第27話 お隣さんと秋の昼下がり
文字数 4,308文字
「秋だな…」
今日は土曜日、学校も半日で終わり昼食を終えたわたしと蒼はいつもの様に花森家のリビングでテレビを見ながらまったりとしていた。
適当に付けた番組は秋の味覚の旅特集らしく、秋ならではスイーツやら旬の食べ物を使った料理などが次々と映し出され食欲を刺激される。食べたばっかりなのに。
「…蒼はきのこ好きだよねぇ…やっぱり秋は松茸ご飯とか?」
「いいな…でもそのまま焼いて食べるのも捨てがたい…」
「ああ、いいよねぇ!!秋の贅沢独り占めって感じで!!」
「灯は栗が好きだったな…」
「うん!あ!!見て見て!!限定の和栗モンブランだって~!!美味しそ~!!あ~…でも京都かぁ…遠いな…。せめてこのモンブランじゃなくても…栗ご飯とか食べたいなぁ…」
「なら栗拾いにでも行くか?」
「え?いいけど…」
は!?こ、これって…まさかデートのお誘い!?
さらりと提案して来た蒼の顔を盗み見ると、相変わらず無表情で視線はテレビへと向けられていた。
クールだ…いや、何も考えてないのかな、やっぱり…
わたしはふと蒼と二人でのほほんと栗を拾う光景を妄想してしまった。
『灯、軍手を忘れるな…棘で絶対怪我するから…』
『う、うん…いたっ!?』
『言ってる傍からこれだ…もういい、俺が拾うからお前はそこでじっとしてろ。』
あ…このパターン絶対あり得る。そしてわたしが木の幹か何かに躓いて蒼が呆れるって言う…
色気も何も無いな…この光景って…
『灯、俺から離れるなよ…』
『蒼…』
『絶対迷子になるから…』
あ、これもあるな…。ドキッとした台詞の裏に隠された過保護っぷり…
ああ、もう!!妄想やめ!!
「どうした?」
「別に…あのさ、蒼…この際だからはっきりさせておきたいんだけど…」
「なんだ?」
「わたし達ってその…つ、付き合ってるんだよね?い、一応…その…お互いの事す、好きな訳だし…」
ああ…言っちゃった!!自分で言っておいて凄く恥ずかしい…
恥ずかしさで蒼から目を反らし俯くと、顔が一気に熱くなって来た気がした…
けどさ…せっかく両想いになって、結構きゅんとした告白までされたのにその後何の進展も無く変わらないって…なんか虚しい。
急激な変化は求めて無いけど、ちょっとくらい何か変わっても…なんて思ってしまうわたしの乙女心…
「…俺は灯を手放したくないと言ったはずだ。ずっと隣にいて欲しいとも…」
「そ、それは知ってるけど…」
「そうか…付き合う…か…成程、確かにそうなるのか…」
「自覚なかったの!?」
思わず顔を上げると、蒼はじっとわたしを見ながら顎に手を当て何やら考え込んでいた。
ま、まさかとは思っていたけど…やっぱり…!!こんな事じゃないかなと思ってたんだ…何せ蒼だし。
「…いや…悪い…。灯が俺を好きだと言ってくれた事が嬉し過ぎてそこまで考えていなかった…浮かれてたのかも…」
「え、ええ!?蒼…浮かれる程嬉しかったの…?」
「…当たり前だろ…好きな奴に好きと言われれば…。正直その後どうするかなんて所までは何も…ごめん…」
「…い、いや…わたしもその…同じだったし…。ただ言ってみたかったって言うか…」
な、何このむず痒くなるような展開は…!
