最終話 お隣さんとわたしと……
文字数 4,524文字
夕焼け色に染まった空、十二月の真冬の夕方の風が吹く…
わたしは何故か屋上に追い詰められ、フェンスにピタリと背中をくっつけそう叫んでいた。
「ふふ……花森灯…やっと二人きりになれたわね…」
「い、いや……」
「叫んでも騒いでも無駄よ…ふふ…これでお前に止めを…うふふ……」
わたしの前に立ち塞がるのは…
今朝の黒髪の女子生徒……
目元まで隠れる程長く伸びた前髪、意外と艶やかな長い黒髪が靡き、口元は喜んでいるのか歪んでいる…
なんでこんな事になったんだっけ……??
うう…そうだ……
あれはつい先ほどの事だった。
「うう…やっぱり一人で来るんじゃなかった…」
遡る事今から数分前の出来事だ……
わたしは生物室へ忘れてしまったノートを取りに一人のこのことやって来たのだ。
この第一生物室は特別教室が集まった校舎…放課後は人気の少ない校舎にあった。
そして結構古い…。怪談話も幾つか生徒達の間で囁かれるほどだ。
そんなヘタレなら裸足で逃げ出す場所…そこへヘタレのわたしはのほほんと何にも考えずにやって来た。一人で。
そして案の定後悔……
うう…一人で来るんじゃなかった……
しんとした校舎は夕日に照らされ何処か物寂しく、そして不気味に見える……
ああ…トイレのなんとかさんとか、音楽室の番人とかに出会わなければいいけど……
しかも場所は生物室。白骨模型は勿論、人体模型も…そして棚には魚やカエルのあられもない姿のホルマリン漬けが……
こ、怖いよ……
「早く取って帰ろう!!」
生物室へ入り、普段のわたしから想像出来ないであろう俊敏さでテーブルに置いてあった自分のノートを見つけ、手に取り外へと出た。
ふぅ……これで一安心……
と、思った矢先だった……
ギギィィィィ……
「な、何……!?」
錆び付いた何かがゆっくりと開く音が廊下に響く…
見れば少し離れた場所には見慣れた掃除用具入れが一つ。
少しだけその扉が開いていた……
「な、何だ…ちょっと開いてただけかぁ…良かった…」
そこですぐ安心して納得するのがわたしの悪いところだ。
単純で楽観的なのかもしれない……
そこから目を離し、振り返った直後だった…
あの女の子が目の前にいたのは……
当然、わたしは驚きと恐怖により声も出ず逃げ出した。
そしてこの流れで想像がつくだろう……
彼女も当然全速力でわたしを追いかけて来た。
そして…今に至る訳だ。
はい、回想終了。
「…花森灯…やっと追い詰めたわよ…ふ、ふふ…」
「…あ、あなたは…七瀬さん…だよね?どうしてわたしの事を……」
ホラー映画の幽霊顔負け…それと同等の迫力で迫る黒髪の女子生徒…七瀬さん。
髪がやたら長く艶やかなので余計に怖い…
声もくぐもって不気味だし……
「…せっかく…せっかく花咲さんが告白したのに…」
「え?花咲さん??なんで花咲さんが……?」
ゆらりと顔を上げると、微かに目が見えた……
その瞳は何かを呪い恨んでいる様な…そんな何とも言えない恐ろしい物だった。
いや…それよりも…なんで花咲さんが…??
「…ふふ…何で?決まってるじゃない…彼女は私の憧れなんだから…だから彼女になら雛森君を取られても構わないと思っていたのに……」
「…え?」
「それをあんたが…あんたなんかのせいで…!!雛森君は花咲さんと付き合えずにいるのよ…あんたと無理矢理付き合ってるせいでね!!だから花咲さんも…あんな…振られることに…」
「……へ?」
えっと……??
この人は何を言っているんだろう??
花咲さんに憧れていて…蒼が密かに好きで…と言う事は理解出来た。何となくだけど。
出来たけど……!!
