〟に起因したチープさにも在るのです。
そうなると、やはり確固たる物語背景を持つ古参怪物に比べれば一山幾らの安っぽさは否めない。
そりゃそうだ。
だって『こういう怪奇な容貌だ/こういう奇妙な性質だ/こういう不思議な異能力だ』だけで押しているんですから、そこに『キャラクター性の重厚さ』なんかあるはずも無い(見てる分には多種多様に飽きないので楽しいけど)。
例えば〈ゴジラ〉と〈テレビ怪獣〉を比較すれば明白。
あくまでも劇中シンボリックとして据えられた〈ゴジラ〉〈ガメラ〉〈ガッパ〉等は、それ自体が〝ドラマツルギーの集約的象徴〟として機能していて、だから存在自体が暗喩メッセンジャーでもあり、物語テーマの象徴でもあり、また、それ自体が研究考察対象にすらなり得る深みがあります。
ですが〈ショッカー怪人系〉には、これが欠落している。
だって〈アマガンサ:登場作品『仮面ライダースーパー1』〉や〈SL仮面:登場作品『秘密戦隊ゴレンジャー』〉で『濃厚な分析コラム』なんて書けないでしょう?
オイラだってイヤだよwww
まぁ、この手の増産期モンスターの在り方は『手頃な大衆娯楽』が本分ですから、それはそれで善いのですけれど(実際に面白いし)。
そして、こうした氾濫期のキャラクター増産によって、そのジャンルが後世まで燦然と君臨するジャンル大系として確立するのも事実です。
例えば『巨大ヒーロー』『等身大ヒーロー』『戦隊ヒーロー』『スーパーロボット』『リアルロボット』『妖怪退治』『聖鎧もの』『美少女戦士』『ポケモンもの』『セカイもの』『異世界転生』『スローライフ』『悪役令嬢』etc……挙げればキリが無い。
こうした氾濫期を迎えるというのは〝ジャンルとして確立する〟大前提でもあり、また同時に原点本家よりもチープ化する宿命も孕むものなのです。
と、ゴメン……チト脱線w
つまりラミアの創作背景には、こうした異形増産氾濫期の影が見え隠れするのですよ、私的には。
ラミアの下半身蛇体というスタイルは〈蛇女〉としては非常にスタンダードなデザインであり、また直球ながらも有無を云わさぬ説得力に足ります。
上半身は裸身美女という扇情的美観ながらも、下半身はおぞましい巨大蛇という醜観──〝女の性誘発〟と〝怪物の忌避観〟を無理なく融合させたデザインは、まさに〈女怪〉の面目躍如といった醜美共存内包の見事な完成度に在ります。
同方向性コンセプトとしては真っ先に〈人魚〉が連想されますが、アチラは〝魚尾〟という点で美観の域にて万事が完成されている。
対して本項〈ラミア〉は生理的忌避対象たる〝蛇尾〟という点が大きく、これによって〝忌むべき女怪〟たる本分が機能した上で尚且つ美観としても成立しているのです。
無論〝蛇尾〟は〈ラミア〉だけの専売特許ではありませんから、古今東西の神話伝承に存在します。
例えば中国の女神〈女禍〉がそうですし、我が国にも〈夜刀ノ神〉がいます。先述の妖怪〈磯女/濡女〉もそうですし、何よりギリシア神話怪物の母神たる〈エキドナ〉も蛇体女怪です。
とりわけ同じギリシア神話怪物である〈エキドナ〉は無縁に思えません。
この〈エキドナ〉及び夫たる〈テュポン〉は〝ギリシア怪物の産みの親にして頂点に君臨する者〟〝オリンポス神総出でも苦戦は免れない大怪物〟という壮大な設定を持ちながらも、実は具体的なエピソードが無い存在なのです。
つまり『怪物大系』を確立する為の共通裏設定でしかない。
強大無比にして実像が不明なシンボリック存在ですから、これは〈悪魔王サタン〉並みに好奇心を誘発するのも当然。
が、あまりにも強大過ぎますから下手に動かせるキャラクターではない。
オリンポス神ですら苦戦必至なのですから、到底〈人間英雄〉で下せるはずも無し……というか、下せてしまっては神々の威光は地に堕ち、最悪『ギリシア神話』の世界観自体がパワーバランス瓦解に破綻します。
そこで、この〈邪神エキドナ〉のイメージソースを手頃に廉価アレンジしたモンスターが〈ラミア〉だったのではないでしょうか?
