狼男

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【考察論】
 皆さんが認識している〈狼男〉は、実はユニバーサル映画『狼男(1945年作品)』や同社の前身映画『倫敦の人狼(1931年作品)』から誕生した〈版権モンスター〉です。
 未だ誤認も多いのですが、いわゆる〈狼男〉はユニバーサル映画から誕生した創作モンスターで、神話の〈獣人/狼人間〉とは異なります(この辺は『ハリー・ポッター アズカバンの囚人』で軽く触れられていますが、あの講釈は正しいのです)。
 メイキングを観れば『ジキル博士とハイド氏(1931年作品/原作:ロバート・ルイス・スティーヴンソン)』をベースに、当時センセーショナルだった話題『狼少年:狼に育てられた野生児』をミックスして試行錯誤に完成させた経緯が語られています。
 そもそも〈伝承型狼男〉は〈獣人/狼人間〉と和訳した方が正しく、呼称も〈ライカンスロープ〉〈ウェアウルフ〉〈ルー・ガルー〉と様々存在します。
 対して〈映画型狼男〉は〈ウルフマン〉と呼ばれて区別されますから別物です。
 我が国では総じて〈狼男〉と和訳されるせいで、混乱に拍車が掛かっている趣もあります。



 伝承にある〈狼男〉は〝呪い〟や〝魔術〟によって人間が変身した姿(或いはさせられた姿)です。
 ルーツとされているのはギリシア神話の〝リュコス王〟で、悪徳にまみれたこの王は、人間に化けて偵察に来訪した全能神ゼウスへ赤ん坊の肉を接待として差し出した非人道的鬼畜ぶりによって怒りの鉄槌を受け、街を滅ぼされ、更には狼へと転身させられて荒野に放たれました。
 これがギリシア語『リュコス(狼)』の語源とされ、これに『アントローポス(人間)』という意のギリシア語が合わさって〈リュカントロポス〉となりました。更に、これが英語訛りとなって〈ライカンスロープ(獣人)〉の語源ともなったようです。
 広く知られている〈ウェアウルフ〉という呼称は、古英語が語源とされています。この〈ウェア(WERE)〉は古英語に於いて〈WER (人間の男性)〉を意味し、直訳すると〈男狼〉となるのです(ちなみに女性の場合も共通的に〈ウェアウルフ〉と呼ばれます)。面白いのは〈WER 〉の語源を古ノルド語の〈VARGR (犯罪者/追放者)〉とする別説で、そうだとすると〈背徳者たる怪物〉の本質を的確に表現した語源と言えます。
 また〈ルー・ガルー(LOUP-GAROU )〉はフランス語であり〈LOUP(狼)〉は〝狼〟の意になります。一方で〈GAROU 〉は古フランク語で〈GARULF〉なのですが、古フランク語はフランス語変換すると〝W 〟が〝G 〟へと置き換わったり消滅するらしく、即ち〈WEREWOLF〉が由来となっているそうです。つまりは〈GAROU 〉だけで〈狼男〉を意味しますから〈LOUP〉は重複した接頭語という事ですね。

 また、中世に於いては〝魔女の秘術〟としての〈狼人間〉が存在します。
 魔女達は〈サバト(邪悪な降霊祭)〉によって悪魔との契約力を高め、呪文と魔法薬によって〝狼の毛皮〟と一体化して〈狼〉となるのです。

 つまり本来伝承上に在る〈狼人間〉とは〝人間の知性を備えた狼そのもの〟になるのであって、いわゆる〈二足歩行の狼怪人〉ではないのです。



 一方で、一般層が認識している〈狼男〉は〈ウルフマン〉と訳される存在で、ユニバーサル映画から誕生した版権キャラクターではあるのですが、その設定や演出があまりにも巧妙な完成度であったために〈伝説上の怪物〉と誤認されて今日に至ります。
『人間に獣が融合したような二足歩行の狼怪人』『満月の夜に理性を欠いた狼男へと変身する』『噛まれると呪いが感染して狼男になる』『銀のステッキで撲殺するか銀の弾丸でしか殺せない』などの特性は、この映画から生まれたものです。

