第16話 助けて!お隣さん!!

文字数 6,556文字

「あれ?蒼どうした?」

 わたしがピンチに陥っている時、蒼はと言うと…

 部活も終わり着替えも済ませ、きっちりと制服を着た蒼は鞄の中からスマホを取り出す…

「…あかりんかよ?お前過保護すぎ!」

「…煩い。あいつは目を離すと危なっかしいんだよ。俺がどれだけ心配して…」

 やっぱりわたしのスマホへ連絡しているようだ…。ま、出られないんだけど。

「…出ない…」

「拒否られてんじゃね?」

「煩い黙れ…」

 そしてもう一度発信すると…

『留守番電話サービスへ…』

「留守電…」

「あはは!お前それ完璧拒否られてるって!!」

 日向君は笑いながら蒼の肩を思い切り叩いていた。

 わたしがどうなっているかも知らずに…

「…おかしい…この時間はあいつ歌番組を見ているはずだ…」

「この時間ってお前はあかりんのストーカーかよ…」

「画面からひっついて離れないくらい集中しているのか…?いや…今日は演歌特集だからどうでもいいはず…」

「蒼、お前ちょっと怖い…」

「…風呂か?いや…あいつは冷え性だから寝る前に入るはずだ…昼寝か…?」

「蒼、お前ちょっとキモい…」

 ここまでわたしの行動を把握しているなんて…さすがに怖い…蒼はわたしの何を見ているんだろうか…

「……」

「今度は何処掛けてんだよ…」

「あ、満さんですか?俺です、蒼です…灯は…?」

「今度は家かよ!?」

「…え?まだ帰ってない?…いえ、大丈夫です…何でも…」

 いつもの様に淡々と会話し、無表情の蒼だったが隣で会話を聞いていた日向君は違った。

「あかりん帰ってねーの!?マジかよ!?」

「……」

「おい!どこ行くんだよ!?」

「教室だ…もしかしたらいるかもしれない…」

「あ!俺も行く!!」

 陸上部エースの蒼…さすが足が速い…。日向君が呼び止める前に既に彼の前から姿を消していた。

 

 一方わたしはというと…

「駄目だ…」

 古い体育倉庫に閉じ込められてどれ程経っただろうか…

 ドアは固く鍵が掛けられ脱出は無理。

 他にあるとすれば…

「あの小窓…でも格子があるから無理か…」

 積み上げられたマットレスの上に見える小窓…小柄なわたしならすり抜けることは簡単だけど、格子がしてあり割って出たとしてもすり抜けることは出来ない…あの細さの幅じゃ…

 本当に困った…どうしよう…教室に鞄置いてから傘探しに行ったからスマホもお菓子もないし…

 しかもここは滅多に人が通らない場所…警備員さんも気づかないだろう。女子高生一人がこんなところに閉じ込められているなんてこと。

「…三島さん…本当に好きでこんな事したのかな…」

 脱出を試みる事にも疲れて来たので、わたしは近くのマットレスに寝転がり小窓から見える薄暗い空を見上げ考えた…

 わたしの知る三島さんは正義感が強くて明るくて、誰にでも優しく接することの出来るしっかり者のスポーツ少女だ。こんなことをするような子ではない。

 でも…ここを去る時、駒井さんの笑い声に交じって三島さんの笑い声も聞こえて来た…

 わたし…三島さんにも嫌われてたのかな…本当に…

「はぁ…そもそもわたしがこんな目に遭ったのって蒼のせいじゃん!?あいつがわたしの気持ちもお構いなしにくっついて世話焼きまくるからこんな誤解が…」

 起き上がりふとその事実に気づき不満を言いまくる。聞いてくれる人もいないけど…

『嬉しい…お前がそう言ってくれて…』

 うわっ!?な、なんであの時の台詞がまた…!?

『俺はこれからもお前の隣にいていいんだな?』

 そう言った時の蒼のどこか本当に嬉しそうな顔…優しくて穏やかで多分四年に一度くらいの確率でしか見れないレアな表情で…

「…隣にいたいんならなんでこんな時傍にいてくれないの…蒼の馬鹿…」

 分かってる…これは八つ当たりだ…

 でもこんな混乱して心細い時こそ傍にいて欲しい…誰かに、ではなく多分わたしは蒼に隣にいて欲しい…それが一番安心するから。

「…って何考えてんのわたし!?や、やっぱりわたし蒼が…」

 置かれている状態を忘れ、わたしはその場に蹲った…

 頬にそっと触れると熱い…

 ああ、なんか余計頭の中がごちゃごちゃしてきた…これもそれも全部蒼のせいなんだ!!馬鹿!!

