第19話 お隣さんと愉快な仲間と夏休み
文字数 5,752文字
やたらテンションの高い日向君…そしてそんな彼を冷たく見つめる奈々ちゃん…
夏休みに入り一日目…日向君は早速暇を持て余したのか花森家へとやって来た。
あからさまに嫌そうな顔をする奈々ちゃんと戸惑う美波ちゃん、そしてきょとん物珍しい物でも見るかのような水城君を引き連れて…
ああ、日向君また奈々ちゃん無理矢理引っ張り出して…そんな傷だらけになりながら…
そして美波ちゃんと水城君はついでに連絡されたかして連れ出されたんだな…本当本能的に生きているな…。
「ここが花森の家かぁ…俺女の子の家とか初めてかも…」
「ご、ごめんね灯ちゃん…急に来て迷惑よね?折角雛森君と二人きりだったのに…」
と、何故かわたし…その後ろからひょっこり姿を見せた蒼を見つつ遠慮がちに呟く美波ちゃん。
わたし…まだ蒼が好きだって事誰にも言っていないんだけど…バレバレ!?もしかして!!
「邪魔したね。ほら!馬鹿日向!!さっさと帰るわよ!」
「え?なんで??せっかくあかりん家来たんだからこれからだろ!」
「あんた空気読みなさいよ!この…馬鹿!!」
ドカッ!!
と、奈々ちゃんまで余計な気遣いをしてついでに日向君にアッパーを食らわす…
何故わたしそんなに気遣われているの…??
や、やっぱりバレてる!?
じゃ、じゃあ…もしや蒼本人にもとっくに…!?
「丁度良いところに来たな、夏…」
「え!?俺を待ってたの!?」
「…別に。全く。」
「な、なんだよぉ~!!照れるなって!そんなに俺に会いたかったのかよ!!仕方ねぇ~な!!」
「いや…別に待ってはいない…」
と、相変わらず無表情冷静な蒼の肩を抱くと、日向君は何故か照れながらも無邪気に笑ってついでにずかずかと家の中へと入って行ってしまった。
はぁ…でも確かに丁度良いかもしれない…
あのままだったらわたしの心臓と精神が持ったかどうか…
夏休み初日…わたしは朝から緊張しっぱなしであった。
遡る事、今朝…八時頃…
「灯、いい加減起きろ。」
「…う~ん…まだあと一時間くらい…」
「長すぎだろ…」
夏休み初日早々やって来るお隣さん。当然まだ夢の中のわたしはタオルケットにくるまりまどろみの中…
折角の夏休みなんだ…どうせならいつもより長く寝ていたい…
「…はぁ…夏休みだからってダラダラするな。お前は気を抜くといつもこうだ…」
「…王子様が一人…王子様が二人…へへへ、そんないっぱい…わたし誰を選んだらいいのぉ~…ふ、ふふふ…」
「…夢の中か…しかもろくな夢じゃないな…」
妄想メルヘンドリームに幸せすぎて間抜けな寝顔を浮かべるわたしを見ながら、蒼は深いため息を吐いて遠慮がちにわたしの肩を揺さぶり始めたのだった。
本当…空気の読めない奴…
「…待って王子様ぁ~…そんなに走ったら追いつけまへぇ~ん…ふ、ふふふ…」
(駄目だ…こいつ重症だな…)
「ふ、ふふ…」
(しかもなんて間抜けな顔を…幸せそうな顔して…)
そんな蒼の心中など知る由もなく…いや、蒼がこうしてわたしの間抜けな寝顔を見ている(観察?)ことにすら気づいていなかったわたしは無防備全開であった。
そして…ふと夢から覚め目も覚めた瞬間…その現状に気づきベットから転げ落ち動揺しまくったのは言うまでもないだろう。
だって目の前にいるのがイケメン二次元の王子様ではなくて…リアルなイケメンの幼馴染みだったのだから…それもわたしが今好きな人で…
「…ほら、さっさと起きて着替えて来い…」
「…何かあったっけ?」
「…夏休みの宿題。さっさと片付けるぞ?お前いつもぎりぎりになって泣きついてくるだろ…」
「ええ!?だって今日まだ初日…」
「こういうのは初めが肝心なんだ…」
当の本人、蒼はしれっとしていつも通りの無表情でそう言ったのだった。
その後、本当にわたしの部屋で夏休みの宿題を始める蒼…何もしないと煩いので止む終えずわたしも渋々宿題をする事にしたのだが…
当然、すぐに躓き泣きついた…それから蒼が根気良く丁寧に説明してくれなんとか進めることが出来たのだが…
ここでわたしは気づいてしまったのだ。余計な事に…
わたしは蒼が好きで…
ここには今その好きな相手と自分がいるわけで…
しかも親は店に出ているので家には誰もいないわけであって…
こ、これって蒼と…つまり好きな人と二人きりという少女漫画では王道のシチュエーション!?