「全部あんたが悪いのよ!!雛森君に振られた事知ってるくせに…花咲さんに近づいて友達になるなんて羨まし…嫌がらせして楽しんでるんでしょ!?自分が雛森君の一番だって見せつけて思い知らせてやりたかったんでしょ!嫌な女…許せない……」
「え…??」
なんでそんな突拍子も無い方向へ……??
そもそも近づいて来たのは花咲さんの方だし……
しかし、わたしが何を言っても聞いてくれそうもない様子だ。この怒りと妄想に満たされた七瀬さんの様子を見ると…。
「…だから決めたのよ…あんたを呪って亡き者にしてやるってね!!そうすれば花咲さんと雛森君は付き合える…ハッピーエンドよ…ふ、ふふふ……」
いや…ハッピーの前にわたしがジ・エンドなんだけど…。
何を幸せそうに笑っているの??この人??
「…え!?じゃ、じゃあ…やっぱり呪いの人形も…今朝の下駄箱の嫌がらせとかも全部……!!」
「そうよ…鈍い馬鹿女ね…ふふ…あ、あんたの慌てっぷりときたら…ふふ…ふふふふ…最高だったわ…」
「…やたらクオリティー高いドレスの割に人形の作りが雑すぎるって蒼が駄目出ししてたけど…」
「…人形は苦手なのよ!!お洋服しか作れないのよ!!お黙り!」
「…あ…意外と普通に話すと声可愛い……」
「う、うるさい!!」
つい地が出てしまったのか……
猫背気味の背中をぴんと伸ばし、アニメヒロインの様な可愛らしい声でわたしにツッコみを入れる七瀬さん。
あ…顔ちょっとだけ見えた…可愛いかも……
「と、とにかく!あんたはここで私に止めを刺されて終わるのよ……駒井も目障りだったけど…あんたが先…ふ、ふふ…どんな最後が良いかしら?」
「ちょっと待って!!」
「何を言っても無駄よ…これが私の描いたシナリオなんだから…ふ、ふふ…呪いよりもやっぱり…直接手を下した方が楽だわ……ふふ…」
「そしたら七瀬さんもジ・エンドだけどいいの!?」
「…こんなつまらない毎日…死んだ方がマシよ…」
「え~…だったら一人で樹海とか行って…」
「樹海とか怖いじゃない!!かと言って線路に飛び込むとか飛び降りるとかしたくないし…怖いし…顔ぐちゃぐちゃになりそうだし……」
「じゃあ諦めようよぉ…死んだって誰も得しないよ…周りの人を傷つけて悲しませるだけだよ!!」
そして出来ればわたしを巻き込まない方向でお願いします…!!
必死になんとか説得しようと試みるが……
「…嫌よ…私は一度決めた事は最後までやり通す主義なのよ…」
「その心意気は立派だけども!!」
「大丈夫よ…あの世でも沢山嫌がらせしてあげるから…一緒に旅立ちましょう?ふ、ふふ…ふふふ……」
「出来れば一人で旅立って!!い、いや…死んだら駄目だって!!に、人間生きていればいい事あるよ!!わ、わたしだって鈍臭くて地味でちびだけどなんとかのほほんと生きている訳だし!!ね!!」
「…あんたと一緒にしないで!あんたには雛森君や他の友達がいるじゃない!私は…ずっと一人で生きて来たのよ…誰からも相手すらされず、虐められすらぜずに…空気の様に扱われて来たのよ!!あんたにこの気持ち分かるって言うの!?」
え~……いきなり逆切れした…!?
も~~~!!何なのこの人!情緒不安定過ぎる!!
「…友達ならここにいるよ?」
いい加減扱いに困り途方に暮れかかっていると……
タイミング良く現れたのは花咲さん…
と…奈々ちゃんや日向君、それに美波ちゃんと水城君まで勢ぞろいしていた。
当然、蒼もひょっこりと……
彼らの後ろから顔を出し、複雑そうな表情を浮かべて立っていた。
「私、七瀬さんとも友達になりたいってずっと思ってたんだよ?なのに七瀬さんそんな話してくれないし…すぐにどっか逃げちゃうし…私嫌われてるんじゃないかって…」
「…そ、そんなこと……」
「じゃあ友達になろう?私とも、花森さんとも…皆で仲良くしよう?きっと七瀬さんも楽しく思えるから…だから…」
花咲さん…なんて平和主義ないい子なんだろう……
目を潤ませて真っすぐ七瀬さんを見つめる姿がまた何と眩しい事か……!!