蒼…何か珍しく照れてる…?顔がちょっと赤い様な…しかも目なんか反らしちゃって…ちょっと可愛いんだけど。
ああ!!何これ!?は、恥ずかしい…!!わたしまで余計恥ずかしくなって顔が更に赤くなって耳まで熱い…
「…俺はその…こうして灯と一緒に過ごしているだけで嬉しいから…」
「…わ、わたしも…そうかもしれない…」
「そうか…なら良かった…また嫌な気持ちになって避けられたら嫌だし…」
「そ、そんな事しないよ…」
ふとまた目を向けると蒼もわたしを見ていた…
め、目が合った…何この恥ずかしい様な照れ臭い様な感じは…
「…そうなるとやっぱり何かしらの変化は必要か…」
「まぁ…一応付き合ってるなら…」
「そうだな…」
わたしと蒼はテレビを見ながら考え込んだ…何かしらの変化について…
誰もいない二人きりの空間…親は外出(店)で家の中は完全に二人だけ…
少女漫画ならこんな時色々と胸きゅんアクシデントやらが起こるはずなんだけど…
「あ!じゃあ少女漫画から何かを学べば良いんじゃない!?」
「…そうだな…よし、早速参考にしよう…」
悩んだ結果…わたしと蒼は早速二階へと上がって行く…
わたしの愛読書…少女漫画コレクションを読みに…
「…漫画も良いが…お前がいつも食い入るようにやっているゲームはどうなんだ?」
「え?これ?でも何でいきなり…?」
「ゲームの方が楽しく学べそうだと…」
「ああ、成程!じゃあ早速…ジャーン!『プリンスコレクション』!!二十人の王子様との夢の恋から…」
「待て…それじゃ現実味が無い。俺もお前も庶民だぞ…現実とかけ離れ過ぎて参考にならない気がする…」
「確かに…じゃあ、学園恋愛物?え~っと…『トキメキ学園ライフ』!!素敵な男の子達との胸キュンスクールライフを送ろうって言う…」
「よし…それにしよう…」
こうして蒼は乙女ゲーデビューを果たした。何かしらの変化のために…
そして、一時間後…
「蒼、順調?」
「ああ…何か好感度が上がりまくってる…」
「え!?一時間でこんなに!?な、なんで!?」
「さぁ…ただこいつ等色々と凄く危なっかしいし…こっちの先輩は何か何処かズボラで放っておけないし…色々面倒見てたら…」
さすが蒼…!ゲームでも面倒見の良さが…でもこれって蒼の女子力を上げているだけのような気がする…。そしてちょっとだけ悔しいのは何故だろう?
そして更に数時間後…
「あ…」
「どうしたの?」
「告白された…」
「ええ!?しかもこれ攻略難しいキャラじゃん!?蒼どうやって落としたの!?」
「普通に面倒見てただけなんだが…」
これはやっぱり…もしかして逆効果なんじゃ…!?
しかもわたしもまだ攻略していないキャラを簡単に落とすなんて…乙女ゲー好きなわたしとしてはやっぱりちょっと悔しい気もする…
う~ん…なんか納得いかない!!
「…蒼、やっぱり何もしなくていいよ…うん…」
「駄目だ…このままじゃ俺達は何も進展しないまま…」
「…それでいいよ…何かもう…」
「…灯、お前何か怒ってないか?」
「…怒ってないもん…ちょっと虚しくなっただけだもん…」
「…ならちゃんとこっち見ろ。」
「…今凄く複雑な気持ちだから嫌…」
拗ねてそっぽ向いたわたしの肩に背後から触れると、そのまま引っ張られた。丁度わたしの頭が蒼の胸辺りに抱き寄せられる形になって…。
こ、これは…背後からハグされると言う…!?
思わず見上げると蒼の顔がすぐ目の前にあった。前髪が鼻先に微かに触れそうなくらい近くに…
「…俺がお前の顔を見たいんだよ。だから…」
「…あ、蒼…しっかり学習してるじゃん…」
「…何がだ?俺はただそうしたいからしただけで何も…」
キョトンとした顔でわたしを見る蒼…
て、天然か!?蒼って確かにストレートな性格してるけど…
肩に置かれた手がわたしの頭に置かれ、もう片方の手はそっとわたしの手を握って来る…
これじゃあ少女漫画やゲームの学習なんて初めから必要ないじゃん…!!