それからと言うものの…もう心臓がバクバクしっぱなしで変に緊張するし、そのせいで説明が頭の中に全く入って来ないしでもう泣きそうだった。
そんな時にこの底抜けに明るい日向君の登場…おまけに奈々ちゃん達まで!まさに日向君は救世主であった。
で、今現在…
「蒼~!!ここ全く分かんねー!!」
「…またか…いいか、ここは…」
と、皆お揃いで夏休みの宿題大会…インわたしの部屋。
何故か皆持参していた夏休みの宿題一式…
もしやここへ来たのって蒼に宿題教えてもらうためだったんじゃ…
はぁ…でも助かった…色々と…
本当あのままだったらわたしは変なヒステリーを起こして情緒不安定になっていたに違いないから…
「…灯、本当に良かったの…これで?」
「え?な、何が??」
奈々ちゃんが身を摺り寄せまた妙な絡み方をして来た…
「雛森君…あんた好きなんでしょ?」
と、わたしに聞こえる程度の小声で囁くと…ニヤリとなんだかいやらしい笑みを浮かべ嬉しそうだ。
奈々ちゃん本当この話題になるとエロ親父っぽくなるんだから…可愛いけど…
「…やっぱバレバレ?」
「日向の馬鹿は気づいてないと思うけど…あの時から意識しまくりなのが分かる…」
「げっ!?嘘!?」
「本当…ね?美波にも分かるもんね?」
と、隣に座る美波ちゃんの腕を引き寄せ再びニヤリ…
ああ、これ完全に酔っぱらって綺麗なお姉さんに絡んでるエロ親父だよ…奈々ちゃん?
「う、うん…灯ちゃんて分かりやすいのよね…」
「まぁ、そこが灯の可愛いところなんだけどねぇ…」
「そうね。大丈夫よ!灯ちゃんなら雛森君絶対受け入れてくれると思う!!」
ああ、美波ちゃんまでなんでそんなに自信満々に…
蒼に群がり宿題に悪戦苦闘する男子達を見つつ、わたし達女子はこっそり恋バナに花を咲かせている…
なんだろう…この状況…??
目の前に好きな人がいるのに小声とは言えその人の話題で盛り上がっているって…しかも好きだのなんだのって…
その本人は全くその事に気づかず根気強く淡々と説明しているのがまた…虚しいやら少し腹が立つやらで…
「…ちょっと飲み物持ってくる…」
「あ!じゃああたしと美波も手伝ってあげる!」
「そうね!灯ちゃん一人じゃ心配…た、大変でしょ?」
一人になって気持ちを落ち着けようとしたがそうはいかなかった。
嬉々として手を上げる奈々ちゃんと何故か暖かい眼差しを向ける美波ちゃん…二人は放っておいてくれないらしい。
「で?何してたの??」
「何って何が?」
キッチンまで纏わりついて来た奈々ちゃんは、また酔っぱらったエロ親父の如く絡んで目をキラキラさせていた。
「あたし達が来るまで二人っきりで何してたのって聞いてんの!」
「へ?別に何も…ただ朝から叩き起こされて宿題するぞって…そんで普通にしてただけだけど…」
悲しいくらい何もない…いや、いつもと変わり映えしない…展開を話しているとなんだか自分でも虚しくなって来る。
そりゃ…今までだったら別にこれでいいのだと思う。
けど…今はちょっと…かなり違うわけで…
わたしはいつも一緒にいて当たり前なお隣さんが好きで…鬱陶しくもあるが愛しいわけでもある…
いや、愛しいはちょっと行き過ぎか…でも、好きならば何かときめく様な変化が欲しくなってしまうわけだ。
乙女妄想少女漫画&乙女ゲーム大好物のわたしとしては尚更…
そして変な妄想をしては勝手に一人で意識して緊張して情緒不安定になるんだけど…
「…わかるなぁ…灯ちゃんの気持ち!今まで意識してなかった相手を急に好きになっちゃったらそうなるよね。」
「美波ちゃん…分ってくれる!?」
「うんうん!でも驚いた!!雛森君って本当にお隣さんで灯ちゃんの家に馴染んでるのね…身近な相手なら尚更意識しちゃうよね…」
「そう!そうなの!!あいつわたしの気持ちも知らないで四六時中べったりと…いや、正確にはただ同じ空間にいるんだけど…だから余計気持ちが落ち着く暇がないっていうか…」
「ときめきっぱなしなんだ?」
「ちがうよ…心臓は確かにバクバクなんだけど…きゅんがなさすぎる程いつも通りなんだって…まぁ、わたしと蒼との間にそう毎日きゅんきゅんするような出来事が起こるなんて事ありえないんだけどさ…」
だったらとっくにわたしは蒼を好きになっていると思うし…
「そういや…長く傍に居すぎると逆に意識されないって聞いたことがある…灯の場合ってまさにそれじゃん!」