「…とっとと助けに来なさいよ!蒼の馬鹿!!」

 ガタッ…

「…え?」

 思い切り蒼に八つ当たりした台詞を叫ぶと同時、しっかり鍵が掛けられたはずのドアが開かれた…

 まさか…本当に蒼!?何このタイミングの良さ…これじゃあわたし本当に惚れちゃうかもしれないじゃん!!

 ギィィィ…

「…み、三島さん!?」

「…しっ!駒井さんの見張りがいるかもしれないから…」

 現れたのは蒼ではなくわたしをここに閉じ込めた張本人…三島さんだった。

 あれから速攻帰ったかと思ったのにまだ制服姿で、何故か辺りを気にしながら遠慮がちに中へと入って来る…

 な、なんで…?これも駒井さんの罠!?

「…大丈夫みたい…良かった…」

「…な、何の用?」

「…助けに来たの。私がここに閉じ込めたのにそう言うのも変だけど…」

 ドアの隙間から漏れた明かり…それに照らされた三島さんは本当に申し訳なさそうな罪悪感に満ちた表情を浮かべわたしを見ていた。

 どういう事…助けに来たって…

「花森さん、酷い事言ってごめんなさい!でも…駒井さんには逆らえなくて…私こんな事…けどやっぱり放っておくことなんて出来ないよ…」

「…どういう事?三島さん、駒井さんのお友達なんじゃないの?」

「…違う!私、あの子にずっと虐められてたの!!初めは良い子だなって思ったけど…段々…」

 目の前の三島さんは中学時代の明るい三島さんとは別人のようだった。か弱くて、頼りなくて…なんだか支えてあげないと立っていられないようなそんな儚さすら感じた。

「何があったか話してくれないかな…わたしじゃ何も出来ないかもしれないけど…」

「…うん…」

 わたしがそう言うと、三島さんは力尽きたように座り込んだ…そしてぽつりぽつりと語ってくれたのだ。

「…私、ここでもちゃんとやっていけるんだって思ってたの…好きな陸上に打ち込んで、友達も作って…そんな時一緒のクラスになった駒井さんが声を掛けてくれて、仲良くなったと思ってた…」

 それは何だか奈々ちゃんと駒井さんのパターンに似ている気がした。三島さんも結構可愛い顔してるし。何よりあの綺麗な髪だ。今は黒く短くなっているけど…

「私の髪…変な色してるでしょ?だからそれが気に入らないって…目障りなんだって切られた…それからバケツ一杯の墨みたいなのを頭からかけられて…その日は何が起こったのか理解出来ないくらい混乱してた…」

 そう言うと…三島さんは黒い髪を取り外し…

「ウィッグ!?」

「うん…どうしても黒く染めたくなくてずっと隠してたんだ…」

 ウィッグを取り外した三島さんはわたしの知っている三島さんだった。赤みがかった茶色い綺麗な長い髪…

 そっか…三島さん、切られてもこっそり伸ばして元通りにしてたんだ。どうしてもそうしたくなかったから…。

「…花森さんに綺麗って言われた時私本当に嬉しかったんだ…。中学の時、髪の事で悩んでたら『そんな綺麗な髪してるのに!』って…私もこの髪好きだから…」

「うん!わたしも好きだよ。三島さんって感じがする…明るくて元気な感じかな…凄く似合ってるよ!」

 わたしが自信を持ってそう言って笑うと、三島さんの表情も微かに明るくなった気がした。

 けど、三島さんはその自慢の髪を否定されただけじゃなくいきなり奪われたんだ…駒井さんの身勝手な気持ちで…

「…でもなんで虐められるようになったの?髪、切っただけじゃ気が済まなかったのかな…」

「…うん…私の存在自体気に入らないみたい…それからクラス中にあることない事嫌な噂流されて無視されて…私の居場所は気が付いたらなくなってた…」

「酷い…」

「うん、本当に酷い…けど駒井さん表面上は人が良いから結構男女共に人気があって…。私がいくら嘘だって言っても信じてもらえなかった。先生にも…」

 三島さんのクラスの担任て確か…贔屓することで有名な嫌味な先生だったな。

 幸いわたしが直接関わることは今の所ないけど…何かいやらしい顔した狸親父って奈々ちゃんが吐き捨ててた。

「…それで、花森さんをここに閉じ込めたら元通りにしてあげるってそう言ったの…だから私…でもやっぱりこんな卑怯な事許せないよ…」

「…だからわたしを助けに来てくれたんだ…やっぱり三島さんは変わってないね。良かった。」

「…そんな、私すっかり変っちゃったよ…こんな酷い事するような人間じゃなかったもん。花森さんの方が全く変わってないよ。」

「あはは、わたしはそうだね。確かに変わってないかも…」

「花森さん笑って誤魔化さないでよ…は、ははは!」

 良かった…三島さんやっと笑ってくれた…

 でもこれからどうしたらいいんだろう。三島さんは身を挺してわたしを助けに来てくれたのに…だからわたしも何か恩返しして助けたい…けど…

 バタンッ!!