 ここでモンスター雑学に明るい方なら「ちょっと待って? 南米伝承に在る〈ロビスオーメン〉は、映画『狼男』そのままだけど? これが映画のルーツで、やっぱ伝承怪物じゃないの?」と思われるかも知れません。
 しかしながら、少なくとも私がモンスター考証に開眼した時代には〈ロビスオーメン〉なる分類はありませんでした(その頃の私が疎かったとされれば、それまでですが)。
 そもそも古くから伝承に在るなら『ロビスオーメン(不吉の予兆)』なんてストレートな英語ネーミングはおかしい(一応はポルトガル語の〈LOBO(狼)〉+〈HOMEN(人間)〉が語源とされていますが……どうにも後付けこじつけくさい。それが本当なら、きっちり現代英語の造語に偶然なる?)。
 この〈ロビスオーメン〉なる定義の基礎設定は寸分違わず映画『狼男』と合致する点も不自然です(根本の〝ジプシー伝承〟という点すら同じ)。
 つまり『発生歴史的に浅い』と考えるのが妥当でしょう。
 おそらく比較的近年に〈映画版狼男像〉を『伝承モンスター』と並列化させるため作為的に生まれたメタフィクション概念ではないかと私的には考えています(今回は割愛しますが、こうしたサブカル事情主導に民間流布される流れは珍しくありません)。

 真偽は分かりませんが似たような印象に〈ワー・クリーチャー〉というのもありますが、これはもっと露骨に懐疑的です。
 この〈クリーチャー〉とは〈生き物〉を意味する英単語ですが〈ワー・クリーチャー〉なる概念では変身する動物によって呼称が変わるのです。
〈ワー・ウルフ〉〈ワー・ベア〉〈ワー・タイガー〉等々……すごく記号っぽい(何だか〈バルイーグル〉〈バルシャーク〉〈バルパンサー〉……みたいな〈戦隊ヒーロー〉的な〝分かり易い記号化〟を感じる)。
 確かに〈獣人〉は世界各地に分布するものの、その地域によって生息動物が違うし、そもそも〈獣人〉自体も発祥やバックボーンが違うから単一的に括るのは強引過ぎる(〈牛魔王〉と〈ミノタウロス〉と〈牛頭鬼〉を〈ワー・カウ〉とするようなモンです)。
 これも真偽は分かりませんが、私的には『テーブルトークRPG 』全盛期にて〈ウェアウルフ〉をベースに拡張定義してゲーム世界観へと落とすべく生まれた造語概念だと思っています。




 さてさて本題の〈狼男/ウルフマン〉に話題を戻しますが、ユニバーサル映画『狼男』が原典……とされていますが、厳密には違います。
 実は『狼男』の源流は同社の映画『倫敦の人狼』であり、基礎的な設定(『噛まれると呪いが感染する』や『満月の光で理性を欠いた二足歩行の獣人に変身する』など)は、この映画で既に完成されています。
 そもそも映画『狼男』は『倫敦の人狼』のリメイク企画でしたが、脚本家〝カート・シオドマク〟が脱民間伝承としてブラッシュアップしてオリジナル要素を高めて再構築した作品なのです。
 メイキングインタビューにてシオドマクは「かつての『倫敦の人狼』を〈SF作品〉として新生させた」と述懐しています。この〈SF〉としての定義を、どの程度の尺度で解釈するかは個人差で分かれるところではありますが、確かに『事象説明に因果的合理性を伴っている』という視点からは、なるほど確かに〈SF〉と呼べなくもありません。例えば〝銀の武器でしか倒せない〟というのは『狼男』からの発明ですが〈銀〉はギリシア神話に登場する〈月の女神アルテミス〉の属性です。アルテミスは同時に〈狩猟の女神〉であり、動物に対して絶対的な支配力を持っていましたから、変身きっかけとなる〝月光〟と併せて〈狼男〉に対しては〝絶対的な支配力〟と機能するのでしょう。今日では〈SF〉と呼ぶには無理があるような気もしますが、当時に於いては充分〈SF〉的要素だったのかもしれません。

