第34話 お隣さんと女の子
文字数 4,426文字
スポーツの秋、体育大会にマラソン大会……
芸術の秋、学園祭に写生大会……
食欲の秋、焼き芋大会(高校生にもなって芋掘りから始まるのでまた一苦労)……
またまた読書の秋という事もあり、朝の読書タイムまでもある。
そんなイベントづくしの秋が過ぎれば、浮足立ち騒がしかった生徒達も落ち着きを取り戻し、普段の学園生活へと戻って行くのだ。
しかし、中には…そんなイベント一つ一つに力を精一杯注ぎ…全て終わった頃には力尽きて抜け殻の様になる生徒もいるのだとか。
そう…まさに彼の様に……
「…あ~…やる気出ねぇ……」
今日から十二月。季節はすっかり冬になり、手がかじかむ寒い日々が続く。
部活の某先輩の様な無気力な台詞を呟く生徒が一人……
校則が割と自由な我が校…派手な生徒も少なくは無いが、その中でもひときわ目立つ金髪ツンツン頭…紺色のブレザーの下には真っ赤なパーカー、そして長身……
このチャライ不良っぽい外見に加え釣り目。だがどこか愛嬌があり可愛らしいと言えなくもない。つまり、中々のイケメンだと言う事だ。彼も黙っていれば。
最近外したピアスの跡がまだ耳たぶに残っているのが少し痛々しい…が、本人はそんな事でこうしてぐったりしている訳では無い。
「日向君、なんか元気ないね?」
「…ああ、あいつ燃え尽きて力尽きてるから。静かでちょうどいいじゃない。」
いつも馬鹿みたいにとにかく明るく元気な日向君は、今人が変わった様に無気力感丸出しで机に突っ伏してぐったりしていた。
まるで雨の日にぐったりしている猫の様。いつもはきゃんきゃん走り回る子犬の様に無駄に力を持て余しているのに。
そんな彼を見て、少し心配になって来たわたしだが…同じく隣で彼を見つめる美少女、奈々ちゃんはまるで気にした様子も無く涼しい顔をしていた。
燃え尽きたか…確かに日向君、ここの所張り切りまくって進んで準備したりして皆を引っ張っていたな。いつもの倍元気に明るく…そりゃうざいくらいに。
わたしは大嫌いな体育大会を死ぬ気で(大袈裟?)乗り越え、そして次の難問マラソン大会も蒼の特訓により(毎朝近所をランニングさせられた)、何とか泣く泣く乗り越え…
学園祭の時、何をして何を楽しんだのか記憶に残っていないくらいだった。勿論、そのスポーツの秋二大最悪イベントのせいでだ。
記憶に残っていることと言えば、その最悪二大大会の特訓のせいで筋肉痛になったと言う事。日頃の運動不足が祟ったのだろう。
本当、死ぬかと思った。わたし、良く無事に今を生きていられるなと思うくらい。
「…あ~…やる気出ねぇ…」
元気のない日向君を奈々ちゃんと二人物珍しそうに観察していると…同じような無気力丸出しの台詞が背後から聞こえて来た。
今度こそあの先輩か…?いや、違う……。
「…水城君、あんたも何やってんのよ…」
「お~…葉月に花森じゃん…おはよ~…」
「もう昼だし…」
「あ~…どうりで腹減ったと思った。ていうか…あれ何?とにかく明るい日向がとにかく無気力になってんじゃん…」
「どっかの芸人みたいに…。確かにあいつ、いつも馬鹿みたいに元気だけど…」
「ついでに馬鹿みたいに目立つし?」
「あいつ無駄に派手で背も高いからね。日向のくせにあたしより背が高いって…ムカつくわぁ。」
「そこは譲ってあげようぜ…そうだ、飯!昼飯誘いに来たんだよ俺!!三島が先場所取りしてるからお前ら呼びに来たんだった…」
と、そう言う水城君も日向君と同じく…元気が無くどこか力が抜けたように無気力だった。
ああ、なんか益々あの人を思い出す……