『!?』

 和んだところで…急にドアが閉まり鍵の掛けられる音がした…

 え!?ま、また閉じ込められた!?今度は三島さんも!?

「…あ~あ…みなみちゃんだめじゃ~ん!何花森助けに来てんのぉ?本当あんたって使えない…杏奈がっかり~…」

 扉の向こうから駒井さんの声が聞こえて来た…

 何で駒井さんまでここに…

「杏奈~!こいつらどうすんの?」

「別にぃ…このまま閉じ込めとけばよくない?どうせ誰も来やしないし!こんな所!!あはは!!」

 と、別の女の子の声がしたかと思うと…

 今度は男の声も聞こえて来た…複数の男女ってことか…

「…駒井さん、やっぱり見張り付けてたんだ…」

「…で、でも…朝になればきっと誰か来てくれるって!!」

「…ここ、警備員の人も来ない場所なんだよ?滅多に使われない事知ってるでしょ?」

 と、これは小声で…外の駒井さん達に聞こえないように話始めるわたしと三島さん…

 ああ、でも…ここで今騒いだらきっともっと良くないことが起こる気がする…

「…駒井、中にいる子って女の子なんだろ?」

「そうだよぉ?何?遊ぶ?」

「いいねぇ~!!」

 ちょっと遊ぶって何!?

 本能的に感じた恐怖にわたしと三島さんは無意識のうちに身を寄せ合い手を握り合った…

 ドアが再び開く…いつの間にか月明りになった薄暗い光に浮かびだされたのは…複数のいかにもガラの悪そうな男子生徒達だった。

「よかったねぇ!遊んでくれるってぇ~!!」

「何?二人とも結構可愛いじゃん…」

「俺赤毛…」

「じゃあ俺そっちの小さい子にしようかな…」

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ値踏みするようにわたしと三島さんを見る男子生徒達…

 これはまるで…蛇に睨まれた蛙状態…?

 ど、どうしよう!!今度の今度こそわたしピンチだ!!

 逃げたい…けど怖くて動けない…それは三島さんも同じみたいで、わたし達は迫りくる彼らをただ固まって待つ事しか出来なかった。手を握り合いながら。

 彼らはゆっくり近づき手を伸ばし…

「あ、蒼~!!わたしの面倒見るっていうならちゃんと助けに来なさ~い!!」

 恐怖と混乱のあまり、わたしはそんなことを叫んでいた…

 今まで出したことのないような大声で…

「は?何言ってんの?こいつ…」

 突然意味不明な言葉を叫んだので、さすがの不良達も引いたのだろう…眉を顰め奇怪な物でも見るような目でわたしを見ている。

 でも、そんな事関係ない…

「蒼~!!傍にいたいってそう言ったのはあんたの方でしょうが!!」

「ひ、雛森君!!男に二言はないのよ!!責任持ちなさい!!」

 と、つられてか三島さんまで大きな声でそう叫んだ…

「そ、そうだ!人にちゃんとしろって言うなら…ちゃんと自分の言った事に責任持ちなさい!!馬鹿ぁ~~~~!!」

 かぁ…ぁぁ…

 わたしの声は意外にも大きく響いたらしい…。

 人気のない校舎にこだまして響き余韻を残すほどだった…

 そして…再び静まり返る…

「な、なんだこいつ…?」

「ヤバくね?」

 さすがに引いたのか…さっきまでギラギラした目をして近づいて来た不良達は身を一歩引いた。駒井さんお付きの女の子達まで引いている…

 わたし…何変な事口走ってんだろう…あんな事大声で…

「…何やってんのよ!さっさとしなさいよ!!」

「…で、でもなんかこいつ変…」

「杏奈、花森やばくない?」

「俺帰るわ…」

 怒りに全身を震わせ、可愛い顔を顰める駒井さん以外は皆興ざめしたかのように身を引こうとしていた…

「ちょ、ちょっと!!何やってんのよ!!杏奈の言う事聞けないの!!」

「は?俺らお前の犬じゃねーし…」

「その上から目線、前から思ってたけど…ムカつくんだよね?」

 あれ…何この展開…??

 わたしの奇怪な行動から事態は思わぬ方向へ向いていた…

 わたしと三島さんではなく…これを仕組んだ駒井さんへと…

「ちょ、ちょっと…杏奈達友達でしょ!?」

「友達つーかただの集まりだろ?」

「そーそー…別に友達って訳じゃないよねぇ…?うちらそんな仲良くもないじゃん。」

「ただ面白い事共有してやってただけっしょ?」

 え…これは一体…

 とりあえずわたし達…助かったの??