 もうひとつの重要要素は、この怪物が〈ナチスドイツ〉の暗喩という側面です。
 この頃、ナチス党の台頭が著しく、一部のドイツ系ユダヤ人はアメリカ等に亡命しました。そうした映画関係者の中には、同じくドイツ系ユダヤ人である〝カール・レムリ〟を頼って〈ユニバーサル社〉へ身を預ける者も少なくなく、シオドマクもその一人でした。
 狼とは〈ナチスドイツ〉がシンボルとしていた動物です。ともすれば〝ナチスドイツを〈悪〉として裁いた暗喩象徴〟と捉えられるかもしれませんが、事はそう簡単ではありません(だから、このキャラクターは奥深い)。
 この〈狼男〉という怪物は、普段は善良で誠実な人物です。しかし〈狼の呪い〉によって自らも〈狼〉と化し、愛すべき隣人達を手に掛けるのです。平常時には〝人間〟へと還って悔やみ嘆き、再び悪行に染まる事へ怯えようとも、自分自身ではどうにも出来ません。呪いが発動すれば自制効かぬ殺戮者へと身を堕とし、そして〝人間〟に還っては〝良心の呵責〟に苦悩して泣き濡れるのです。
 これはつまり〝ファシズムの徴兵制度〟に対する痛烈な批判風刺であり、戦時中でありながらも〝人間の尊厳〟を高らかに謳った勇気ある作品です。ともすれば〝チャールズ・チャップリン〟の名画『独裁者』と並列に捉えても遜色が無い社会派なのです(……が、一般には『怪物映画』という側面だけで軽視されている風潮が、私的にはすごく歯痒い)。




 さて、この『狼男』で主役の〈狼男/ラリー・タルボット〉を演じたのは〝ロン・チェイニーJr 〟になります。
 父親は無声映画時代の大スター〝ロン・チェイニー〟で『オペラの怪人』『ノートルダムのせむし男』等々……様々な作品で様々な大役をこなし、演技設計のみならず容姿までもガラリと変わる事から〝千の顔を持つ男〟と称された性格俳優です。
 父親はJr の役者志望に反対でしたが、父親没後、Jr は文学作品の映画化『二十日鼠と人間』にて主役好演を評価されて本作へと抜擢されます。以降、Jr は〝ローレンス・タルボット(二作目以降〝ラリー〟は愛称と再設定された)〟を演じ続ける事となりますが、ユニバーサル・モンスターに於いて俳優が代わらなかったキャラクターは唯一〈狼男〉のみとなります。
 作品に於いては〝モンスターサスペンス〟的な『倫敦の人狼』よりも主人公の悲哀と苦悩に満ちた人間ドラマとなっており、Jr の得意とする〝泣きの演技〟も映えて今日の鑑賞眼を以てしても見応え充分です。殊に本作はまだ〝銀の弾丸で銃殺〟ではなく〝銀のステッキで愛する者から撲殺される〟という退治方法でしたから、その〝痛み(心身共に)〟が観ている側にも共感的に伝わって涙腺も弛む痛々しいものです。
 筆者的に特筆したいのは、重要な狂言回しとして登場する〝ジプシーの老女(二作目にて〝マリバ〟と命名された)〟で、演じる〝マリア・オースペンスカヤ〟の燻し銀な味によって存在感が抜群でした。

 ただし、この『狼男』のシリーズ展開は、以降、少々報われません。
 二作目になるのは『フランケンシュタインと狼男』──続編は、同時に『フランケンシュタイン第五作目』になるのです。以降『フランケンシュタインの館』『ドラキュラとせむし女』『ドラキュラの館』とバーター的扱いが続き、最終的には同社のコメディ映画『凸凹コンビシリーズ』まで三匹まとめての登場となりました。
 要するに続編以降はコラボありきの扱いとなってしまったのです。
 とはいえ、いずれもドラマ面に於いては、やや〈狼男〉に比重を置いた骨子にはなっていて、やはり〝ラリー・タルボット〟がドラマ性に特化したキャラクターだという事の立証とも言えるでしょう。
 更には〝(狂暴な本能任せとはいえ)他怪物に立ち向かって相討ち〟という末路がほとんどですから〈ダークヒーロー〉としての側面もあったのかもしれません。実際、日本の『変身ヒーロー』の原点『仮面ライダー』は数多くの海外ホラーから影響を受けていますが、殊更〝主人公が内包する負の変身体質への葛藤心理〟や〈ショッカー怪人〉に与えた影響は大きいでしょう(最初の幹部怪人が〈狼男〉なのも納得です)。