そんな感動的な彼女の背後では……
今にも飛び出し何か言わん勢いの奈々ちゃんを、美波ちゃんと水城君が一生懸命止めていた。
ああ…奈々ちゃんも相変わらず逞しいなぁ……
「…わ、私は……あ…う……」
「いいよ、無理して喋ろうとしなくても。これからゆっくり、沢山話そう?ね?」
と、満面の笑みを浮かべる花咲さん……
彼女の背後には黄金の後光さえ見える気がした……
これにはさすがの七瀬さんも何も言えず…身動きすら取れず……
「…も、もう限界……」
バタッ……
七瀬さんはその言葉を最後に屋上から身投げ……ではなく……
そのまま気を失い、倒れ伏してしまったのであった。
えっと……これで一件落着なのかな??
とりあえず……
*****
「お前は本当に……頼むから俺の目の届く所に居ろと言っただろ…」
「…ご、ごめん…ついうっかり…」
家に帰り、わたしの部屋に入るなり蒼のお説教が始まる…
これはもう…うん…想定内ですよ。
「…もし本当に何かあったら……」
「いや…そ、それは大丈夫だったんじゃないかなぁ…七瀬さんも飛び降りとか嫌だって…」
「そう言う問題じゃ無いだろ!灯に何かあったら俺が困る…」
「…ご、ごめんなさい……」
蒼にしては珍しく声を荒げて一喝……
わたしは本当に…蒼に心配かけてばっかりだな……
面目ない…ってこれ従妹の蕾ちゃんのみたいな台詞だな。
「…いや…俺もつい感情的になった…悪い……」
「いやいや!蒼が謝る事ないってば!!わたし…いつも何も考えずにのほほんと行動するから…本当にいつも蒼に心配かけて迷惑かけて…ごめん…」
「別に迷惑だと思った事は無い…前にも言っただろ。」
「…で、でも!わたしいい加減しっかりしないと…蒼にも愛想尽かされたりするんじゃないかと……本当に嫌になった事ないの?」
「無い。」
「即答過ぎるよ!!もっと考えて!」
「無いと言ったら無い…それ以外何を答えろと?」
「…い、いえ…もういいです。」
蒼は相変わらずだな……
でもその潔さが好き…!!なんてのろけてみたり。
相変わらず無表情で、でもハッキリとそう言い切る蒼はいつ見ても清々しい。何を考えているのか殆ど分からない事は今も変わらないけど。
「…俺は…いつだってお前の事しか考えていないし見ていない…まぁ…それはそれで怖いかもしれないけど……」
「…確かに…まぁ…」
急にわたしの前に座ると、蒼は真っすぐわたしの目を見てそう言った。
いつだってそう…。言う事は唐突だけど、真っすぐで嘘が無い正直な言葉だ。
最後の方で少しだけ照れ臭そうに目を反らす所が少しだけ可愛いけど……
「…とにかく、お前に何かあったら俺は何をするか……」
「何するの!?」
「時と場合による……」
「またそれぇ~!!」
そして唐突にクソ真面目な顔をして怖い事を言う……
これは遠まわしにわたしを脅しているのか??
それとも天然なだけか……
それでも一緒に居て安心出来るのは蒼なのだ。
例え無表情で何を考えているのか分からなくても…
例え言葉が真っすぐ過ぎてわたしを混乱させることがあったとしても……。
わたしのお隣さんはいつだって頼もしい。
昔からずっと、隣に居て安心出来る存在なのだ。
今もこれからもずっとそれは変わらない……
わたしとお隣さんの関係はゆっくりと…
そして時に慌ただしく変化して進んで行くんだ。
~【完】第二期へつづく~