嫌だなぁ…この無気力空間…。
「そういや雛森は?あいつ朝から姿見えないけど…」
と、ここで水城君は気づく…
いつも決まってセットの様にわたしの隣にいる蒼の存在に…
今は代わりに奈々ちゃんがぴったり傍に立っている。
「…風邪だって。珍しく熱出して寝込んでるよ。」
「え!?マジで!?花森ならともかくあいつが風邪とかって…もしかしてお前うつした?」
「水城君…ここ最近蒼が無理矢理わたしに掛けさせている物が何か分かるよね?」
「えっと…マスク?しかも肌に優しいふんわり素材、耳が痛くならないタイプ…だな。悪い、あいつの過保護っぷりを見て来たのに…」
「…うん、良いんだけどね。今日もふらふらになりながら渡して来たし…マスク…。」
「命がけだな…。」
そうなのだ。蒼は今日熱を出して学校を休んでいた。
わたしのせいじゃないと言えばそうでもないと思うけど……
秋のイベントに気を張っていたのはわたしだけではなかったと言う事だ。わたしがナーバスなら当然蒼もそうなる訳で…色々と世話を焼き面倒を見る身としては……
そ、それに今はわたし蒼の彼女なわけだし……!!
『…灯…ごほごほっ…これを持って行け…ごほっ…』
今朝、そう言って咳き込みながらも手渡されたマスク…。当然蒼もしっかりマスクをしていたから(わたしに移さないため)、いつもより表情が判りにくかった。
『あと…昨日雨が降って地面が滑りやすくなってるからくれぐれも転ばない様に足元には気を付けろ…あと…変な人には絶対付いて行くなよ?お前は気を抜くと本当に…ごほごほっ…』
ご丁寧にわたしにマスクをきっちり掛けながら、赤ずきんちゃんを送り出す母親の如く(イメージ的に)わたしに釘を刺す蒼…
これはもう『彼女を心配する彼氏』ではなく『我が子を初めてのおつかいに向かわせる母親』の様だ。
『…心配だ…お前、帰りは葉月に家までしっかり送ってもらって…』
『大丈夫だから…心配しないで寝てて…!』
『どこが大丈夫なんだ…お前の大丈夫は俺にとって不安材料でしかないんだよ…ごほっ…とにかく…ごほごほっ…』
『今大丈夫じゃないのは蒼の方だから!ほら…いいからもう大人しく寝てなって。わざわざ家まで来ちゃって…紫さん、今日は仕事休んで家にいるんでしょ?心配するよ?』
『俺はお前の方が心配…』
『それはもういいから!ほら…部屋まで送ってあげるから…肩掴まって…』
『お前それ絶対転ぶからやめろ…ごほごほっ…』
そして案の定わたしは転んだ…。蒼と共倒れである。
それからくどくど説教をされ、途中熱のせいでかわたしのせいでか蒼が少しふらついて…家へ強制送還した。
出がけの蒼のあの不安げな目…わたしは絶対忘れないだろう…
「…もう、本当蒼は心配性なんだよ…こんな時くらいゆっくりしてればいいのに…」
朝の一悶着を話しながら、わたしは卵焼きを口に放り込んだ。
母の味付けは絶妙だ。今日もふわふわしていて美味しい。
「…そりゃ、灯だもん。あたしでも心配するわよ。」
「奈々ちゃんまで…」
「ま、あかりんだしなぁ…俺もちょっと心配するかも…」
「日向君も!?もう…わたしどんだけ皆に心配されてるの?高校生なんだからもう一人で大丈夫だし!」
『いやいや、そりゃ無いよ。』
と、美波ちゃんと水城君まで混ざって全員首を横に振りそう言ったのだ。
……こんな一斉に心配されるわたしって一体……
その後、複雑な気持ちのままランチタイムを過ごしたのは言うまでもない。
そんなわたし達の様子を離れて見つめる人影がまた……
「…花森灯…平和なのも今のうちよ…ふ、ふふふ…」