 戦後になりますと御多分に洩れずハマー・プロダクションによって『吸血狼男(1960年作品)』が製作されます(別に吸血しませんがw)。
 こちらは怪奇小説『パリの狼男(著:ガイ・エンドア)』の映画化ですが、当時ハマーは『宗教裁判』を題材にした映画を撮る予定ながらもテーマ的に問題視されてクランクインならず頓挫、予算経費の都合からセット流用したために舞台がスペインへと変更された経緯にあります。
 世界初の『カラー版狼男映画』でしたが(ハマーにしては珍しく)シリーズ化されずに単品で完結。
 これ以降〈狼男〉は冬の時代に入りますが、80年代にSFX 最新技術として〈アニマトロニクス(着ぐるみ等にギミック機械を内蔵する事で、より生物的な表現を可能とした特撮)〉が登場すると、格好の題材として再脚光を浴びます。
 発端となったのは『狼男アメリカン(1981年作品)』で、当時主流となった『ティーンエイジャーホラー(青春劇と作風融合されたホラージャンル)』の火付け役でもあります。この作品でSFX 担当だった〝リック・ベイカー〟はアカデミーメイクアップ賞を受賞して一躍有名となり、後年には特殊メイク界の大御所と登り詰めました。
 そして、同年の『ハウリング(1981年作品)』や『狼の血族(1984年作品)』と狼男史に欠かせない名作が連続公開。このプチブームが吸血鬼映画の傑作『フライトナイト(1985年作品)』誕生まで飛び火したのです。
 しかしながら、そうした過熱の流れは『吸血鬼映画』『ゾンビ映画』へと吸収され、またも『狼男映画』は沈静化時代へと突入します。
 休眠期にも〝ジャック・ニコルソン〟主演の『ウルフ(1994年作品)』が製作され久々の『狼男映画』として話題となりましたが、ジャンル自体の隆盛は芳しくありません。


 再ブーム……とは言えませんが〈狼男〉の表立った復活は『アンダーワールド(2003年作品)』『ヴァン・ヘルシング(2004年作品)』『トワイライト~初恋~(2008年作品)』辺りになりますでしょうか。
 しかしながら、時代の志向は〈アクションホラー〉へと推移し(『トワイライト』はラブロマンスでしたが、大なり小なりアクションエンターテイメント要素は含んでいる)、ユニバーサル時代から継承された必然なのか単品モンスターというよりも〈吸血鬼〉のバーター的扱いが続きます。

 そんな中でファン待望にして納得の映画が〝ジョー・ジョンストン〟監督による『ウルフマン(2009年作品)』で、これはタイトル通り原点『狼男』の現代技術リメイクです(特殊メイクはリック・ベイカー御大!)。
 流れとしては巨匠監督〝フランシス・コッポラ〟による『ドラキュラ(1992年作品)』『フランケンシュタイン(1994年作品)』の好評を受けての製作のようですが、原作再現度はコッポラ版『ドラキュラ』と双璧の名作です(逆に『フランケンシュタイン』はイジリ過ぎでいただけない……)。
 これらはいずれも『CG』の登場によって表現が飛躍的進歩を遂げた事が起爆剤となっています。




 さて、よく〈狼男〉に関しては『酒乱の暗喩』という俗説を聞きますが、これは正しくないようです。
 メイキングを観れば誕生経緯の試行錯誤が窺えますが、ベースとなっているのは『ジキル博士とハイド氏』であり、その〝怪人変身〟の要素を〝獣人変身〟に置き換えたのが本作です(ともすれば、もう一方の俗説「狂犬病の暗喩」の方が当たらずとも遠からず……でしょう)。
 つまり、あくまでも『人間の内に眠る暴力性や悪心』の象徴であり、それを〝理性(人間性)〟によってコントロールする事の重要さを示唆した直球型モンスターなのです。

 ですが、未だに『酒乱説』を盲信している人も少なくありません。
 では、この『酒乱説』は何処から発生したのか?
 明言化された訳ではないので私的考察の範囲になりますが、おそらくこれはロン・チェイニー・Jr 自身に起因していると思われます。
 つまりJr は重度の酒乱だったのです。
 普段は物静かな性格ですがアルコールが入ると大虎へと豹変し、劇中恋敵役であった〝パトリック・ノウルズ〟とは大声で罵りあう喧騒が楽屋に絶えなかったとか。
 この状況に辟易したヒロイン役の〝イヴリン・アンカース〟が監督に直訴して大部屋から個室へと移してもらい、さて一安心したところで、今度は「このアマ! 俺の楽屋を盗りやがったな!」と怒鳴り込んで来る始末……もう手に負えませんw
 こうした蛮行が劇中役に準えて皮肉となり、独り歩きしたのではないでしょうか?



 ともあれ〈狼男〉は不滅の怪物です。
 ここまでの内容を読めば解りますが、モノクロ年代には『特殊メイク』、80年代には『アニマトロニクス』、2000年代には『CG』と……表現技術に革命が起こると、格好の題材として必ず復活するのですから。

 次は如何なる〈狼男像〉が現れるのか……。
 モンスターファンは心待ちにしようではありませんか。


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