ま、あくまでも私的推測ですが……。
サブカル媒体に於いて〈ラミア〉自体を直球的に扱った作品は皆無に思います。
まぁ『映画/アニメ/漫画/ゲーム/小説』といったメインストリームはトータルするとピンキリ星の数ですから、調べれば何処かに何かしら在るような気もしますが……少なくとも私が記憶する範疇には無い。
同じ〈蛇女〉でも圧倒的に〈メデューサ〉の方が多いように見受けられます。
しかしながら興味深い事に、この〈メデューサ〉が〈ラミアデザイン〉と融合した像というのが近年では主流化している。簡単に言えば〈ラミア〉に〈メデューサ〉の頭部を据えた混合像。
おそらく起点となったのは海外特撮映画『タイタンの戦い(1981年/アメリカ作品)』でしょう(本作は2010年にCGリメイクされましたが、そちらでも踏襲されています)。
詳細は『モンスターコラム:スケルトン』を参照にしてもらうとして要点のみを記すなら、本作はペルセウス神話の映像化であり、そうした方向性ですから当然〈メデューサ〉はラスボス格の一人として登場しています。ストップモーションアニメーションの神様〝レイ・ハリーハウゼン〟による仕事でしたが、この新解釈像は初見にインパクト絶大でした。
それまでの〈メデューサ〉は『妖女ゴーゴン(1964年作品)』の〈メゲーラ〉のように〝頭髪蛇を据えたものの、それ以外の容貌は人間/特殊メイクを施した女優が蛇ヅラ被っただけ〟というスタイルがオーソドックスであり、これはおそらく神話準拠にても正しい。
神話には蛇体とは記されていませんから。
ですが、反面「人間風貌である」とも明記されてもいないワケで、この穴を突いた新解釈像がタイタン版メデューサ。
モンスターとして絵的に締まるカッコよさの為か、以降は『漫画』『ゲーム』『モンスターイラスト』等でもコチラの〈メデューサ像〉が描かれる趣も増えました。
また〈メデューサ〉への転化とは別に〈蛇女〉の王道として〈ラミア〉のデザインコンセプトが起用される傾向もジャパニメーションサブカルには多々あります。
例えば『獣神ライガー』に登場した悪の女王〈女帝ザーラ〉ですか。相当に巨大な蛇女(ライガーすら凌ぐ!)で、永井豪作品特有の〝シャープな美貌ながらも悪意に満ちた邪笑がハマる〟〝人外イメージを強制誘発する青原色の肌〟が相俟って、かなり強大且つ邪悪な印象に在ります。とはいえ、ここまで強大な悪役貫禄だと、イメージソースは〈ラミア〉というより〈エキドナ〉の方だとは思いますが……。
そして、忘れてはならない……というか〈ラミア〉フォロワーキャラクターとして大成した代表的キャラクターは『邪神ちゃんドロップキック』の〈邪神ちゃん〉でしょう。外見こそ〈ラミア〉そのものですが、中身は『クレヨンしんちゃん+ケロロ軍曹』という……ね。愛すべき〝コマッタちゃん〟です。近代ラミアヴァリエーションとして、あの子を越える名キャラクターは、しばらく出ないでしょうw
ちなみに〈女帝ザーラ〉にしても〈邪神ちゃん〉にしても『邪神=蛇身』という掛詞遊びになっているとは思います。
さて、締め括りに今回のモンスターイラストについてチト種明かし。
実は最初〈蛇女〉を描こうとしていました。
いえ、梅図かずお先生や古賀新一先生の漫画でも無ければ『仮面ライダーストロンガー』『東映版スパイダーマン』でもなく『ハマーホラー映画』をイメージソースにした路線で。
が、私のモンスターイラストは、まず『フリーイラスト販売』在りきで描かれ、それから挿絵や投稿ネタと流用されます。
で『フリーイラスト需要』として鑑みた場合〈蛇女〉だとあまりにも凡庸性が低いので流し「そんなら〈メデューサ〉は?」となったのですが、今度は頭髪蛇がメンドクサイので流し……で〈ラミア〉チョイスとなりましたw
そうした経緯で今回の『モンスターコラム』も〈ラミア〉というマニアック題材を書かざる得なかったのですw
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