早二カ月ほど前からわたしを見つめるこの人影。
それに誰も気づくことは無かった……
不気味に笑い呟くその子に……
彼女の手に布で作られた人形が握られている事にすら……
*****
「…う~ん…何が良いかなぁ…」
そんな怪しい影、人より何倍も鈍感なわたしは全く気付くはずも無く…
放課後、わたしはコンビニのスイーツコーナーの前に立ち頭を悩ませていた。
風邪にはスポーツドリンク…そしてゼリーとかプリンとかそんなデザートも必要だ。
蒼…今はただのお隣さんではなく、彼氏でもある。そんな彼が風で寝込んでいるとくれば…やはり彼女として見舞いのお品を買って行くべきだろう。
そ、そりゃ…本当はさ…ささっとおかゆとか作って食べさせてあげたり、するするっとりんごなんか剝いちゃったりしてあげるんだろうけど…
それをやろうものなら…多分逆に気を使わせることになる。御粥温めすぎて火傷しないかとか、包丁でうっかり指切らないか…とか色々と…。
わたしだって考えなかった訳じゃない。仮にも少女漫画を愛読している夢見る妄想少女だ。
パンパンに看病イベントの乙女妄想を膨らませ、勝手に脳内で盛り上がり…暫くしてリアルな想像図が浮かんできてしまった。
一生懸命お粥を作るわたしの姿…それを背後でハラハラしながら見守る蒼…りんごの皮を剝いているわたしの姿をハラハラしながら見守る蒼…そして訪れる悲劇まで…
それを思い出すと…何だか居たたまれず、諦めた…
でもせめて差し入れくらいは…そう思ったのだ。
「…でも蒼…ゼリー派だっけ?プリン派だっけ?どっちも同じような表情で食べるからなぁ…」
甘い物が好きなのは知っているけど…
ちなみに、わたしはプリン派である。というか、プリンが好きだ。
「…雛森君はプリンの方が好きだと思うけど…」
「え!?」
迷っていると、突然背後から声を掛けられ思わず手にしていたスポーツドリンクを落としてしまった。
び、びっくりした…一体誰が…??
「あ…」
「お、驚かしてごめんね!大丈夫?」
「あ…う、うん…」
この子……!?
申し訳なさそうに落ちたスポーツドリンクを拾う人物を見て、一瞬わたしの頭の中は真っ白になった。
黒髪のロングストレートの両サイドにリボン、ピンクのセーター…この子、あの時蒼に告白した…。なんでここに?
「はい、これ。ごめんね、驚かすつもりはなかったんだけど…凄く悩んでいたから…」
「う、ううん!ぜ、全然…。それよりどうして蒼の事…」
「ああ、ちょっとね…?あの、花森さんだよね?ちょっとお話ししたいんだけど良いかな?」
「え?わたし??」
「うん…雛森君の事でちょっと……」
その子は少しだけ言葉を濁し、けれど微かに微笑んでわたしの腕をそっと掴んだ…
その瞬間、わたしは嫌な予感がした…
駒井さんの一件…それが蘇って来たのだ。蒼の事というフレーズを聞いただけで瞬時に。
この子は確かに蒼に振られて…わたしが蒼の彼女だって事も知ってる……
駒井さんより何倍も良い子に見えるけど…まさか、この子もわたしを恨んで何かしようとしているんじゃないか…?
「花森さん?」
「…あ、あの…わたし…」
ここはコンビニだ…無理矢理連れ去られると言う事もなければ、急に何処かへ閉じ込められる心配もない。
無意識に腕を振り払いゆっくりと数歩後退する……
「し、知らない人に付いて行っちゃいけないって言われてるから!ご、ごめんなさい!!」
「え!?ちょっと…花森さん!?」
声に出すと同時、わたしは走り去っていた…
その子に背を向け、体育大会の徒競走の時よりも何倍も本気を出して全力で……