第29話 悩めるスポーツ少年
文字数 4,586文字
放課後、早速行動を起こしたのは奈々ちゃんだった。
違うクラスである事も全く気にせず大股で入り、水城君の前まで迷う事無く進んで行く。
そして後ろから遠慮がちに入るわたし…
美波ちゃんは部活かな?クラスが一緒のはずだが見当たらない…
「やっぱ来たか…葉月…」
「当然でしょ!!あんた美波に何したのよ!?」
アニメキャラの如く腰に手を当て顔を水城君の真ん前まで近づける奈々ちゃんを見て、水城君はため息を吐きげんなりしている…
「…別に…ちょっと告白しちゃっただけだよ。」
「告白ぅ!?何よあんた!やっぱり美波の事好きなんじゃない!!」
「嫌いなんて言ってねーぞ…」
「お黙り!あんた灯が雛森君と付き合い始めたからって美波に…そりゃ振られて当然ね。」
「振られてねーよ!…ちょっと驚かしちゃっただけで…別に…」
「でも逃げられたじゃない!ちょっと!!灯も何か言ってやってよ!!」
と、今度はわたしに迫る奈々ちゃん…。
無理矢理水城君の前に押し出され、彼と目が合うと何だか気まずい雰囲気になった気がした…
「…え、え~っと…水城君はさ…いつから美波ちゃんの事好きになったの?」
「え?ああ、そこ聞く?」
「だってやっぱり気になるし…嫌ならいいけど…」
「いや、話すよ。葉月がうるさいし…。まぁ、ちょっと付いて来いって…」
水城君は意外にも冷静に鞄を手に席を立つと教室からさっさと出て行ってしまった。
わたしと奈々ちゃんも顔を見合わせきょとんとしたが、慌てて後を追って行く…
水城君…蒼と一緒に居たせいであいつの冷静さがうつったんじゃ…いや、元々彼はこういう人なのかな?日向君が落ち着き無さ過ぎるだけで。
*****
「俺が三島を好きになったのはさ…正直いつからかとかわかんないんだよ。気づいたら気になって好きになってたって言う…」
『ああ~、それね!』
連れて来られたのは駅前のカフェだった。学校の最寄り駅と言う事もありうちの学校の生徒もちらほら確認出来る。
「…水城君部活休んだんだ…」
「腹壊したって雛森にメッセージ入れといた。」
「うん…なんか心配してるよ?ほら…」
蒼から届いたメッセージ画面を水城君に見せると、彼は少しだけ引いてしまったようだ…
本当、蒼ったら友達想いなんだから…
「そんな事より…美波よ!どうするの?」
「どうするって…」
ショートケーキの苺を突きながら、奈々ちゃんは水城君を厳しく見やった。
ちなみに水城君はアイスティーでわたしはミルクレープだ。ここのケーキセットは安くて美味しい。
「…どうするって…告白し直すよ。何か冗談で言ってるって受け取られたみたいだし。」
「あんたが日向みたいにおちゃらけて言ったんじゃないの?美波の様子は?」
「口聞いてくんないし目も合わせてくんない…」
「当然ね…。美波もあんたが灯を好きだって事知ってるんでしょ?そのノリで言ったって捉えられても仕方ないわよ!自業自得だね。」
「そうなんだけど…。葉月、お前って本当ズバズバ物事言うよな…そこがお前の良いところなんだけど…」
「それ!簡単に好きでも無い女の子褒めたりしちゃダメよ!美波が誤解するんじゃない?あの子真面目だし、灯みたいに夢見がちって訳じゃないけど純粋だし…」
「え?マジ?俺知らないうちに誤解させてたのか…??花森、お前も?雛森が他の女子褒めてたら嫌?」
話を聞きながらミルクレープを突いていると、突然水城君がわたしの方を向いたので危うくフォークを取り落としそうになってしまった。
いけないいけない…。今蒼は居ないんだから、滅多にドジな事出来ない…
「う~ん…確かに嫌かも。その光景が想像出来ないけど…」
「確かに。雛森はそう言うキャラじゃないよな。」