そして…な、何だろう…この腕にすっぽり収まる安心感は…
「…灯は本当小さいな…」
「わ、悪かったね…わたしだって出来るなら大きくなりたいよ…」
「いや、そのままでいい。何かこうすっぽり収まるし…捕獲しやすい…」
「ほ、捕獲って…!?忍先輩みたいな事言わないでよ…」
「…されたのか?」
「初対面でいきなり…あれはびっくりしたなぁ…」
「それで顔を見たらお前好みのイケメンだったから大人しく付いて行った訳か…」
「だってあの人黙ってたら本当イケメン…って蒼?なんでそんな顔してるの?」
手を握る力が少しだけ強くなり、ふと蒼を見ると何処か納得いかない様子だった…凄く解り難いけど…
「…あの人、灯に構い過ぎじゃないか?」
「え?そうかな…?確かに良く遊ばれてるけど…頭ぐりぐりされたり無意味に持ち上げられたり運ばれたり…」
「遊ばれて…他に何かされてるんじゃないのか?」
「いや…大抵運ばれるかぐりぐりされるかだよ。ああ、でもこの前いきなり肩車されたけど…」
あれはびっくりした…本当に。そしていかにももやしっ子と言った華奢な体系からは考えられないくらい忍先輩の肩車は安定していた。
上機嫌で校内連れ回されて恥ずかしかったけど…
「…合宿の時思ったんだけど…あの人灯の事が好きなんじゃないか?妙に楽しそうだったし…」
「はぁ!?まさかぁ!!あり得ないよ…。忍先輩は緋乃先輩一筋だし。」
「そうなのか?緋乃先輩ってあの人形みたいな…」
「それは蘭子先輩。ほら、蒼お菓子貰ったじゃん。二つ結びの可愛いほんわかした…」
「…ああ、マカロンの人か…」
「マ、マカロンの人!?何そのハムの人みたいな扱い!?」
「あの時貰ったのがマカロンだったんだ…あれは美味かった…」
「ああ…そう言う事…。あれ、実は緋乃先輩のお兄さんの手作りなんだって。最近お菓子作りにはまってるみたいで…なんか可愛いよね。」
「…俺も作るぞ?お前が望むなら…」
「何をそんなに対抗意識を燃やしてるの!?」
「可愛いと言ったから何となく…」
「可愛いと思われたいの!?」
う~ん…。これは蒼なりの嫉妬と言うものなんだろうか?声も淡々としてるし相変わらず無表情だからやっぱり分かりかねるけども。
でもこうやって話している間もずっとわたしを離そうしない…それどころかしっかり抱きしめている…
変化か…確かにちょっとだけ変わったかもしれない。今この時だけかもしれないけど。
でもまぁ…いっか。これはこれで今幸せだから。
「…それで結局俺達はこのままでいいのか?」
「いいよ、このままで…でも二人で何処か行きたいなぁ…」
「買い物でも行くか?今から。」
「それ夕飯の買い出しだよね?いつもと変わらないよ!!」
「…なら肩車でもしてやろうか?俺の方が絶対安定感あるしお前を落としたりしない…自信がある。」
「だから何を変な対抗意識燃やしてるの!?」
土曜日の夕暮れ時…わたしと蒼は相変わらずいつもと変わりない会話をしていた。
穏やかで優しい時間…今まで普通だと思っていた事がなんだか少しだけほんわかと幸せ気分に思えてくる…蒼が隣にいるだけで…。
その後蒼は隙あらばわたしを担ごうと試みていた。どうやらわたしは蒼の眠れる対抗意識に火を付けてしまったらしい。
ああ、何かお菓子作りとか気づいたら始めそうでなんかちょっとだけ怖い…
でも…それも愛なのかな…??
だったらちょっと嬉しいと思ってしまうわたしなのだった。