 駒井さんに背を向け、一人また一人と去って行く仲間(?)達…その時だった…

「うごっ!?」

 何かが突然茂みの中から出て来た…と思ったら仲間の不良一人が倒れたのだ…変な声を上げて。

「ヨッシー!?」

「な、何!?かまいたち!?」

と、騒ぎ出す駒井さんの仲間達…駒井さんもこの状況にさすがに恐怖を感じたのか辺りを見回している…

「げふっ!?」

「ささりん!?」

「な、なんだ!?五円玉!?」

 ザッ…

 犠牲者がもう一人出たところで…それは颯爽と姿を現した…

 黒髪を夜風にたなびかせ…

「日向!行くよ!!暴れてやんな!」

「へい姉さん!!」

 な、奈々ちゃん!?

 そこには日向君に担がれた奈々ちゃんが五円玉片手に現れたのであった。

 そしてちょっと離れた場所には…あ、蒼…!?

 日向君と奈々ちゃんコンビに何故かぼこぼこにされる不良達…狐に抓まれた様に呆然とそれを見守る三島さんと駒井さん…

 蒼はいつの間にかわたしの傍に来ていた…騒がしいバック等全く気にせずに…

「灯、怪我はないか!?何かされたのか!?」

「え?い、いや特には…」

 目の前にいるのは確かに蒼だった…けど、いつもの冷静沈着無表情の蒼ではなく…心配そうな表情を浮かべる蒼…

 そっとわたしの腕を手に取ると…怪我をしていないか確認までしている…

「…お前は目を離すと本当に危なっかしいな…頼むから俺の目の届くところにいてくれ…」

「…ご、ごめん…」

「いや…俺もこういう事を想定出来なかった…お前に怖い想いをさせた…あんな風に大声で叫ばれても仕方ないことだよな…」

「聞こえてたの!?」

「…ごめん…ちゃんと守ってやれなくて…」

 え…?守るって…

 蒼がそう言ったかと思うと…直後、わたしの背中に蒼の両腕が回された…

 そして、力強く抱き寄せられたのだ…蒼の腕の中に…というか胸に…

「お前が無事で良かった…」

 丁度耳元で囁くその言葉にわたしは今度こそ本当でときめいてしまった…

 今まで一番ドキッとくる台詞と行動に…

 わたし…やっぱり蒼の事が好きなんだ…

 だってこんなにドキドキしながらも安心してる…
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登場人物紹介

花森 灯(はなもり あかり)


人見知りでメルヘン妄想好きな夢見がち少女。乙女ゲームや少女漫画が大好きで、そんな世界のヒロインに憧れて理想の王子様が現れることを夢見ている。小柄で鈍くさいのがコンプレックスで、運動神経は絶望的に無くよく何も無いところで躓くほどのドジっ子なので、蒼に心配されている。ミステリー研究部所属だが、怖いモノは大の苦手。

雛森 蒼(ひなもり あおい)


灯のお隣さんで幼馴染。陸上部所属のエースで、運動は勿論勉強も完璧なマルチ人間。イケメンでモテるが、表情は常に『無』なので何を考えているのか今一掴めない。根は真っすぐで几帳面な真面目君。意外と世話焼きのオカン体質でもある。日々灯の世話を焼いているで、常に一緒にいる事が多いが……。

葉月 奈々絵(はづき ななえ)


アニメの美少女ヒロインの様に愛らしい見た目を持つ灯の親友。時に灯を叱ったりツッコミをビシッといれたりしてくれる頼れる存在。愛らしい見た目とは裏腹に気が強く逞しいしっかり者の女の子。灯と同じミステリー研究部に所属している。

日向 小夏(ひゅうが こなつ)


蒼と同じ陸上部に所属する友人。人懐こく可愛い女が大好きで、常に調子の良い事を言ってはフラれている。常に明るく周りの人間まで元気にしてくれるお調子者だが憎めないムードメーカー。派手な見た目だが、情に厚く頼れるところもある。隠れファンも少なくないらしい。

水城 匠悟(みずき しょうご)


蒼と同じ陸上部に所属するイケメンな友人。ズボラで大雑把な所があるが、面倒見の良い大らかな性格をしている。結構な大家族の長男らしい。


三島 美波(みしま みなみ)


陸上部所属の赤毛が美しい友人。駒井に虐められていたが、なんやかんやで解決し灯の友人になった。運動神経だけでなく頭も良いしっかり者の優しいお姉さんタイプ。料理はお菓子作りまで得意。温かく灯達を見守っている。

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