第29話 休日デート(2)

文字数 2,630文字


 (あおい)と雅也が付き合うようになったのは二年ほど前だ。二人が勤める支社の忘年会でたまたま共通の友人を挟んで会話をしたことがきっかけだった。
 どちらが積極的だったのかは碧には思い出せないが、雅也のつるっとした感じの童顔を気に入ったことは確かだった。

 雅也は自分の話をするのが好きだった。いつでも話の中心が自分だった。碧はそういう性格の人間をあまり好きではなかったが、雅也の話には危うさと脆さがあって、それを指摘しながらフォローしてやるのが面白かった。

 偉そうなことを言うくせに、その土台がふらふらしている。自分の創作料理を自慢する割には、それがあまり美味しくない料理人。そこに少しばかり手助けして、味を改善してやる役目に自分が嵌ったとき、碧は楽しさを感じた。

 今にして思えば、付き合い始めた頃の雅也は、自分からその役割を演じてくれていたに違いない。

 アミューズメントパークでは、VRを使ったゴルフの練習場に行った。雅也は半年前からゴルフを始めていた。まだコースには二回しか出たことは無いらしいが、ちょくちょく練習場には通っている。

 碧はゴルフをまったくやらないので、練習場では後ろから雅也の熱中ぶりを眺めていた。自分がやらなくても、雅也が夢中になってクラブを振り回している様を見ているだけでも楽しかった。

 碧は雅也の背中を見ながら、昼食時のやり取りを思い起こしていた。雅也は碧が転勤込みで昇進することを賛成してくれたということでいいのか、碧はその判断に自信が持てなかった。

 このまま順調に社内での審査に合格すれば、私は来春から昇進する。転勤は少し嫌だが、給料も確実に上がるだろう。

 はて、私はその先に何を見出そうとしているのか。ゴールというものがあるのか。

 そんなことを考えていると、バッグの中のスマホがブルブルと震え出した。千恵からの着信だった。

「碧さん、ありがとう」スマホに当てた耳に、お礼を言う千恵の言葉が入ってきた。「無事に家に帰ることができたのは碧さんのおかげです。それに、もう施設には入らずに済みそうです」

「それは良かったですね」
「それで、これからカフェラテを連れて家に来てくれませんか」

 今は外出中なので戻ったら顔を出すと告げて電話を切ると、碧は無意識に首を回した。関節がぽきりと音を立てる。千恵の希望通りになったことへの嬉しさはあまり感じず、むしろ長いこと借りっぱなしだったものをようやく返すことができた時のような、ほっとした気分が大きかった。

 雅也のゴルフ練習が終わると、二人はゲームセンター内のコインゲームコーナーに移動した。
 会員の雅也はプリベイトカードで二千円分のコインを買い、意気揚々と競馬ゲームを始めたが、周りが小中学生で占められていたためか、次第に居心地が悪くなって三十分も遊ばないうちにやめてしまった。
 碧自身は横で雅也が遊んでいるのを見ているだけだったので、雅也の熱が冷めれば長居する理由がなかった。

 これで二人にはアミューズメントパーク内で次にやることが見つからなくなってしまった。雅也はカラオケを誘ってきたが、碧が渋い顔を見せるとすぐに引っ込めた。お互いに歌が好きということでもないので、雅也としても言ってみただけなのだろう。
 そこで碧から、一番上の階にあるボウリング場はどうか、と誘ってみたが、今度は雅也が複雑な表情を見せた。あまり乗り気ではなかったようだ。

 結局、二人は施設内の立体駐車場に戻った。

「ドライブにしようか」雅也が言った。
「そうだね」

 二人の乗る車は海岸沿いにある大きな海浜公園を目指して出発する。途中、コンビニでソフトクリームを買った碧は、甘いクリームを舌の上で溶かしながら、今日は時の流れが遅いな、と思った。時刻はまだ午後二時半を過ぎたばかりだった。

 これまでのデートではどんな雰囲気で何をして雅也との時間を過ごしていたのか、碧の中にすっきりと浮かび上がってこない。思い出せないことに少し苛立ちを覚えた。

 日頃は運転中も饒舌な雅也なのに、今日は普段よりも口数が少なかった。やっぱり「結婚」という単語を出したのがまずかったのかな、と碧は思った。

 四十分かけて公園の駐車場に到着した二人は、背中からの強い風に押されるように園内の遊歩道を歩いた。碧はごく自然に雅也の腕を取る。二人が並んで歩くと、雅也の頭がわずかに高い位置にきた。

 人工の砂浜に来ると、雅也が「中に入る?」と聞いてきたが、碧は首を振った。周りは家族連ればかりで、カップルはほとんどいない。波打ち際では小さな子どもたちが歓声を上げながら遊んでいた。

 二人は遊歩道に戻って空いているベンチを見つけて座ったが、日の光を浴びていた座面の熱さに耐えられず、すぐに立ち上がった。

「太陽ってすごいよな」
 雅也が笑いながらつぶやいた。碧はその言葉にびくっとした。

「あれだけ地球から離れているのに、これだけベンチを熱くできるんだぜ」
「雅也は宇宙に興味があるの?」
「別にそういうわけじゃないけど、すごいと思っただけだよ」

 雅也は海に向かって歩いていくと、砂浜に降りる石段に座った。碧は雅也の後ろに立って、水平線の彼方を見つめた。

 碧はふと思いついたことを雅也に聞いてみた。
「夏はこんなに暑くなるのに、冬になると太陽の熱が届かないわね。どうしてだと思う?」

「クイズなのか?」雅也は苦笑した。「それは、太陽が遠く離れるからだよ」
「地球と太陽の距離って一年中同じだと思うよ」
「じゃあ、知らない」
「地球が傾いて回っているからなのよ」
 碧は先日図書館で知ったばかりの知識を披露した。

「その話はテレビのクイズ番組で聞いたことがあるよ」雅也はそう言うと、碧に隣に座るように(うなが)した。

「じゃあ、次は俺から問題だよ。鎌倉幕府の次は何幕府だ?」
「宇宙クイズじゃないの?」

 碧が口を尖らせると、雅也は「俺は歴史の方が得意」と言い返す。せっかく雅也と宇宙の話ができるものと膨らんだ碧の期待は数秒で萎んだ。

 でも、まあいいか。くだらない会話は沈黙に比べればずいぶんマシだった。碧は適当に「織田幕府」と答え、雅也の笑いを誘った。

 二人は一時間ほど公園内をブラブラと散策した。その後、碧はマンションまで送り届けてもらって雅也と別れた。碧は雅也が部屋に入りたがるかも知れないと少し警戒したが、彼はやりたいゲームがあると言ってあっさり引き上げた。
 そういう展開になると少し物足りない気分になる碧だった。 
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