「あんたと雛森君比べてどうすんのよ?あれは特殊だからね?ついでに日向も駄目よ?あいつは…稀に見ない馬鹿だから。」
『ああ~、うん…』
奈々ちゃんの言葉にわたしと水城君は同時に深々と頷いた。
しかし奈々ちゃんも奈々ちゃんでいい加減日向君の事ちゃんと見てあげれば良いのに…
冷静に分析しながらショートケーキを頬張る姿を見て、奈々ちゃんはやっぱり可愛いなと思いながらも日向君頑張れとエールを送りたくなった。
「…とにかく、告白するなら真面目にしないと!」
「真面目…壁ドンとか?」
「そんな事したら美波引くわよ!!それで世の乙女が落ちると思ったら大間違いなんだからね!!」
「そうなの?俺真面目に答えたんだけど…」
「あんたも馬鹿ね…がっかりだよ…」
真面目な顔してアイスティーを飲む水城君と突っ込む奈々ちゃんを見ながら、わたしは密かに蒼の壁ドンを妄想してみた。
それはそれで結構有りかも…格好良いかもしれない…
「灯、妄想はやめよう?」
「ご、ごめん…でも壁ドンって状況とタイミングが合えば格好良いなぁなんて思ったりして…。あ、あはは!」
「壁ドンねぇ…そういや灯されてたよね?」
「え!?さ、されてないよ!!まだ!!」
「雛森君じゃなくて…忍先輩。あれは偶然だったけど先輩イケメンだし背高いから様になってたなぁって…」
「え?忍先輩?ああ…あれはただ単に寝ぼけた先輩がまだ足元が覚束なくて転びそうになったんでしょ?たまたまわたしが通りがかってたまたま背後に壁があってそうなっただけで…」
「そうそう。あの人寝ぼけると本当危なっかしいのよねぇ…イケメンだけど。」
「そうそう、寝起きなんて最悪だよ?悪魔だし!…イケメンだけど…」
「お前らその先輩の顔好きなんだろ?イケメンだから。」
『うん、顔は好き!』
「くそ、なんか気になるなその先輩…!もしかして三島もタイプなのか?その…顔?」
「…違うって。写真見せたら楓先輩カッコいいってはしゃいでたし。」
「あ~、楓先輩も黙ってればイケメン部類だもんね。うっかりさんだけど…」
「お前らの部活どんだけイケメンいるんだよ!?」
と、結局話は最終的に反れまくっていた。わたし達の部活、そして水城君の部活の事なんかで…
気が付いたら結構外が暗くなっていて、スマホを見たら案の定蒼からの着信がぼちぼちと入っていた。
「…遅い…後数分したら探しに行くところだったぞ?」
「やめて!」
帰宅するとやっぱり家の前で蒼が待っていた。何故か仁王立ちで無駄に迫力がある。
この過保護過ぎるところはやっぱり何とかして欲しいかも…。せめて水城君に分けてあげて!
「蒼さ…心配してくれるのは嬉しいけど小さい子供じゃないんだから…」
「同じだろ…」
「いや、同じじゃないよ!?蒼の中でわたしって小学生くらいで成長止まって見えてない?」
「……」
「考え込まないで!!そこは『違う』って言って!!」
「いや、違わないかも…」
「そうなの!?じゃあせめて中学生くらいまで成長させてあげて…蒼の中の灯ちゃんが可哀想だよ…」
「考えておく…」
「検討中なの!?」
蒼はやっぱり蒼で通常運転だ…。まぁ、それが蒼だから良いか。
そしてその後、いつもの様に夕食を終え部屋で宿題を見てもらっているとふと今日の水城君の事を思い出した。
腹痛心配してたしここは正直に話しておこう…。水城君の為にも。
「あのね、蒼…今日水城君がさ…」
「ああ、急な腹痛らしい…ちょっと心配だ。」
「やっぱり…。あのさ…それなんだけど…」
「…なんだ?まさかお前もそうなのか?どこが痛い?胃か?」
「わたしは大丈夫だよ…胃薬見つけに行かないで…」
素早く立ち上がった蒼の足首を掴むと、慌てて止める…
ああ、きっと明日特別な胃薬でも持って行くつもりだったんだろうな…水城君に…