「あ…確かに…!!ど、どうしよう奈々ちゃん!!このままテンパってうっかり告白してさらっと受け流されたり…最悪振られたりしたら…わたし今後蒼とどうお付き合いしていけば!!」
「落ち着きなって…とりあえず座んな…ほら、美波もおいで。灯を宥めてあげて。」
変な妄想に駆られ頭を抱えながら歩き回っていたわたしを、奈々ちゃんは冷静に止め肩を抱くとソファーへと座らせてくれた。
本当…奈々ちゃんたらイケメンさんなんだから…。男の子なら絶対惚れてるのになぁ…
「そうだよ、灯ちゃん落ち着いて。大丈夫よ!灯ちゃん雛森君に凄く大切にされてるじゃない!!中学の時から見て来たから私にもちゃんと分かるよ?」
「…それはあいつが過保護なお父さんだから…」
「何言ってんのよ!駒井にはめられた時の雛森君見たでしょ?愛がなきゃあそこまで言えないって!!」
「あ、愛…!?いやいやいや!!あいつにそんな情熱的な感情があるとはとても思えないよ!!」
「でも呼んだら来たでしょ?灯ちゃんの事抱きしめる程心配してたって事は絶対雛森君も好きなんだって!!」
「抱きしめたの!?きゃ~!!もう!!雛森君たら大胆なんだからぁ!!」
「…奈々ちゃん落ち着こう?」
「奈々絵ちゃんは本当に見てて飽きないわね…」
何を妄想しているのか…奈々ちゃんは一人興奮してバタバタ暴れ出すし…
それを暖かい目で見守る美波ちゃん…なんて優しい目なんだろうか…
「…と、とにかく…わたしは今身も心もぐったりしてるの…あまりにも蒼が近すぎて…」
「かといって遠ざける事なんて出来ないわよ?あれは地の果てまで付いて来そうだもん…」
「ちょ、ちょっと奈々ちゃん!!蒼をそんな魂回収する死神みたいに言わなくても…」
「でもそう見えるし!!雛森君の灯に対する過保護っぷりは尋常じゃないでしょ!!」
「そ、それって…蒼が変人って事?」
「変人ていうか変態?」
「そ、そう言う奈々ちゃんこそ変態じゃん!!」
「あ~!!ならいつも乙女妄想繰り広げてる灯も同類になるからね!!」
「そ、それは趣味だもん!!決して変態的な趣向じゃないもん!!夢見て何が悪いの!?」
「あたしだって自由に生きて何が悪いのよ!?」
コチョコチョコチョ…
強気な台詞とは裏腹に、奈々ちゃんは笑顔でわたしを擽りまくる…腰辺りを集中的に…
「あはは!な、奈々ちゃんやめて!やめてったらぁ~!!」
「よいではないかよいではないか…ふふふ…」
「奈々絵ちゃん本物の悪代官みたい…」
と、女子トークから奈々ちゃんの悪代官プレイ(?)に代わり…大いに笑ってわき腹を痛めていると…
奴が現れた…静かに冷静に…
「…お前達…何やってるんだ…」
「灯をいじめて楽しんでるの。」
「…いじめ…いや、どう見ても遊んでただろ…からかって…」
と、冷静に分析する蒼は今日も涼し気だ…
ああ、なんか腹が立つ…
わたしはこんなに苦しんで動揺してるって言うのになんだこいつだけ通常営業なの!?真夏の暑い日でもこんな涼しい顔して…
「…蒼の馬鹿…」
「…俺に当たるな…」
「当たってない!!もう今日は勉強お終い!!お外で遊ぶ!!」
「おい、まだ終わって…」
やけくそ気味にそう言うと、わたしは駄々を捏ねる幼い子供の様に頬を膨らませ玄関へと向かった。
それに続き奈々ちゃんと美波ちゃんも…
「お!?ようやく遊ぶ気になった!?よ~し!皆俺について来いよ!!」
「お前さっきまでやる気なかったくせに…本当遊ぶことしか頭にねーな…」
騒ぎを聞きつけて来たのか、いつの間にか日向君と水城君まで下りてきて日向君に関しては全員分のバックまで持って来て外で遊ぶ気満々らしい…
「…あんたって本当夏が似合うわね…小夏なだけに…」
「だって俺夏生まれの夏男だし!」
「暑苦しいって嫌味なんだけど…みかんみたいな名前して何言ってんだか…」
「あざーっす!!」
「いや、褒めてないし!!」
と、奈々ちゃんと日向君のいつもの掛け合い…
ああ、この二人も平和だなぁ…
「…仕方ないな…ちょっと鞄取って来る…」
「蒼の家俺も行く~!!」
「あ、俺も気になるかも!」
無邪気な男子二人に続き、わたし達はその後結局蒼の家でダラダラと過ごしたのであった。
ああ、こんなんで本当に何か進展するのかな…
わたしの恋は始まったばかり…
しかし前途多難な予感しかしないのは何故だろう??
わたしが蒼なんかに惚れてしまったせいだ!!
あ~!!もう!!