第3話 お隣さんとおじさんと夕食
文字数 3,070文字
帰宅し、いつもの様に蒼が花森家を訪れての夕食タイム。
今日は母の再婚相手である
蒼はどこか緊張しているようないつも通りのような。いつもと変わらぬ無表情な幼馴染みを前に心中を探ることなど出来なかった。
「伊吹さんは?何時ごろ来るって言ってたの?」
いつもにも増してキッチンで張り切る母、
「七時頃に着くそうよ?ふふ、今日は伊吹さんの好きな物ばかり作っちゃった!蒼君もきっと仲良くなれると思うわ。」
母は年の割に若く可愛らしい容姿をしている。よく一緒に街を歩いていると姉妹に間違われるほどだ。
今のこの浮かれまくった様子を見ると、恋する乙女全開って感じでわたしまで恥ずかしくなるくらい。
本当、自分の母親とは思えないくらい可愛らしい。羨ましい限りだ。
「伊吹さん本当優しい人なのよ~!実は
「母さん知ってたんですか?」
「ええ。あら?聞いていなかった?」
「初耳です…」
紫さんこと蒼ママは、ほんわかした母とは正反対のサバサバした性格の大手出版社で働く編集長さんだ。いつもシンプルなブランド物の洋服をビシッと着こなし、凛としていて恰好良い女性なのだ。
高校時代からの親友って聞いたけど、きっとほわほわした母にいつも世話を焼いていたんだろうな…今の蒼みたいに。
ちなみ母は近所の商店街で花屋を営んでいる。父と離婚する前からある小さな地域密着型のお店だ。わたしもたまに手伝ったりするし、何も言わなくても蒼も手伝ってくれるから助かっている。
「あらあら、紫ちゃんたら。そう言えば、お仕事の方はどう?」
「相変わらずです。昔から目を付けていた作家先生の人気が出て来て、その人のケアが大変だってぼやいていましたけど…」
「そうそう!その先生、凄いイケメンさんなんでしょう?見てみたいわね~!!」
イケメンですと!?
わたしは雑誌を読むふりをしながらしっかりと聞き耳を立てた。
イケメン作家先生って…これはこれで凄く良い!!どんな人なんだろう?わたしも会ってみたいなぁ。
ピンポーン♪
まだ見ぬイケメン作家先生に妄想を膨らませ、隣で冷たい視線を送っている蒼に気づかないでいると、チャイムが鳴った。
伊吹さん来たのかな?まだ六時半だけど…時間に余裕持って行動する人だから。
「は~い!!」
嬉しそうに玄関へ走っていく母はやっぱり可愛い。
「蒼、くれぐれも落ち着いて…!」
「心配ない。何も言わないし…」
「それはそれで不気味だよ?」
「俺は話すのが得意じゃない。知ってるだろ?」
「うん。けど頑張って。」
「…努力はする。」
わたしが釘を刺さなくても心配ないくらい、落ち着いている様に見えるけど…
これっていつもの蒼…だよね?相変わらず無表情なのが分かりずらい!!
読んでいた新聞を綺麗に折り畳み、食卓のテーブルの上の整理なんかしている様子を見ながら首を傾げずにはいられなかった。
というか…本当蒼って花森家に馴染んでるなぁ…。昔からこっちで過ごすことが多かったせいもあると思うけど。
「灯ちゃん、こんばんわ。今日はお招きありがとう。」
暫くして、リビングへひょっこり現れたのは、見るからに人の良さそうな優しそうな男性。いつもは割とラフな格好なのに今日はビシッと黒スーツで決めている。何となく見慣れない恰好なのでわたしも少し落ち着かなくなってきてしまった。
彼が伊吹さん。都内の建築デザイン会社に勤める建築デザイナーさんで、一級建築士の資格も取っている穏やかな人だ。
彼と母の出会いは花森家が経営する花屋『FOREST FLOWER』の改装。その時たまたまデザインやら担当することになったのが伊吹さんだったってわけだ。
何度か会うようになってやがて二人は恋に落ちて…というこれまた少女漫画ではありがちなベタ展開の末今に至る。
「ああ、君がお隣の蒼君だね?はじめまして。紫さんの息子さんなんだろ?」
「…母のこと知っているんですか?」
「勿論!君のお母さんが今の部署に異動する前、建築関係の取材を僕にしてくれてね。それから仲良くさせてもらっているんだよ。」
「…仲良く…」
「いやいや!誤解しないで!!紫さんは旦那さん一筋だし、僕も満さん一筋だから!」
「はぁ…」
「しかし驚いたよ!
伊吹さんに嬉しそうに背中を叩かれ、蒼は戸惑っているように見えた。無表情だったけど。
伊吹さんは会った時からこんな感じ。人見知りせずすぐに打ち解けられる人なのだ。
例え無表情で何を考えているのか分からない蒼だろうと、結構人見知りするわたしだろうと構わず向かってくるから凄い。
「そうだ、灯ちゃん。これ、お土産ね。」
「わぁ~!!ケーキだ!!伊吹さんこれわたしの好物って覚えててくれたんですか?」
「凄く喜んでいたからね?蒼君も甘いもの好きかい?」
無言で頷く蒼を見ると、伊吹さんは満足そうに微笑んでテーブルに並び始める料理へと目を向けた。
お母さん…本当に張り切っちゃって…。
明日から花森家の食卓には暫くこのおかずの残りが出るんだろうな。美味しそうだけど。
「満さんはやっぱり料理上手だね~!食べ過ぎちゃいそうだよ。僕最近肥満気味なんだけど…」
と言っても、本人まったくお腹も出ていないスマートな体系を維持している。中年オヤジとは思えないくらいだ。
嬉しそうに頬を赤らめ料理を取り分ける母の姿、楽しそうに話す伊吹さん…久しぶりの賑やかな食卓って感じでなんだかわたしまで嬉しくなってくる。
そんな中、蒼はやっぱり黙々と食べているだけだけど…。特に何も言わないということは、少し伊吹さんを受け入れてくれたのだろうか?
本当に何か察知したり嫌悪した時はさすがの蒼でも何かしら発言するはずだし。
「…それで?どうでしたか?」
「何が?」
伊吹さんが帰った後暫し、蒼も帰ろうとしたのでわたしは呼び止め聞いてみた。
「伊吹さんのこと。気にしてくれたでしょ?」
「ああ…。まぁ、いいんじゃないか。」
「でしょ?納得した?」
「なんで俺が…。俺はお前が良いならそれで良い。」
「わたしは初めから良いって言ってんじゃん!」
「ならそれで良い。まぁ、母さんの知り合いだし、悪い人じゃなさそうだしな…」
何か吐き出すようにため息を一つ。蒼は靴を履きながらゆっくり立ち上がるとわたしを振り返った。
「何かあったらいつでも俺に言え。話を聞くだけならまぁ…俺でも出来るだろ?」
その瞬間、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけだけど蒼が笑った気がした。
それから、わたしの頭を軽く撫でると…何事も無かったかのように家を出て行った。
いつもの様に…
パタン…
玄関のドアが静かに閉まる…
ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけどドキッとしてしまったのだ。
あの蒼に対して…だ…