第7話 カフェラテの来訪(2)

文字数 2,383文字

「私は今、この生物の身体を借りている状態なの」
 カフェラテは頭を上下に振りながら喋った。長い口と長い舌が邪魔そうな素振りだった。
「これはやむを得ない措置だった。私は精神体しか存在しない身なので、船から出ると他の生物の意識に入り込まないと活動を維持できないのよ」

「意識に入り込むですって?」
(あおい)、あなたも物体として形と質量を有する肉体と、形も重さも持たない精神体の二種類で構成されているでしょう。今の私は、精神体としての私がカフェラテと呼ばれる肉体の中にいるということなのだ」

 碧はカフェラテの口調に引っ掛かりを感じながら、質問を続けた。
「今のあなたの状態は、カフェラテを乗っ取っているという理解でいいのかな?」

「意識を占有させてもらい、身体(からだ)を使用させてもらっているというのが正しい。思考するのは私で、身体を動かす場合には、この生物の脳に必要な指示を出している。加えて精神体の生命維持のために最低限のエネルギーを生物から受容しているの」

 カフェラテの話す内容は何となく理解できたが、碧には頭の中にイメージを造り出すことができなかった。
 はっきりしたのは、目の前の愛らしい犬は、宇宙からやってきた生物に乗り移られてしまっているということか。

 中学生の頃、同じような設定のSF小説を読んだことがあったな、と碧は思った。

「ということは、目的はやっぱり地球の侵略なんだよね」
 碧の言葉を聞くと、カフェラテはガルルルと唸った。碧は笑われたような気がした。

「私の言ったことがおかしいの?」
「そうではない。この生物の行動制御が瞬間的にできなかったということだ。本来は無意識下であっても、この生物は私が制御できるはずなのだが、どうもうまくいかない」

 カフェラテは後ろ足で腹を()いた。身体を乗っ取っている精神体が照れている態度なのか、それともカフェラテの本能による(かゆ)みへの反応なのか、碧には判断ができなかった。

「私がこのカフェラテと呼ばれる犬の身体を借りることになった経緯は実に偶発的なものだった。カフェラテがその場にいなかったら、生命維持は不可能だった」
 カフェラテの中の精神体は、自身が乗る宇宙船が故障し、篠崎邸の庭に緊急着陸したのだと説明した。それならば碧が昨夜見た白い光は、墜落してきた宇宙船だったのだろうか。

「花火が当たって事故が起きたということ?」
「地表面で爆発を繰り返していた飛翔体のことであれば、あれは故障とは無関係だわ」

 だが、緊急着陸をオペレーティングする際には邪魔になったよ、とカフェラテは言った。

 碧はカフェラテと会話をしながら、つくづく犬という生き物は、人間に比べると表情に乏しいものだな、と思っていた。動物の実写映像にアテレコをしているようだ。どうしても、どこかに声の演者が隠れているような感覚がある。
 子ども向けの特撮ドラマに出てくる着ぐるみキャラクターの場合、顔に変化を付けられないので、身体を使って感情表現をするが、カフェラテの中の精神体にも少しは見習ってほしかった。

 それにしても変な口調だ。カフェラテの話す言葉は碧に違和感を持たせた。語尾が混乱している。日本語に不慣れだからこうなるのか、と考えるうち、素朴な疑問が湧いた。

「宇宙から来たばかりなのに、どうして日本語を話すことができるの?」
「それはね」カフェラテが説明を始めた。「この言語については、千恵の意識下から学習したのよ」

 カフェラテの話では、その生命体に接触することでその生物の有する情報を受け取ることができるのだという。ただし言語については他の情報と違って論理的なマトリックスを構成する必要があるため、一時的にカフェラテの脳内に仮想の言語野を構築してから精神体が共有するのだそうだ。

 それが具体的にどういう仕組みで可能になるのか、カフェラテは説明をはじめたが、碧は途中で音を上げた。
「もういい。あなたの説明が私に理解できない」
「それは仕方がない。この星に存在しない技術を、この星の言語で説明するのは難しいのだ。しかも千恵と碧が記憶している語彙に限られるのだから、なおのことだ」

 要するに情報源となった人間が保有する情報を超える内容は、この精神体には説明できないということなのだろう。自分の知性の低さを指摘されたような気がして、碧は嫌な気分になった。

「篠崎さんから情報を受け取ったのは分かるけれど、私の記憶をいつ受け取ったのよ」
「千恵の家の庭で接触したではないか」

 情報をもらうには、一定時間、対象者に触れていればいいのだという。
「それで相談なのだが、碧が保有する情報を学習するのには、まだ接触時間が不十分なのだ」カフェラテはローテーブルの上に飛び乗ると、碧の目前に迫ってきた。「この星の単位で〇・八六時間ほど、私を抱いてもらいたい」

「何だか分からないけど嫌だわ。無理無理」碧は腰を後ろにずらすと、両掌をカフェラテの前に突き出して拒否した。

「どうして?」
「カフェラテならいいけど、あなたは別の生き物でしょう。生理的に無理。それに私の頭の中を覗かれるのも無理」

「生理的に無理と言われることの意味が私には理解できないな」カフェラテはテーブルから降りると、胡坐をかいている碧の足元に近づいてきた。碧は後ずさりして逃げる。

「逃げないで協力してくれ」
「あんたの性別はどっちなのよ」碧は聞いた。「メスならいいけど、オスだったら絶対に駄目」

「私には雌雄の別はない。私たち種族はそういう繁殖手段は用いない」カフェラテはそう言うやいなや、膝の上に飛び込んできた。引き()がそうとして、その身体を両手で抱え上げた碧に、カフェラテは「ちょっとの間だけだ。碧には何の影響も出ない」と言う。

「断る。私の何かがあんたに奪われるような気がするもん」碧はカフェラテの前足の脇を持つと、その顔を自分の顔に近づけて睨んで見せた。
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