「なんだ、そうなのか?ならいいけど…」
「うん、そうなの…座って…」
「?」
「…あのね、水城君実はお腹痛いって言うのは嘘で…」
「なんだ?もっと悪いところが…」
「ち、違うって!!顔近いよ!!落ち着いて!!」
「…すまん…それで?何で水城はそんな嘘付いてまで部活を休んだんだ?そして何故お前がそれを知ってる?」
「いや、だからそれを今から話すんだって!そんな目で見ないで!!」
急に険し顔になったのでわたしは慌てて誤解を解くため早口で説明した。
話が全く進まない…蒼が真面目過ぎて…
*****
「つまり、三島に告白した水城はふられたということか?」
「違うよ!!」
「だって逃げられたんだろ?そういやお前も逃げようとした様な…」
「わたしの事は今関係ないでしょ!と、とにかくそんな訳で水城君は悩んでいるって事なの!」
当然蒼は思った事をそのまま口にした…。水城君がこの場に居なくて良かった。
「…成程な…道理で三島も心配していた訳だ…」
「え?美波ちゃん話したの?」
「いや…部活一緒だろ?それで帰り際水城の様子を聞かれて…何処か不安そうな顔をしていたから気にはなっていたんだ…」
「…そっか…蒼も心配だったんだね…」
「まぁな…三島は駒井の事もあったし…水城はその頃から色々と気に掛けて積極的に話し掛けてたよ。虐められて孤立してた三島に気づいてたんだな…」
「水城君意外と周りの空気読めるもんね…そっか…」
「…用も無いのに女子部員の方へ行って夏みたいにふざけたりして…夏もつられて混じってた…」
「日向君はただ単に趣味なんだろうね…」
「ああ。そうだな。」
「でも水城君も本当優しいよね…さりげなく虐められてた美波ちゃん元気づけてさ…。恰好良いなぁ…」
「水城は俺や夏と違って繊細で敏感だからな…。細かい空気の違いも感じ取れるんだろ…」
「わたしにも無理だなぁ…どんな育て方されたらそうなるんだろ?」
「あいつは大家族の次男だそうだ。長男がろくでなしで、まだ幼い弟妹が四人いて…親は共働きだから家事は殆ど自分でやっているって話していた。」
「あ~…だからかぁ…。わたしや蒼の様なお気楽一人っ子には無理だね…」
「ああ、無理だな…って俺は姉さんがいるぞ?お気楽なのはお前だけだ。」
「はいはい、そうでした…。わたしも水城君みたいな頼れるお兄ちゃん欲しかったなぁ~!!あ、東雲先生みたいな人でも良いな♪」
「…あの人はやめておけ。」
「え~!?なんで?あの人凄く優しかったし紳士的だったじゃん!!蒼は東雲先生の良さが分からないの?」
今でも思い出すとうっとりする…。あの時の東雲先生の爽やかな笑顔と柔らかな物腰…。
「…悪い人じゃ無いけど…善人には見えない…」
「何それ?」
「もう良いだろ?あの人の事は…。俺が逆立ちしたって絶対勝てない…あの人には…」
「あはは!蒼ったら誰と張り合おうとしてんの?無謀過ぎだよ~!!」
「悪かったな…無謀で…」
「まぁまぁ!蒼には蒼の良さがあるんだから!わたしはそれを知ってるし、蒼もわたしの良さを知っているんでしょ?ならそれでいいじゃん。」
「…まぁ、今の俺でお前が良いと言うなら…。」
「むしろ急に変わったら嫌…怖い…」
「そうか…」
そう短く呟く蒼の表情は何処か優しくて嬉しそうだった…
何この顔…凄く素敵なんですけど…
そっと頭を撫でられると何だか急に顔が熱くなった。
「灯、好きだ…」
「な、何急に…!?」
「何となく…そう言いたくなっただけだ。気にするな…」
「気になるよ!?」
頭を撫でながら真っすぐわたしを見つめる蒼を直視するのは耐えられないはずなのに、何故かわたしはそんな蒼から目が離せなかったのだった。
ほ、本当こいつって…たまに凄く心臓に悪い事言う…!!